■ あぁん、こんなのすごぉい



『消失したものは』


「何悩んでるんだい? 坊や」
「……嫌な話しだよ」
「言ってごらん」

 楽士は水辺で一人うなだれていた少年に声をかけた。少年の目は赤く腫れて、泣いていたことが分かった。

「兄さんが、ちょっと前に事故で死んじゃったんだ」

 自分の思いを誰かに聞いてほしかったのだろう。少年はすらすらと話しだした。

「母さんや父さん、それに町の皆は凄い悲しんだ。もちろん僕も凄い悲しかった。だって兄さんは何でもできて、自慢の兄さんだったから」

 兄の事を思いだし、少年きゅっと手を強く握る。

「皆ずっとずっと悲しんでるんだ。ずーっとずーっと。なんであの子が、なんであんないい子がって。両親もね、一ヶ月経っても、三ヶ月経っても、ずーっと泣いているんだ。僕も悲しかったけど、ずっと泣いているわけにはいかないでしょ? だから両親に言ったんだ」
「…なんて?」
「先に進もうよ、って。だって兄さんは僕達がずっと泣いてても喜ばないもの。だけど、母さんと父さんは怒ったんだ」

 辛そうに少年は眉を寄せる。その瞳にはまた涙が溜まっていた。

「なんで、お前はそんな酷い事が言えるんだって。いっそお前が変わりに逝けば良かったって……。それが言葉の弾みだっていうのは分かってる。本当はそんな風には考えてないんだって。だってもし本当に僕が死んだら両親は兄さんの死と同じように苦しむもの。でも……」
「…大丈夫かい?」
「うん…ありがと。……僕は兄さんよりずっと出来が悪いし、友達も、少ないし、劣ってるん、だ。だ、だから両親にそうああ言われた時打ちのめされた。あぁ、そうなんだ僕はそんな簡単に死ねと言われる人間なんだって。…それからなんかもう嫌になっちゃったんだ、なにもかも…」

 涙で目を真っ赤にする少年。楽士は彼の背中を摩ってやる。

「ま、町の皆もそう思ってるのかな…僕が死ねば良かったって…」
「……」
「……最近両親と上手く会話ができないんだ。一緒にいる吃ったり喘息みたいになるんだ」
「…大丈夫、大丈夫だよ。そんなの平気さ」
「でも、両親は凄い悲しそうな目で見てくるんだ…! 僕はそれが嫌で嫌で」
「僕が、僕が君の変わりになってあげる。君の変わりに泣いてあげる。君は辛い思いをしなくていいんだ」
「な、何を…?」
「さぁ、立って。この琵琶を君にあげる。嫌な事があったらこれを弾いて」

 楽士は己の琵琶を少年に渡す。琵琶は綺麗な模様の美しいものだった。

「え、こんな立派なもの、もらえないよ」
「いいんだ、さぁ手にとって。ただそのかわり、もしいつか君の前につらい思いをする人が現れたらこの琵琶を渡してあげてね」

 楽士の強い瞳に見つめられ、少年はつい頷いてしまった。

「さぁ、もう帰りなさい。日が暮れてきたよ」
「あ、う、うん。また、ね」

 少年は慌てて家に帰った。
 自室で琵琶を弾くと、綺麗な音色がぽろろろん、と少年の家に響き渡った。少年はその美しさに、久しぶりに笑顔を見せた。
 後日また水辺に行ったが楽士とは会えなかった。両親と仲直りできたことを報告しようと少年は何度も水辺に足を運んだがやはり会えなかった。



 ぽろろろん、ぽろろろん、美しい音色がどこからかまた聞こえてくる。



終わり。

拍手にしても良かったかなぁ…


2012/09/30 01:44
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