■ たぶん、天使
僕は天使。
厳密にいうと名称は決まってない不確かな存在。だけど僕が今暮らしているこの世界では、天使と呼ばれているものが一番僕に近い。
だから僕は自分を天使と呼んでいる。
そして僕には使命がある。そのために僕はある町にやってきたのである。
この町で僕は時に郵便配達をしたり教師をしたり、人に化けて過ごしている。化ける人物は固定しない。そのほうがやりやすいんだ。
今の僕は中学生だ。町にたった一つしかない中学に通っている。
「おはようございます」
「おはよう玉名君」
玉名君とは今の僕のことで、にこやかに挨拶を返してくれたのは僕の担任の中谷先生だ。先生はこの前、スーパーの店員だった僕の手引きで彼女が出来たばかりだ。数年前に婚約者に死なれた先生はなかなか新しい恋に進めなかったが、僕が彼女と引き合わせたことで明るくはつらつとしてきた。
僕は先生が幸せそうなのを見て一人満足する。
次は他の人を幸せにしたい。
人を幸せに導く、それが僕の使命だから。
「あ、薄井君おはよう!」
「あ………おはよう」
僕は新しいターゲットであるクラスメイトの薄井君に声をかける。薄井君は僕を見て小さく呟くとすぐに下を向き背中を丸めてしまった。
「一緒に教室まで行こうよ」
「………いいよ、見られたら玉名君まで苛められるよ」
「平気だよ」
すごく小さい声で言う薄井君の言葉を僕は頑張って拾う。苛めの広がりを心配する彼に、僕は薄井君の肩に手をおいて大丈夫だからと言う。
そんなことを気にする必要はないのだ。だって僕は天使。人を幸せにするためにいるんだから。
薄井君を幸せにする、それが今の僕の願いだ。
僕は薄井君とお喋りをしながら教室に向かう。といっても薄井君は喋らないから僕が話しかけているだけだけど。
教室に近づくにつれて薄井君の足取りが重くなる。カタツムリのように遅くなる薄井君を僕は無理やり引っ張って教室へと連れていく。彼は中学生にしては小柄だから楽勝だ。
「おはよう!」
僕はそう言って教室に入る。皆は僕を見て後ろにいる薄井君に気づくと、視線を元に戻し何もなかったように会話し始める。
「ほ、ほら。僕言っただろ…」
「平気!」
後ろから囁いてくる薄井君に僕は笑って言う。そんな僕を見て彼はちょっと安心したように息をつく。
僕と薄井君は席が隣同士だから、席についたら彼の机の中がどうなっているかなんて丸わかりだ。すごく臭う。薄井君は警戒して教科書は机の中に置いていないはずだから、きっと生ゴミとかをいれられたのかもしれない。
異臭放つ机を見て拳を握る薄井君に、僕は声をかけた。
「あはははは、すごく臭いね薄井君の机」
「え………」
「僕のと交換してあげるよ」
「え、た、玉名君」
驚く薄井君が動く前に素早く僕は彼の机と自分の机を交換する。
「でも臭くて使いにくいなぁ。綺麗にしてくるね」
唖然とする薄井君や、思わずだろうか僕を見るクラスメイトを置いて僕は教室を出ると、机のゴミを取って近くのゴミ箱に捨てる。ちょっと雑巾で拭くと大分よくなった。ついでにトイレから消臭剤を取ってきて液を机の中に振り掛ける。これでもう大丈夫!
僕は机と共に教室へ戻る。
「どう? フローラルな香りになって戻ってきたよ」
「………君って凄いね」
薄井君は小さく笑って言う。
彼が笑うのを見て僕はとても嬉しくなった。
2014/02/18 18:35
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