師匠と猫と恋心と
師匠と猫と恋心と/クロ
私はクロ様の一番弟子(自分では勝手にそう思っているだけ)である。
魔導師の村に生まれたというのに、あまりにも出来が悪く魔法は失敗ばかり。
17になった時、ついに村長の手により魔導師という自分にとって誇りに思っていたジョブを失いそうになった。
出来が悪くてもいつか必ず上手くなれると信じて魔導師として練習を惜しまなかった私は、「魔導師として生きることができなくなるのならば」と絶望し村から逃げ出して命を絶とうとした。
そんな時だった、クロ様は私の前に現れたのは。
クロ様は「俺が面倒見る」と手を差し伸べてくださり、クロ様の住む静かな渓谷にあるお家で修行をさせて頂くこととなった。
クロ様は、私が見てきた魔導師の中で一番魔法もうまく、しかも優しくてどれだけ失敗しても夜遅くまで練習に付き合ってくれる。そんな素敵な人だ。
憧れのクロ様に、特別な感情を抱くまでそう時間は掛からなかった。
しかし、これ以上クロ様のお世話になり続けるのも申し訳がない。
クロ様は大王様に使えていて暇ではないし、ずっと居候されても困ると思う。
一般並みに力をつけ失敗もしなくなった私はもう村に帰っても馬鹿にされないだろう。
私はクロ様から卒業をしようと決意をした。
…正直、そんなの建前で、クロ様への気持ちを抑え込むのが辛くなってきたというのもある。というか、それが大きな理由だ。
最近なんて意識しすぎてしまって、せっかく教えていただいて頭に入らないことさえある。
かっこいい横顔に見惚れてしまったりなんかして。
これがバレてしまったらせっかく教えてやったのに下心があったなんて、と、絶対に軽蔑されるだろう。
嫌われてしまう前に立ち去りたい。
クロ様はずっと私の師匠でいて欲しいんだ。
朝日を浴びながら、よし!っと気合を入れてクロ様の所へ向かう。
「…という訳で、そろそろクロ様から卒業し村へ帰り仕事を探そうかと思っておりまして。」
そう言うと、クロ様は少し考えた素振りを見せてからずいっと羊皮紙を差し出してきた。
そこには魔法しか書かれておらず首を傾げる。
いつもなら魔法の結果も書かれているが、これには無い。魔法は、結果どうなるかというイメージが無いと素人には成功できないものなので本来こんな課題は私に出されるはずがない、と思っていたのだけれども。
「これは最後の卒業試験な。これが成功したら卒業を認めてやる」
ニヤリと笑いながらそう言われてしまい、なんと難易度の高い試験だ!流石クロ様!弟子にも甘くない!と感心しつつ絶望を僅かに感じるも、自ら卒業の件を話した手前断ることもできない。
もしかしたら自分の身になにか起きる魔法かもしれないし、はたまたクロ様に危害が加わる可能性もある。
ぐるぐると考えていると「やんねーの?」と訪ねてくるクロ様。
私はやりますと答え、意を決してその魔法を唱えた。
するとポフンッと煙が足元から出て、そして、なにか違和感を感じる。
自分の体に異変があるタイプの魔法だったのか?それとも失敗したのか?
何が起きたのかわからないまま首を傾げると、綺麗に磨かれた窓ガラスに自分の体が写っており、目を見開く。
「にゃ、にゃんですかこれーーー!!」
ぺたぺたと頭に触れるとフワフワした耳。
そしてゆらゆらと腰のあたりから揺れる長い尻尾。
「これは…猫ですにゃ……」
「そーみたいですニャー」
しかしこれは問題ではない。戻ればいいのだから。
けらけらと笑っているクロ様に勢いよく視線を向けて「成功ですか!?」と尋ねると、バッサリと、それはもう今まで見たことのない爽やかな笑顔で、
「失敗ですニャー」
と、デコピンをされてしまった。
地味に痛い。
しかしそれ以上にこの期に及んで失敗してしまう自分が情けなくて心が痛い。
「不合格にゃのですね…」
耳と尻尾が垂れ下がり、気持ちも落ち込む。
とりあえず元に戻ろう。と思ったが、元に戻る方法がわからない。
「クロ様、これ、元に戻る方法は…?」
「さぁ?失敗だからな。俺にもわからん。」
ケロッと言われてしまい私は尚更落ち込む。
とりあえずこのままでいいんじゃね?時間が経てば戻るやつかもしんねーし。と呑気なクロ様に他人事だと思ってー!と怒りたくなる。
しかし自業自得なのでそれは八つ当たりにしかならないので、ぐっとこらえた。
1時間、2時間、待てども待てども魔法が解ける様子はない。
それどころかさっきはぽふんと言いながらヒゲが生えたし手も猫の手になった。
「これ、もしかしにゃくても、猫化が進んでませんか」
「あー、そーみてぇだな」
ふむ…と考えるクロ様。
これは最終的にただの猫になってしまうのでは。
それは魔導師として恥ずかしすぎることではなかろうか。しかし猫でも魔法が使えれば、ちょっとかっこいいかも……と、浮かれていた。のに、ふと気付く。時間が経過する度に魔力が減っていっている。
「これ、本当にただの猫ににゃってしまうにゃぁあああ!」
「あ、おい待てname!」
これは何とかして魔法を解かなければ。
ただの猫になってしまい誰とも会話できずクロ様に呆れられ捨てられて野垂れ死にする未来が!!見える!
バタバタと外へ飛び出すとクロ様に腕を掴まれた。
「待て、どこへ行くんだ」
「完全に魔力がなくにゃってただの猫ににゃるのを待つにゃんて、できませんにゃ!解き方を知ってる人を探すのですにゃー!」
私の言葉に盛大な溜息を吐いて、じゃぁ俺も手伝うよ。と言ってくださった。
とりあえず向かおうと思った故郷。しかしクロ様はちょっと嫌そうな顔をした後、「村へは行かない方がいい。せっかく力を付けたのに台無しになっている今行ったら、恥晒しだとが言われて二度と踏み込めなくなる可能性があるぞ」と尤もなことを言われてしまい確かにと頷いた。
その結果向かった場所はケンマさんのところ。
ケンマさんは白魔導師で、クロ様の幼馴染み。
しかし、
「は?アホらしい」
「にゃんで閉めるのですにゃぁあああ」
ケンマさんのお家の前で用件を話すと思い切りドアを閉められた。
「逃げたな。」
「冷たすぎですにゃ…」
ぐすんと泣きながら、次に向かったのは巷で話題の薬草屋さん。各種取り揃っているしもしかしたら元に戻れる薬があるかもしれない。
クロ様は「無いだろ」と真顔で言っていたけれど、希望は捨ててはならない。
「申し訳ありません、魔法を解く薬はありませんね…」
「にゃんと…」
「残念だったな」
見事玉砕し、ニヤニヤと笑っているクロ様が憎らしい。
にゃんでこんな目に。
そして次に向かったのはこの世界を管理しているお城。
世界を見ている女神様ならなにかわかるかもしれない。
「まぁ、なんとかなりますわよ」
「にゃー!?」
面倒くさそうにあしらわれてしまった。悲しい。
他にも手当り次第聞きに回ったが誰も知らない様子だった。
もう村へ行く以外術はないけれど、村はきっと私が生きていると知らないだろう。なんなら立派な魔導師になってから行って、驚かせたかった。
今のこんなちっぽけな魔力じゃ、笑われてジョブを奪われて野良猫にされてしまう。
クロ様に恥をかかせてしまうかもしれない。
とぼとぼと日が沈む中、私の後ろを着いてきているクロ様に声を掛ける。
日が沈みきった頃、私は完全に魔力を失ってしまうだろう。そして程なくしてただの猫の姿になってしまうんだ。その前に。
「…卒業にゃんて、言わにゃきゃ良かったにゃ…」
「そーだな。」
「もう、クロさまとおはにゃしも、できにゃくなるんですにゃ…」
「…そうだな。」
ポロポロと零れる涙。
まだ、魔法を沢山教えて欲しかった。
クロ様の側に、いたかった。
もう、二度と話せなくなるくらいなら。
夕日に照らされて伸びる影が徐々にはっきりと猫の形になっていく。
ああせっかく言うのならこんな醜い姿で言いたくはなかったのに。
「わたし、クロさまのこと、ずっとすきでしたにゃ」
醜い姿で、しかも涙目で笑ってもきっと可愛くなんてない、最悪な告白だ。
怖くてクロ様の方を見られずにいると、ぎゅっと、強く抱きしめられた。
最後まで優しいなんて。流石私のお慕いするクロ様だ。
「おせーよ、馬鹿」
クロ様は少し辛そうな声でそう言うと、あろう事か私に唇を重ねてきた。
すると途端に聞き覚えのある「ぼふん」という音と共に体が楽になったような気がした。
「え、な、なに…」
混乱しているとふと目に入った私の手。
人の形だ。そしてぺたぺた顔や頭や腰を触り……
「も、戻ってる!!」
喜びのあまり泣きながらクロ様の方を見ると、ぴたっと涙が止まった。
近い。
そうだった、私、告白して、抱きしめられて、しかもクロ様にキスされたんだった。
忘れていた。
なんて言ったらいいのか。口をぱくぱくしているとクロ様が吹き出して笑う。
「お前顔が忙しすぎ!」
ぶひゃひゃと笑うクロ様に私は顔を真っ赤にして怒る。
「失礼ですね!私も必死だったんですよ!しかも突然クロ様が、き、キス、して、くるし…」
「お前が告白するから悪いんだろ」
照れて俯いているとクロ様によく分からないこじつけをされる。
「も、元を辿れば難しい課題を出したクロ様が悪いんです!!」
「そりゃずっと側にいるだろうと思ってた好きな子が俺の元を離れるとかひでーこと言ってきたら意地悪したくなるだろ」
「す、すき!?」
とんでもない言葉が聞こえた気がした。
まさか、クロ様が私のことを…
「鈍感だなとは思ってたけど俺以外に会う人いねぇし、時間はまだあるからってのんびりしてたら、まさかnameが卒業したいとか言い出すからさ」
「そ、そそそ、そんな」
頭を優しく撫でながらそう言われてしまうともう何も言えない、恥ずかしい。
クロ様は少し切なそうに微笑んで、私の頬を両手で優しく包み込む。
「俺から卒業なんて、さねぇよ」
ぼふんっ、魔法を使ったわけでもないのに私の顔から湯気が出たような気がした。
クロ様がかっこよすぎて、視界がチカチカする。
「わ、たしも、卒業…したく、ないです…」
やっとの思いで言葉を紡げば、クロ様は嬉しそうに笑って、さっきよりも優しく、そして甘く口付けをしてきた。
その次の日。
私はいつも通り目を覚まし、クロ様に課題を頂く。
いつも通りの羊皮紙にホッと胸をなで下ろして、呪文を唱える。
「クロ様、これからも私、立派な魔導師になるために頑張ります!」
「……それ以上頑張ったら誰が魔法教えるんだよ…」
「?何か言いました?」
「いや、何も。」
この時既に一般以上の力を持っていたことを知るのは、ずっと未来の話である。
ミズキ様からのお題:師弟
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