車内の冷房が、冷たい雨に濡れた体をどんどんと冷やされていくのを感じた。
運転席に座る嶺二は何も言わない。
いつも話していなくても、口笛を吹いたりしているのに。
…怒ってるのがよくわかる。
遡ること30分前。
同居している嶺二には門限を決められていた。
そして仕事で遅くなるときは連絡をしなさい、と。
子供でもあるまいし…そう思いつつきちんと守っていたのだけれど。
今日はうっかり、友達とお茶をしていて話し込んでしまい門限ギリギリまで連絡を忘れていた。
友達と別れた後時計を確認しようと携帯を取り出したとき、一気に血の気が引いた。
新着メール20件
着信30件
留守番電話5件
流石に怖い。ここまですることないじゃない…
心配してくれているのもわかるけれど、私はふつふつと湧き上がる怒りを感じた。
いつもなら駅まで迎えに来てもらったりするけど、今日はあえて連絡をせずに帰ってやる。
震える携帯の電源を切ったところで、突然降り出す雨。
電話で謝って迎えに来てもらおうか…そんな甘い考えもすぐに冷め、びしょ濡れで帰る決意をした。
私ってこんなに頑固だったっけ。
家の鍵を開け、リビングへ行くと電話をしている嶺二の姿が。
「名前!!」
怒りと焦りを浮かべた表情でこちらを見られ、思わず後ずさる。
それを逃がすまいと肩を痛いほど掴まれ叫ばれる。
「こんな時間まで何処にいたの!?今日は仕事が早めに終わる予定だったはずだよね、なんで連絡しなかったの!?」
「…なんで……」
「それはこっちの台詞だよ…っぼくは心配してたんだ!!」
心配、その言葉にカッとなる。
「うるさい…!!心配って…、なんでこの歳になってもまだ門限なんて作られないといけないのよ!!束縛するのもいい加減にして!重いの!迷惑なの!!」
「なっ…」
嶺二のショックを受けたような表情にいたたまれなくなる。私は、なんて酷いことを…
思わず嶺二を振りほどくと、傘も持たず靴も履かぬまま外へと駆け出した。
…それから30分経った頃、嶺二が車で探しに来て見つけてくれて、…でも素直に乗るのも嫌で抵抗していると、半ば無理矢理助席へ乗せられた。
全身びしょ濡れの私と、軽く髪から水が滴り落ちている嶺二。
風邪を引いたらどうしよう。
「嶺二…」
名前を呼んでも、こちらを向いてはくれなかった。
明日、朝早くから仕事があるらしいのに…
家へ着くと、温かくて少し安心したような、けれど戻って来てしまったという、うまくいい表せない嫌な気持ちで心がいっぱいになった。
「名前、」
先ほどよりも優しい声で名前を呼ばれ、振り向くとぽふりと頭にタオルが被せられた。
「…あのね、嶺二…」
涙を隠すため、顔をタオルで覆う。
「さっきは酷いこと言ってごめんね…心配してくれたのに…門限、これからもちゃんと守る…」
「…事故に、遭ったのかと思った」
「…うん、」
「事件に巻き込まれたかと、思った…」
「…うん」
「…無事でよかった、名前」
嶺二の震える声に、心がきゅっといたくなる。
「嶺二…ごめんね、ありがとう…」
タオルをかぶったまま、抱きつく。その温もりに冷えた心と体が溶けていく感じがした。
ほんと、心配掛けてごめんね、大好き。そう言えば、彼は力強く抱きしめて温めてくれた。
お題…氷葬 様
2014年作品
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