「黒尾せんぱーい!!」
朝、学校へ来たら廊下で大好きな人の姿を見つけた。
ぱたぱたと黒尾先輩の元へ走っていく。
すると心底嫌そうな顔でゲッと言われてしまった。
しかしそれでもちゃんと立ち止まってくれる優しさ。
「黒尾先輩おはようございます!ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも、わ、た、し?」
「お前それ言いてえだけだろ…だぁー!くっつくな!」
ここぞとばかりにひっついてみたら、べりぃっと引き剥がされてしまった。
「もー!いつになったら先輩は私のこと好きになってくれるんですか!?」
「それは一生ねぇだろうなぁ」
はーめんどくさ、授業始まるし行くわー。と私を置いて立ち去る黒尾先輩は今日もつれない。
一個上の黒尾先輩は三年生になってバレー部の部長?になったらしく、とても忙しそうだ。
私は帰宅部なのでその忙しさははわからない。
この冷たさは今に始まったことではないのだけれど!
黒尾先輩に出会ったのは、そう、去年の春私が入学してきたあの時……
ほわわんと思い出そうとしていたら後ろから声を掛けられた。
「ちょっとアナタ、邪魔よ」
「はっ、はひ!スミマセン!!」
ずざーっと勢いよく廊下の端に寄る。
確かにこんなど真ん中に突っ立ってたら邪魔かもしれない。
「ふんっ」
ぷんすことそのまま教室へ向かっていくボンキュッボンのお姉さん。
あ、あのおねえさん、先輩だ…。
そして知っている。
黒尾先輩の横にいつもいる人……
そして、今の冷たい態度……
「もしかしなくても先輩の彼女!?」
あわわ…と頭を抱える。
黒尾先輩本人はフリーだって言ってたし夜久先輩も「黒尾?あーアイツそういえば彼女いねぇな」って言ってたし、あ、でも誰にも言ってない関係なのかもしれない。
わかる 黒尾先輩 そういう内緒事とか 好きそう!
告白する前に振られてしまったよ…
でも取り返しのつかないことになる前に気づいて良かったのかも。
「そりゃあ彼女いれば冷たい態度取られるよなぁ」
今までの黒尾先輩へのアタック。
それを清々しいまでに避けられ続けた戦歴を思い出す。
お昼ご飯に誘っても断られる、お買い物に誘っても断られる、部活を見に行くのも断られる、連絡先も教えてもらえない……
そして話しかけても毎回毎回嫌そうな顔をされる。
…照れ隠しかな、なんてちょっと考えてたけど、照れ隠しにしては少し冷た過ぎる。
今まで私が心折れ無かったのも不思議なくらい。
大事な彼女、に勘違い…されたくなかったんだろうな。
言ってくれればいいのに。
どこまで優しい人なんだろう。
それにあの彼女さん…は、確かに黒尾先輩の横にいつもいて、何も言わないけど冷ややかな目で私達を見ていた。
気付かないように、見ないように。
あれはちょっと私がうるさいせいで睨まれてるんだ…って思ってたけど、これはもう、そのことは、確実で。
ねえ、これってどう見ても、パズルのピースが綺麗にはまってしまいましたよね?
その時から私は先輩を諦めようと努力した。
学年も何もかも違うから、会わないことなんて簡単で。
たまにすれ違う時、気付いてないフリをして視線を逸らしたり、友達との話に熱中したフリをしていた。
その間も、黒尾先輩はいつもずーっと、あのスタイルのいいお姉さんと一緒にいた。
ある時、楽しそうに笑っている先輩達を見たことがある。
私には向けてくれたことがない無邪気な笑顔。
…本当に私のこと嫌いだったんだなぁ。
それから何週間かした、テスト最終日のお昼。
今日は職員の関係でどこの部活もお休みだからかたくさんの人がぞろぞろと校門を抜けていっていた。
この頃にはもう、黒尾先輩に話しかけない生活に慣れてしまっていた。
あー、空が綺麗だな。あの雲とかすっごく綿菓子みたい。お祭り行きたいな。今度友達に相談してみよう。
ふわふわと平和なことを考えながら校門を出ると、ぬっと誰かが前に立った。
「おい」
「あ、す、すみません…」
それは見間違うはずもない、黒尾先輩で。
話しかけられた?ような気もするけど、心臓に悪いしあまり関わると彼女さんにも悪いので聞こえなかったふりをする。
たぶん突然俺の前に立つなとか言いたかったんだ。
すごく目が怖かったし。
適当に謝って黒尾先輩の横を通り過ぎる。
「…っ、なぁ」
「ひぃっ!」
なのに、ガシッと痛いほどの力で肩を掴まれてしまいオーバーリアクションを取ってしまった。
恐る恐る振り返るとやっぱりそれは黒尾先輩で。するとスマン、と言いながら力は抜いたけれど手は離してくれなかった。
「ど、どど、…どういうつもりですか」
「そりゃあこっちのセリフなんですけど。」
あっ、もしかしたら、私の恋心を利用して、何か作戦を遂行している途中だったのかも?黒尾先輩そんなことするかな。
というかそんなことはどうだっていい。黒尾先輩の顔が怖い。怒っている。
はやく離れて欲しい。
触らないで欲しい。
怖い。
今まで黒尾先輩に対して考えたことのない感情が心を支配していた。
あまり関わられると彼女さんがいるとわかっているのに諦められなくなってしまう。
勘違いしてしまう。
私は目を逸らし冷や汗をかいて黒尾先輩の手を外そうと手を添えて「どけて」のアピールをする。
黒尾先輩はじっと私を見つめてきて、そして先程謝って力を緩めたはずの手にまた少しずつ力が入ってきていた。
二人の間にはとても微妙な空気が流れていた。
これって、彼女さんに見つかったら大変、
「なにしてんの?」
あああ!ほら!ほら来ちゃったよ!!
私が距離を置いて後ずさろうとすると黒尾先輩の手が逃げるなと言わんばかりに力を込めてくる。
もうこの状況何ー!?
「何しに来た」
「は?何それ。私にそんなこと言う訳?」
彼女さんにそんな態度はどうかと思います黒尾先輩。
私がおどおどとしながら2人の様子を見てると、彼女さんはちらっと私を見た。
「鉄朗、こんなちんちくりんに構う必要無いでしょ。帰ろ。衛輔も待ってるし。」
「ち、ちんちくりん…」
「お前なぁ」
さらりとクールな彼女さんはひどいことを言う。
「ねー、なんでアンタこんなに鉄朗に構うワケ?鉄朗もメーワクしてんの。わかる?」
ぐさり、彼女さんの言葉が刺さる。
わかってます。
「…っお前、」
「すみません!わ、私鈍感だから…何しても後から気づいて後悔するタイプで…、今まで本当に申し訳なかったです…。でも!大丈夫です!黒尾先輩に嫌われてることも先輩達がお付き合いしてるのも知ってますから!だから、私もう二度と黒尾先輩に関わることないです!安心してください!」
お幸せに!
そう言って失礼も承知で力強く黒尾先輩の手を押しのけて、走って立ち去る。
正直黒尾先輩が何を考えているのかわからなくて怖い。
あれ以上あそこにいたら、泣き出してしまいそうだった。
というか、既に泣いている。
怖かった。
そしてこうして現実を突きつけられるとさすがに悲しい。
でもやっぱりどうしても黒尾先輩のこと好きなんだ。
けれどちゃんと理解してますアピールもしたしもう絡まれないはず。
私ももう近寄らない。
この気持ちはきっといつか落ち着くから。
大丈夫だよ、私。
駅の方まで走っていたけど、疲れてしまって足を止める。
運動部じゃないからきつい。
ボロボロと泣いて息を上げて、ほんと情けない。
黒尾先輩に近付かなければこんなこと、ならなかったのかな。
息を整えていると後ろからぱたぱたと足音が聞こえてきた。
なんとなく振り返ると黒尾先輩で。
ばっちりと目が合ってしまった。
「なっ、なんで来るんですかぁああ!!」
「待てって!」
あの人何なの、なんで私が追いかけられているの、何でそんな必死そうな顔してるんですか、結婚詐欺ですか!?
てか先輩、足、早…!
これ以上関わりたくない、重たい足に力を入れて全力で走る。
あ、そういえば次の曲がり角、車が多くて危ないところ……
視界の端にキラリと反射して光るものが見えて、
あ、死んだな…
と思った、けれど。
「っぶね……」
後ろから誰かにぐいっと引っ張られ抱き寄せられる。
誰か、とは一人しか思い当たらなくて。
そのままぎゅうと抱きしめられてビクッと身体が震える。
「は…っ、離してください!」
助けてもらったというのに無礼なことを。
叫んでも力を込められて、涙が止まらない。
「も、やめて、ください…」
走ったせいで私も黒尾先輩も呼吸がなかなか整わない。
こんな、至近距離で。
ドキドキしないわけが無い。
もしかして、とか、わけのわからない期待までしてしまう。
「離さねえし、やめねえよ…」
掠れた声が耳にダイレクトに届けられてしまい恥ずかしくなる。
弱々しい力で拒絶すると余計に力を入れられてしまって苦しい。
「…なんで、こんなことするんですか…もう、やめてください…」
何も言わないことを不安に思い、表情を確認しようと恐る恐る先輩を見上げると後頭部に手を添えて更に抱き寄せられて密着してしまった。
なんで、こんなこと。
「悪い…散々避け続けたクセに、こんなこと言っても受け入れてもらえねぇかもしんねーけど、名字が好きだ」
「……はい?」
弱々しい黒尾先輩の言葉になんともマヌケな声が出てしまった。
「信じてもらえないのはわかってる。…でも、俺は本当にあの女と付き合ってないし、お前のことも嫌いじゃねえ…」
「う、嘘です。もうやめてください、離してください。」
「嘘じゃないわよ」
引き剥がすこともできずもがくのを諦め、力なく黒尾先輩を否定していると、最近聞き慣れた彼女さんの声が聞こえた。
「ソイツ、アンタのこと大好きで大好きで仕方なくて迫られる度にどう接していいかわかんないヘタレ男なのよ。」
「いい加減素直になんねーと取り返しつかない事になるぞとは言ってたんだけどなぁ」
イライラしてる様子の彼女?さんと、苦笑いする夜久先輩がそこにいた。
ええと?これは?
「もう。私がちょーっと演技してちょっかい出してみたらアンタが変な誤解してるしびっくりしたわ。」
彼女さんが喋ってる間も黒尾さんは無言で、離さない。
「それにこいつ俺の彼女だしな」
「ちょ、ちょっとやめてよこんなとこで」
彼女?さん?は、夜久先輩の彼女さん?で?えっと?
黒尾なんかにやるかよとちょっと怒り気味の夜久先輩は彼女さん、の肩を抱いた。
「ええー…っと?」
「つまりアンタが黒尾のこと嫌いになってなきゃ両思いってこと」
ビシッと指をさされて私の肩が揺れる。
黒尾先輩の肩もわかりやすく揺れた。
「名字…?」
恐る恐る見上げてくる黒尾先輩。
まるで捨てられそうな子犬のような瞳を向けられる。
えっ、なんだろうこの展開。
なんだろうこの黒尾先輩。初めて見た。
「この約1ヶ月存在を無いものにされ続けたのが相当堪えたみたいだな」
「言っておくけど私は謝らないわよ。悪いのは黒尾だもの」
「ええっ…と……」
そして三人の視線が私に集まる。
これは何をどう答えたら正解なんだろう。
「いま、は、その、正直、黒尾先輩が好きかどうか、ちょっと…良くわからないです…。混乱してて…」
黒尾先輩の表情がどんどん悲しそうなものへ変わり、ふんっと夜久先輩の彼女さんは鼻で笑う。
「まぁそうでしょうね。こんな弱い男だったなんて〜とか、幻滅されても仕方ないわよね」
「おいやめとけって…」
優しい夜久先輩が流石に止めに入る。
でもなんだかこの3人の仲の良さはわかったような気がする。
今まで本当に黒尾先輩以外のこと見てなかったんだなぁ。
しかしその黒尾先輩はもう、今にも泣きそうで、罪悪感が沸いてきた。
「まー、これから好きになってもらえるように頑張ればいいんじゃねーの」
「女がそんな簡単にチャンスくれると思ってんの?」
「だ、大丈夫ですチャンスくらいいくらでも差し上げますよ!ほ、ほら黒尾先輩、帰りましょ!」
背中をぽんぽんと叩くと、ゆらりと動いてやっと離れてくれた。けれど腕を掴まれたままであった。
まさかの展開に驚きは隠せないけれど黒尾先輩がここまで私のことを想ってくれていたとは思っていなかったので顔が緩んでしまう。
「手が掛かる2人ね。まったく」
「オラ黒尾行くぞ。歳下に気ィ使わせてんじゃねー」
バシンと夜久先輩に背中を叩かれる黒尾さんは無反応。
「そ、相当大変なことになってますね…」
「そーなのよ。ほんっと情けない。」
私の隣に立った夜久先輩の彼女さんは盛大に溜息を吐く。
なんだかんだ、このクールで怖そうな先輩はとても優しいみたい。
「名字…」
「あ、黒尾先輩」
すすす…と恐る恐る私の隣に立つ黒尾先輩はなんだか小さく見える。
散々振り回されて怒るのが普通だと思うのだけど…
「良かったらこの後皆さんでどっかいきません?」
「っ…」
「おー、いいぞ」
「仕方ないわね」
黒尾先輩の手を引いて駅まで歩き出す。
私を悲しませたり困らせたりしたんだから、しっかり責任取ってもらいますからね。
「黒尾先輩ー!!」
「名前、おはよ」
「おはようございます!先輩達もおはようございますー!」
「朝から元気ね。おはよう名前」
「おー名字。おはよ」
「今日もマネージャー業がんばります!」
「頼もしいな」
「ひええ!黒尾先輩に撫でられてしまっ…!」
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