君が大嫌いだと嘘をついた/黒尾鉄朗
同棲/二人とも別の会社でそれぞれ働いている設定
「ねえ鉄朗、なんで怒ってるのかいい加減話してくれても…」
「は?」
名字名前、付き合いだして6年目の同棲中の彼と別れの危機に瀕しているようです。
原因は恐らく昨日の夜の飲み会。
羽目を外して飲みすぎてしまったらしく記憶は全くないけれど鉄朗のこの怒りよう、何かやってしまったのだろう。
朝から全く口を聞いてくれない。
おはようから無視をされ、何か怒ってる?と聞いても無視。いろいろ話しかけても、短い言葉で怒られるか無視をされるかの二択。
パジャマ姿のまま鉄朗の後ろを必死について回っている。
長い付き合いではあるのに、こんなこと初めてで私はどうしたらいいのか全くわからない。
なんとか話すきっかけを作ろうにも案は思いつかない。
今日は土曜日。一日鉄朗といられると、思ってたのに。
私は思い切って鉄朗の背中に抱きつく。今までこんなこと片手で数えるほどしかしていない。
「ねぇ、鉄ろ…」
「昨日、こうやってアイツに媚売ってきたわけ?」
鉄朗のお腹に巻きついている腕を力強く引き剥がされ、こちらを見てくる目はとても冷たい。
鉄朗が何を言っているのかわからない。媚って、何。誰に。
「覚えてない…けど媚なんて売らないよ」
「覚えてないのに売ってないって、言い切れるワケ?昨日どんな姿で誰とここに帰ってきたか本当に覚えてないの?」
イラついた口調で、突然両手で胸元を掴まれたと思ったらパジャマのボタンを引きちぎられた。
「きゃあ…っ!?」
「名前昨日こんな格好で同期の野郎に玄関に送られて来たんだけど?」
「…っ、しら、ない!!」
自分の出来る限りの力で押し返し鉄朗から離れる。こんな乱暴なことをする鉄朗知らない。怖い。
これが本当ならば会社の人にも鉄朗にも申し訳ないけれど、記憶にないことに対して媚売っただなんて冷たくされて怒られても、飲み込めるはずがない。
肌蹴た胸元を隠しポロポロと溢れ出した涙を拭くこともせず、「鉄朗なんてもう大嫌い!」と一言吐き捨てて、鉄朗の方を見ることもせず私は自室へと戻り鍵を閉めた。
こんな大きな喧嘩初めてした。
嫌いなんて、初めて言った。
鉄朗はさっきよりもっと怒ってるかもしれない。
ネガティヴな考えがふつふつと湧き上がってきて、音楽プレーヤーを手にベッドへ潜る。
あの扉を開けたら鉄朗がいる。怒られるかもしれない、殴られるかもしれない、家を出てけと言われるかもしれない。
どうしたらいいのか全く分からない。
好きな音楽を大きな音で流し、部屋の外から聞こえるであろう生活音も鉄朗の存在もかき消した。
もう、私たち終わりなんだろうな。
また一つ涙が溢れたのを感じながら目を閉じた。
『ねえ黒尾君見て!シンデレラ役の友達が服貸してくれたの!』
『ヘェ…似合ってんじゃん』
これは、夢…?確か高校生の時こんなことしたなぁ
あの時は楽しくて、鉄朗が大好きで、アピールしてやっと振り向いてもらえて…
『てつ、ろ……』
……鉄朗、私のこと、もう、嫌いなの?
だから、私の首を絞めてるの?
すっと、現実に引き戻されるような感覚。
ひんやりとした何かが頬に当たっている。
どれくらい寝ていたんだろう…
目を開くと私に触れていたのは鉄朗の冷たい手だった。
鍵を閉めたはずの扉が開いていて、本人がベッドの脇に立っていた。
殺されるのかもしれない、
ふとさっき見た夢を思い出し、飛び起きてイヤフォンを外せば鉄朗の腕が伸びてくる。
鉄朗が何か言っているけれど音楽プレーヤーでずっと耳に音が流れていたせいかぼんやりとしていて何も聞こえない。
それが尚更恐怖心を煽った。
「いや…!!」
ベッドから滑り落ちるように降りるも寝起きの身体は言うことを聞いてくれなくて、部屋の隅にうずくまる。
私は本当に昨日、何をしたの、鉄朗に何かしたの、
「名前」
名前を呼ばれたのが耳に届き、過剰に体が揺れてしまった。
ゆっくり近づいて来る気配を感じて心臓がドクドクと鳴って痛い。
これからどうなってしまうの。
ぎゅっと目を瞑り、震える体を自分の手で抱きしめ、何を言われるのか、何をされるのかと身構えた。
「名前、悪かった」
ぐっと抱き寄せられ、そう耳元で弱々しく囁かれた。
「こんなに怖がらせるつもりも泣かせるつもりも初めは無かった」
全く予想していなかった鉄朗の態度に思考が停止する。
「でも、あんな姿を色んな奴に見せてたのかと思うと、昨日送り届けた奴に体触らせてたのかと思うと、止まらなかった…」
「嫌いに、ならないでくれ…」
少しずつ状況を理解し、鉄朗の体が震えているのに気付いた。
「わたしも、ごめん…」
小さな声でそう伝えると、力強く抱きしめられる。
許して、くれるのかな…。
おずおずと鉄朗の腕に触れながら、言葉を続ける。
「昨日、何があったかは本当に覚えてないけど、私は鉄朗にしか触られたくないし見られたくもないよ…。これからはお酒に気をつけるし、もし飲んだら鉄朗に迎えに来てもらう」
「そうしてくれると助かりマス」
鉄朗の方を向けば目が赤くて、もしかして泣いてた?と聞こうかと思ったけれどやめた。
向こうも同じようなことを考えたみたいでそんな顔をしていたので、くすくすと笑いながら、どちらともなく仲直りのキスをした。
「今同僚に昨日の飲み会での私のこと聞いたけど、ハイテンションで大変だったらしい。そして私が彼氏持ちと言うことを誰も知らなかったみたい」
「…見えるところにキスマーク付けるの解禁な」
「えっ無理駄目!」
「はいじゃあ早速。イタダキマス」
「ぎゃああ!ちょっと!鉄朗が壊した私の部屋の鍵!修理に来て貰う電話を!ねえ聞いて!?」
お題は魔女さまより
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