ふと触れれば、遥かに/黒尾鉄朗
春休み真っ盛り。
三年生がいなくなったこの体育館はとても広く感じる。
次期主将に選ばれた黒尾は、最近調子がいい様子。
「黒尾、頑張ってるね」
「おー、名前。おかげさまでな」
私はマネージャーをしているけれど、こうしてマネージャー業がうまくいっているのは黒尾が皆に声かけをしてくれて、負担が極力少なくなるようにしているから。
そんな黒尾に感謝しているし尊敬しているし、頭が上がらない。
三年生になった今、私も気合を入れて頑張らなければならない。そして新一年生のマネージャー勧誘の準備もしっかりとしなければ。
「私も頑張るから。黒尾。一緒に春高行こう。」
「…おう。ぜってー連れてってやる。そんで日本一にしてやるからな」
くしゃくしゃと頭を撫でてくる黒尾に一言ぐしゃぐしゃになっちゃうでしょと伝えてから、何も言わずお互いすべきことをするために歩き出す。
「あ、名前、…今日の帰り、体育館前でちょっと待っててくんね?」
今日は天気もいいし洗濯物を早めに終わらしてしまおう。とのんびり考えていると黒尾から声がかかった。
何かあるのだろうか。黒尾の方へ振り向いくとばっちりと目が合い少しドキリとする。
首を傾げながら「いいよ」と答えるとほっとしたような表情を浮かべて再び足を進めた黒尾。いつもは帰り際片付けを手伝おうとすると「女子なんだから早く帰りなさい」と叱ってくるのに。珍しいこともあるなと思いつつ、私もドリンクを用意すべく歩き出した。
特に気に留めることもなく、ドリンク用のボトルを洗っていると、女子バスケ部の声が聞こえてきた。確か一つ下の子達だ。
「黒尾先輩今日もかっこいいね〜」
「ね〜学校来るとき挨拶したら返事くれてやばかったー!」
「え、挨拶したの!?ずるい!」
キャッキャと弾むその話に、少し胸が痛んだ。
誰にも言えてはいないけれど、私は黒尾のことが好きだ。
しかしマネージャーとして浮ついた心を持っているのは、部活の皆にも顧問や監督にも、黒尾本人にも申し訳がないからずっと自分の心に秘めている。
ただ、一度だけそれらしいことを行動にしてしまったことがある。
それは先月のバレンタイン。
一人だけ、黒尾にだけ違う包装で、皆には生チョコとトリュフを作ったけれど黒尾にはチョコのカップケーキも作って渡した。
誰にもばれないようにと全員に一人ずつ時間をずらしたから、私一人だけの秘密。
黒尾はモテるからきっとさっきの子達からも貰ったのだろう。
いつか彼女とか作って、もしもその子が帰宅部だったらマネージャーを頼んだりするのだろうか。
こんなにも晴れやかなのに気持ちはどうしても沈んでしまって、悲しくなってしまった。
「こんなことならマネージャーしなきゃよかったのかな…」
女の子たちもいなくなり静まり返った水場で、水音で隠すようにそう零すと「エッ」という声が真後ろから降り注いできた。
慌てて振り返るとそこには黒尾がいて、驚いた顔をしていた。私もきっと同じような顔をしていると思う。
絶対に聞かれてしまった。
「マネージャー、辞めたいのか…?」
「あの、」
否定しようにもこんなストレートな言葉を聞かれてしまっては上手くごまかせる気がしない。
少しでもそう思ってるなら辞めろとか言われてしまったらどうしよう。
何も言えず黒尾のことも直視できないまま立ちすくんでいると、黒尾が口を開いた。
「名前、その話は帰りに聞く。これからミーティングあるから手が空いたら来てくれ。」
いつもより早く歩いて立ち去る黒尾に慌てて「ごめん、ボトル終わったら行くね!」と伝えた。
どうしよう。
なにしてるんだろう。
血の気が引いて手も震えていて、ボトルを片付けようにもうまくできない。
幻滅されたかも、嫌われたかもしれない。
でも今だけは、今日が終わるまではしっかり頑張ってそんなこと思ってないって信じてもらえるように頑張らないと。
気持ちを立て直してボトルを片付ける。
そしてミーティングをしているところへ遅れてごめんと言いながら駆けつけると、皆が「ありがとう」「おつかれ」と優しい言葉でいつも通り迎え入れてくれてホッとした。
その日の部活はいつもより緊張していて、小さなミスもしてしまい心配までされてしまった。
黒尾はこんな私のことどう思ってるんだろう。
部活が終わり、黒尾との約束を思い出し気が重くなる。
怒られるかな。元々伝えたかったことはなんだろう。
強張った表情で、冷たい風を感じながら体育館前で黒尾が着替え終わるのを待っていた。
どう言い訳をしよう。そんなことで頭がいっぱいになっていた。
「悪ぃ、待たせた」
「黒尾」
いつもなら話せることが嬉しいのに、今日は気が重い。
「俺は部活辞めないで欲しい」
最初に掛けられた言葉がそれだった。
黒尾は真っすぐに私を見ていて、その言葉が嘘ではないと訴えているようだった。
「辞めないよ、私、マネージャー辞めたくない。」
同じように真っすぐ見つめ返して答える。
嘘ではないこの気持ちを伝えたくて。
「…良かったァ…」
「え、どうしたの黒尾」
突然しゃがみ込んだ黒尾に慌てて駆け寄る。
「名前が部活続けてくれるのも嬉しいけど、今日これ渡そうと思って意気込んでたんだよな」
カバンから出てきた、黒のリボンが掛けてある赤い箱。
「名前、音駒バレー部のこと大切に思ってくれてんだなって思ってたからさ、こんなラッピングにしちまって」
「…何、それ?」
黒尾の言い方だとこの箱は私宛のようだけれど、今日は私の誕生日でもなんでもない。なんだろう。
「今日はホワイトデーです。」
「ホワイトデー?」
そういえば。今日は確かに13日。
そうだったような気がする。
「バレンタイン、俺だけ特別だっただろ」
「!なんで知ってるの…」
恥ずかしさから咄嗟に黒尾から目を逸らしてしまう。
ばれていたなんて。
「女子からもらえたら嬉しいからな。話題にもなりますよ」
クツクツと笑う黒尾の言葉にハッとする。
確かに隠して渡しても、その後のことは考えていなかった。
部活のみんなで私があげたチョコの話をしていたのかもしれない。
「…俺だけ違ったってことは、そういうことでいいんデスヨネ?」
黒尾の言葉に、下手に嘘を吐ける自信がなくて小さく頷く。
すると黒尾からさっきの箱が目の前に差し出された。
「これ、気に入ってもらえるかわかんねーけど。受け取ってくれ。」
さっきと同じように見つめられ、ゆっくりとその箱を受け取ると突然視界が暗くなった。
暖かくて、風も当たらない。それが黒尾に抱きしめられてると気づいたのは数秒経ってからだった。
「部活で嫌なことがあったなら隠すな。相談ならいくらでも乗ってやっから」
「ありがとう…。でもホントに辞めたいとか思ってないの。理由話したら笑われるかもしれないけど…聞いてくれる?」
そう尋ねるとぎゅっと力強く抱きしめられた。それが答えだろうと解釈して話し始める。
黒尾がずっと好きだったこと、だけど部活に支障が出るのではないかと不安でアピールも碌にできなかったこと、黒尾のことが好きなのが皆に申し訳なかったこと。
全て話すと、黒尾は笑い始めた。
「酷い。こんなに悩んでるのに。」
「悪かったって…。悩ませて悪かったな。でも、部活の奴らはそんなことで怒ったりはしねーだろ。」
確かにそうだ、どこかで自分も気付いていた。それを理由にして逃げていただけ。
「それに俺が名前のこと好きだって部活の奴ら全員にバレてるしな。」
「えっ!?」
「猫又監督にすらバレてるから気にすることないだろ」
ケラケラと笑う黒尾に目を見開く。
私気付いてなかったんだけど。いつからなの?そんな疑問が浮かぶ。
「まあそういうことだからこれからもマネージャーとして、そして彼女としてよろしくな。名前。」
「…うん。よろしくね。」
ずっと抱きしめられていたことに気付いて抱きしめ返しながら答えれば、黒尾は一層腕の力を強めた。
2017/03/14 Happy Whiteday!
「ところでこのプレゼントは何が入っているの?」
「…猫のネックレス」
「ふふ、私が猫好きなの覚えててくれたんだ。明日から着けてくるね」
「おう(一緒に選んでくれた夜久が「この猫黒尾っぽくね?」とか言っていたことはぜってー言えねえ)」
タイトル:魔女 さまより
[*prev] [next#]
[←] [TOP]