ドラちゃんわくわくプレイ日記(ドラルク・ロナルド・ジョン)

 夜更け未定。ドラルクがSpeamで未だ世間に出ていないクソゲを発掘していると、一件のメッセージが届いた。送り主は、意気投合したゲーマーだ。ドラドラチャンネルを通じて知り合い、たまにゲームやgifpeeでプレゼントをしてくれることがある。それも全て「ドラちゃんの、ちょっと良いところを見せたくて!」と数ある隠れた名作に並ぶクソゲーだ。恐らく、クソゲレビューを見てのことだろう。「私だってたまには普通のゲームをだね」「わっかりましたー! 今度普通のゲームを探して送っておきますね!!」といって、巷で耳にしたことのあるクソが付くほど難易度が高くて投げ出したプレイヤーも数知れずのゲームを送ったり、Speamでしか出してない隠れた名作を送りつけてくることもある。「私、パソコンでやるタイプのゲームができないんだよね」「なんで!? あんなに神テク見せてるのに!?」「だってうち、ロナルドくんがノーパソ使ってるから」「あぁ、ノーパソだとスペックが限られてますからね。じゃぁ、今度買い替えるんで今使ってるの譲りましょうか? スペックも耐えられるし」「またまたぁ。あったらでいいよー」二百年間甘やかされてきた自己肯定MAXのさり気ない駄々こねも忘れない。謙遜しつつ、貰うのはしっかりと忘れない心構えだ。数日して、メッセ―ジが入る。「とりあえず新しいパソコン買ったんで、梱包した古いヤツ送りますね! とりあえず、どこに送ればいいですか?」「えー、本当にくれるの? じゃ、ここに送って! よろしく!!」半信半疑でロナルド吸血鬼退治事務所の住所を送る。「『ドラルク様』ってちゃんと書いて送ってね。ロナルドくんが勝手に開封しちゃうから」「本当に? 電話かけられたらドラちゃんのせいっていいますからね!!」『ドラちゃん』とはドラドラチャンネルを開設した際に、自分で付けたHN《ハンドルナーム》だ。そこから翌日、ロナルドがドラルクの棺桶を叩いて乱暴に起こす。「ブワーッ!? なんだね!? 私の棺桶はドラムじゃないんだが!?」「ドラ公!! なに勝手に俺の住所を使ってるんだよ!? 変なのに申し込んだんじゃないよなばばばばばばば」混乱すると脳がバグるのはいつものことだ。「まったく、なにを」と夜の八時目覚め早々に事務所に入れば、デカい。段ボールを開けると、でかくて分厚い本体と、液晶モニター。キーボードはないらしい。ついでに紙も入っており、一筆「仕事で使わなくなったので送ります! キーボードはまだ使うのであげません!! とりあえずQS4以降のコントローラーであれば接続してキーボードとマウスの代わりに使えるので、よろしくお願いします!!」肝心なことは書かれていない。手紙のテンションと末尾に添えられたHNが、あれと同一人物だと告げる。「いったいなにをしたんだよ!? ドラルク! あばあかっうぇふぇわうぇあ」ロナルドは相変わらずバグっている。「君は一体、どういう仕事をしているのかね?」焦燥と困惑と不安とでメッセージを送れば「動画制作で死んでます」とだけ返る。仕事のストレス発散で、ドラルクにゲームとコメントを送って回復を図っていたらしい。「映像制作が終わらなくて死ぬよ」と哀愁を漂わせるコメントも添えられた。
『動画制作とか大変じゃないですか!? ヤバイくらい死ぬんですけど』
『私の場合は生放送垂れ流しに近いからね。数時間くらいのプレイはオータム書店のレビューになるし』
『あぁ、見ましたよ! それ!! アレだったら、初見の人にもわかりやすいよう動画を短く纏めたのを作ってもいいですか? 息抜きに!!』
『いいよぉー』
 強調された【息抜き】と多すぎるビックリマークに厚顔無恥の上塗りで乗っかかりながら、ドラルクは許可を出す。こうして出来上がったものはドラルクの魅せプレイの要所要所を切り抜き且つ初見でもわかりやすい内容とわかりやすいテロップ表示のため、ドラドラチャンネルで多くの好評を得た。「もしかして、オータム書店関連の人?」「オータム入ると凡人は死ぬか重傷で帰ると聞きました」どうやら違うようだ。(そりゃそうだろうな)とドラルクは思いつつ「そうだねΘゞΘ」と愛用の記号と文字で作った顔文字を用いて返した。

 こういうやり取りと敬意があり、今の関係性に至る。すっかり今ではロナルド事務所の顔馴染みであり、たまに仕事のガス抜きで依頼を持ってくることがある。「今日は、ドラルクさんにクソゲのレビューを頼みにきたもので!」「俺がいうのもなんだけど、コイツに金使いすぎじゃない!? 大丈夫!?」「大丈夫です! ちゃんと生活費と生活費を除けた残りの金額つまりポケットマネーから出しているもので!」「本当に!?」このように切羽詰まったロナルドの顔を見るのも、たまにある。それほど根を詰める仕事らしい。──ただ「レビュー」といっても、オータム書店で行うものや動画のものとは違う。お布施のような感覚で大枚を叩き、生で身近にゲームのプレイテクニックを見る──これが高スペックのパソコンを送ってきた当人の指すレビューだ。数ヶ月に一度あるかないかなので、生活に影響はないだろうとのことはわかる。ドラドラチャンネルは現在有料チャンネルの開設もしていないし、趣味でやっているので、びた一文も入らない。無論、スパチャというものもできなかった。(私に貢ぐために、こうすると)少しだけ、吸血猫ボサツの気持ちはわかった。だからといって、全人類を下僕にするなどという根性も気力も起きるものではなかったが。

 今回は、ホラーゲームのようである。いきなりSpeamのアカウントを通してギフトを送り「安かったので買いました!」とのメッセージ。「自分でやらないのかね?」ゲーマーとしての疑問を送れば「ドラちゃんのテクを見たいというのとホラゲで砂にならないかなとの期待が勝りました」「砂になることが前提!?」とのやり取りを行う。まぁ、突発的ということは、つまりそれほど仕事が切羽詰まっているということなのだろう。「仕方ない。事務所に来れる予定は何時かね?」と聞けば、仕事が終わったか休みかの日程が返される。いや、前者だろう。「映像制作は休みも返上してやることもあるから」と哀愁を漂わせるコメントを貰ったことを思い出す。
 そういうわけで、当のゲームをやることになった。場所は勿論、ロナルド事務所、ドラルクとロナルドの私室である。といっても、ロナルドの寝室はさらに扉の向こうにある。リビングにドラルクの棺桶があることから、ここはドラルクの領域《テリトリー》だということがわかる。キッチンもドラルクの領域の一つだといえる。領界は広い範囲を示すので、現時点では不適切とする。何故ならロナルド事務所はキッチンも含めて、ウサギ小屋のように狭いからだ──。

 ゲーム機を接続する要領でパソコンのコードを繋ぎ合わせて、コンセントに挿して、起動する。座るにはローテーブルかちゃぶ台が必要となり、場所も多く取る。よって、ダイニングテーブルで座ってプレイする流れとなった。コントローラーを構えたドラルクを前に、ロナルドは呟く。
「ビックリして死ぬんじゃないだろうな」
「なにをいうかね! こういうのは、他のゲームと同様慣れと根気が必要なのだよ。法則性がわかれば、如何なるクソゲーだろうと、いや。生半可なクソゲーであれば罠《トラップ》を避けれることなど容易い」
「ドラちゃんのチキンハートのような気がするけど」
「グワーッ! 容赦ない一言が胸に突き刺さる!!」
 と同時にドラルクは砂になる。砂となった主人に対し、使い魔のアルマジロのジョンが泣いた。「ヌーッ!」と悲しそうに涙を流して鳴いた。その間にドラルクはすぐに復活し、Speamのストアでゲームの概要を読む。
「ふむふむ。なるほど。攫われた我が子を救うと。泣ける話だねぇ」
「なぁ。なんかCERO表記? ってのが子どもにオススメできないレベルのものになってるんだが。お子様が見ても大丈夫なヤツなのか?」
「精神年齢五歳児のロナルドくんには刺激が強かったかグワーッ!!」
「生で初めて見た!!」
「そりゃそうだろうよ!」
「ヌーッ! ヌヌヌ、ヌーン!!」
「えっ? あまり変なことをいわないほうがいいって? それもそうだね」
「ヌヌヌーン……」
「え、違うの!?」
「コホン。ジョンは、精神年齢が五歳児でも成人していれば大丈夫だよってことを伝えたかったのだよ」
「そうなんだ! ありがとうね、ジョンくん。心配してくれて」
「ヌヌッ! ヌーヌヌー」
「えっ、嘘だろ!? ジョン! 俺のこと、そういう風に見ているんじゃないよな!? なぁ、なんとかいってくれよ! ジョン!! 俺と目を合わせてくれ!」
「ジョンが目を合わせないことが証拠だろうとおも、ウワーッ! 八つ当たり!!」
「あっ、QS4があったんだ。それで買えばよかったな」
「それは困る! なにせ、そっちは既にサポートが終了しているからな。なにかしらがあったら困る」
「あぁ、クソゲと呼ばれるものの中にはバグゲと呼ばれるものもあるからね。一概にいって、クソゲとバクゲは似たようなものであるけど、クソとバグは紙一重であって」
「えっ。なんか急にソムリエみたいなこと言い出したけど? なにこれ? クソゲソムリエの集いかよ!?」
「なにを! クソゲソムリエとはドラちゃんのことでは!?」
「フフッ、褒められると照れてしまうな。いかにも! クソゲソムリエとは私のことだ!!」
「フハーッハハハといいたげにカッコつけてるところで悪いけどよ。それ、悲しくねぇか? なんか」
「悲しくないね。全く、これだからゲームのわからん五歳児は困るのだ」
「本当にゲームに詳しくないんだ」
「それはキミもだろう。メーカーの出すソフトを買う機会も少ないんだろう?」
「ほしいんだけど、中々時間が。あと、時間が」
「うわっ! 目が死んでる!!」
「ふむ、捻出する時間もないと。中々に大変だな」
「だからドラちゃんがビックリして死ぬところと死にながら頑張ってクリアする姿を見て、気力を貰いたくて」
「だから私が死ぬ前提なの!?」
「ドラ公が死んでなにが楽しいんだ。ハッ! もしかして、うどんの粉を捏ねる趣味とかがおありで!?」
「私、そんなうどんを作る暇もないんですがその」
「映像制作は大変らしいからねぇ。おっと、プレイヤー名を記入するところかな?」
「へぇ。なんか、ドラクエのゲームを思い出すな!」
「ドラクエを期待したらビックリすると思う」
「ヌー」
「えっ、なんでジョンまでそんな生温かい目をするの!? ねぇ!」
「ロナルドくんが泣いている間に、名前の入力を終わったぞ。『ドラちゃん』! 私の名前だ。まぁ、実況者として当然だね?」
「あっ、もう始まってる? しまったな、こんなことならゲーム実況用のマイクとボイスレコーダーを買うべきだったかな。いや、あとで音声合成」
「ドラルクじゃなくて自分の生活に使って!? というか前々から疑問だったんだが、なんでそんなに金あるわけ? 映像制作って、そんなに儲かる仕事なのか?」
「いや、ただ単に使う機会がなくて貯まってるだけ。猫の生活費とか保険のための貯蓄もちゃんとしてるけど」
「あぁ、猫と一緒に暮らしているんだっけ? そうこうしているうちにゲームが始まったぞ! おーっと、ここは一家団欒のピクニックじゃないか!? その割にはオープニングがめっちゃ不穏だったけど」
「一家団欒って雰囲気じゃねぇだろ。しかも不気味な森の中だし」
「ホラゲあるあるだね。私もバイオ初代をやったけど、あれも不気味な森から始まったよ。それと同じような雰囲気かな?」
「バイオの場合は今と比べると荒いグラフィックでこうだけど、これは数年前に作られたようなものだからなぁ。グラフィックの面で比較すると、違うかも」
「えっ、今なんの話をしているの? なぁ、ジョン。あの二人のいっていることわかる?」
「ヌヌーン」
 ジョンは哀れみの目を向けた。精神年齢五歳児、ゲームに全く疎く弱い男には、ゲームの詳細などわかるわけもなかった。ただ初見で高得点を取れるとすれば、得意の射撃が発揮する場面だ。つまり射撃の感覚に近いコントローラーで射撃を主とするゲームであれば、充分にプレイすることができる。但しビックリポイントで取り乱して、敵からの不意打ちは受けやすい。そのような面はあるものの、冷静に巨大な画面で進められるゲームを見た。自動的にフルスクリーンになるのである。
「いいなぁ。ドラ公ばっか。俺だってこのくらいのスペックがほしいよ」
「あぁ、元々映像制作に使うものでしたからね。このくらいのスペックじゃないと落ちるんですよ。パソコン自体が」
「そんなに!? で、でも、これで配信とかを見れたりするんだろう?」
「といってもサブスクとかヌツバとかだけど。あと、持ち運びならノートパソコンの方が便利だし、ワード使うだけならノーパソで充分かもと」
「うぅ、それはそうだけど。でも、ドラ公ばっかりズルいぜ」
「人気が? うわっ!? 血涙!」
 ロナルド自伝『ルナルドウォー戦記』通称『ロナ戦』でも自分よりドラルクの方が若い女の子の人気がありと、非常に悔しい思いをすることもあった。それがこのように物資面で顕著になると、中々悔しいものがある。下唇を噛み締め拳を握り締め肩をプルプル震わせながら屈辱さに耐えるロナルドの一方、ドラルクは振り返らず平然という。「ロナルドくんはモテない塊だからね」直後「ウワーッ!」血の涙を流すロナルドの悔しさがドラルクの身体を砂にした。八つ当たりである。それでもコントローラーを握る手を先に復活させる。
「おっと! 自動操作になったらしいな」
「顔と手だけ再生されていると、なんか気持ち悪いな!?」
「初めて生で見た。これはこれですごい。土偶かな?」
「外野の好き勝手なコメントはともかく! 子どもが攫われたらしいぞ!? 早速主人公と一緒に救出しに行こう!」
「ヌヌヌン! ヌイ!」
「ホラーゲームでこうして明るい調子で実況されると、こう、胸にくるものがありますね」
「えっ、もしかして変な性癖の持ち主で!?」
「変な生物と一緒にしないでいただきたい。あれ、たまに猫が怖がって」
「主人公が必死に呼び掛けてますねぇ。果たして救出できるのか!?」
「あぁ、迷惑行為を。じゃぁ、今度注意しておくんで見かけたら情報を」
「はい」
「おっと、曲がったぞ! これはどうなるかな?」
「ヌヌ? ヌン?」
「見つけたらしいぞ、ってうわーッ! グロイ!!」
「初っ端から死んでんじゃねぇか! チュートリアルだぞ!?」
「これで死ぬとは! やはり予想が当たったか!!」
「ヌヌヌーッ!!」
 突っ込むロナルドと喜ぶ当人を余所に、ジョンはショックを受ける。ゲームの中で八つ裂きになった主人公の配偶者より、ドラルクの死を悲しんでいた。ジョンが砂を中央の山へ掻き集めている間に、ドラルクは顔だけを復活する。コントローラーは、先に復活した指だけが添えられていた。しっかりと操作できる両手の二本の指である。
「ぐっ! 少し取り乱してしまったが、どうやら主人公の家族は攫われてしまったようだ。これを取り返すのが、今回のゲームの最終目的かな?」
「ヌヌン?」
「ゲームのあらすじには、そう書いているらしいけど」
「考えたくもない最悪の事態じゃねぇか! うっ、事務所の天井に黄色い染みを付けたくないし、敷金」
「あら、喫煙者で?」
「私、肺が弱いから吸うなら外で吸ってくれ。っと、そうこうしているうちに操作できるようになったぞ。まずは周辺から調べてみるか。どうやら、ここは主人公の家らしい」
「あっ! 猫ちゃん!!」
「うんうん、猫ちゃんだねぇ。君のところとそっくりだ」
「そっくりじゃないよ」
「猫飼いあるあるな過激な発言は置いておいて、どうやら対象に接近するだけで調査をできるらしいな。判定は難しいが」
「ヌヌー」
「あれじゃない? 誤爆を防ぐため」
「ごば、えっ?」
「『チャイムを鳴らしても独り』、か。寂しいねぇ。まっ、私にはジョンがいるから寂しくもなんともないけど」
「ヌヌヌーン!」
「よっ、いちゃつき!」
「すかさずジョンとの仲を自慢してんじゃねぇよ! 俺だってジョンと一緒にドーナツを買いに行ったことだってあるんだぞ!?」
「はいはい、ドーナツドーナツ。黒猫を追いかけ回しても、なんともならないようだね。とりあえず、気になるところを全て探して、っと。あった。鍵はこのように使えと。チュートリアルも兼ねてるねぇ」
「なんかプレイしたくなってきた」
「したら? よし、鍵を開けたら、うわッ! 暗ッ!! 懐中電灯をつけて、中を探索してみよう。わぁ、電気代の未払い請求書がきてる! キッチンも汚いし、私が掃除をしてあげたいくらいだね」
「ヌヌヌーン」
「さらに奥に行くと、こうかな? って、あばば! 感電してしまったようだ。修理をする必要があるのかな?」
「死んでねぇな」
「うん。ドラちゃん死んでないね」
「うるさいな! こういうのはゲームあるあるのだよ。こういうので一々死んでいたら、ゲームを進められないじゃないか」
「それもそうだ」
「なんか、目の前で死なねぇと調子悪いな」
「なにサイコパスな発言をしているのかね!? それはそうと、このゲームに出てくる犯人はサイコパスばかりと聞くが」
「うん。子どもがひたすら酷い目に遭う方のゲームだから、CERO判定が付いてる」
「シンヨコキッズやキックボード少年には見せたくないな。これは成年向けとロゴ貼っとこ」
「それがいいと思う」
「晴れるのかよ。で? そこからどうするんだ?」
「どうやら仕掛けがあるのらしい。それを探すために隅々を探して、っと」
 QS4コントローラーを両手に持ち、部屋と入手したアイテムを隅々まで調べる。「日本以外の国だと、決定が×ボタンになるから、○ボタンに慣れている身には少しキツイんだよね」「わかる」「わかるのかよ」「少しでもゲームをしたら、誰だってわかると思う」「そんなに?」非常識だといわんばかりの物言いに、ロナルドはショックを受ける。「もしかして、俺が間違っているのか?」一人疑心暗鬼に自分を信じられなくなっているロナルドを、ジョンが肩を叩いてあげた。温かい憐みの心である。一方、ドラルクは入手したアイテムの実況を終えて、仕掛けを解く。
「おぉ、古典的な方法! しかし、逆をいえばこれがないと開かないので、隠すにはもってこいの方法だね」
「は? 適当な本を置いておけばいいんじゃねぇの?」
「君は馬鹿かね? こういうのは、重量が決め手になるのだよ。置物でもできるがね、実際の物がない限り、何グラムかは到底知ることはできないだろう?」
「いわれてみれば、そうだ。フォークや皿の重さなんて裏に書いてないし」
「そういうことだ。ロナルドくんみたいなのだったら力づくで開けそうな気もするけどウワーッ! 理不尽な暴力!!」
「もうすっかりテンポが出来上がってる」
「ヌヌヌー」
 ジョンは哀れみの目を驚いた当人へ向ける。それはもう、既に出来上がっているのだ、と。そう言いたげだった。暴力を受けながらも、ドラルクはゲームを続ける。
「さて、今回は。っと。おっと、指示が出たぞ。なにやらテレビを見ればいいらしい。さて、テレビは、っと。これだ。モノクロが時代を感じさせるねぇ」
「トリップをさせる吸血鬼って」
「ねぇよ! そんなの!! いたら困るわッ! 第一、できたとしても催眠術かなにかの類だろ」
「それもそっか。時を超えるような能力だもんね」
「あぁ。魂、みたいなのが乗り移ってなければな」
「なに中二病を発揮しているのかね。流石精神年齢ごさウワーッ! またしても暴力!!」
「ヌヌーッ!!」
「これが毎回続くのか」
「な? 鬱陶しいだろ?」
「実物を目にすると、ロナ戦でいってたことが少しわかるかも」
「あっ!? お買い上げいただきありがとうございます! どうぞこれからもよろしくお願いします!!」
「急に媚びへつらったぞ!? まったく、これだからロナルドくんは。購入者や読者に対してすぐ阿呆面を見せるんだから」
「実物をお目に掛かれるとは思わなかった」
「実物ってなに!?」
「週刊ヴァンパイアハンター」
「ちっくしょお!! カメ谷のやつぅうう!!」
 ロナルドは慟哭した。必ずやあの、自分の友人すらもすっぱ抜いて記事のネタにする彼に、なにか一言をいってやらねばと決意した。
 そういう青空文庫で読まれ明治に執筆されたかの有名な作品の冒頭をもじったようなナレーションの後に、ドラルクは元の場所に戻った。マップを移動できる地点である。そこをもう一度調べ、画面を切り替えさせる。
「よし、新たなエリアが出てきたぞ! 早速ここへ行こう!!」
「死ぬんじゃないだろうな?」
「さぁ」
「死ぬ前提で話す二人はさておき! クリックすると、お馴染みのモノローグが出てきたな。なになに、シンヨコよりも物騒だな。この街」
「シンヨコは俺たち吸血鬼退治人も動いているからな! 警察もちゃんと動かないと、治安は一気に悪くなる」
「ロナルドさんが急に真面目で頭良いことを言い出した!?」
「普段は頭うかれポンチな言動をするというのにね。ウワーッ! 謂われなき暴力!!」
「もう無言のパンチじゃん」
「ヌーン」
「仕事にはいつでも真面目なんだよ!! 毎回毎回変な吸血鬼とか客とかが来るだけで!」
「えっ」
「あっ!! 例外! 例外!! そっちは例外だから! ねっ!?」
『変な客』にカテゴライズされたかと知り、依頼を持ってきた当人はショックを受ける。傷心を顔に出した当人を、必死に慌ててロナルドは弁解した。彼の頭にあったのは、変なおじさんや中年のおじさんや武々夫やその他色々が出てきたからである。変態変身生物ことヘンナやゼンラニウムも言うまでもない。外野を余所に、ドラルクはゲームを続ける。
「おっと、髭の生えたグレーな長髪がチャーミングなおじさんが女の子を連れて行ったぞ? これは、どうかな」
「ヌヌン?」
「あぁ、敵対するか友好的かの問題で。まぁ、実況者として視聴者の期待する方に賭けよう! とりあえず、さっきの人の後を追って、あぁ! 痛い、痛い!!」
「お前痛くねーじゃん」
「ゲームの中では痛いの! 攻撃を食らったが、あぁ。踏み潰し攻撃はできるのか。音もリアルだな」
「外国制作のゲームだから」
「国内ゲームとは違った拵えがあると。それもそうだな」
「わっ、なんか海外のドラマとかで見たことのあるヤツ!」
「サーカス小屋らしいな? ふーむ、この状態だとステルス。これだと敵の目に入ったら気付かれると。いいや! ちょっと一回接近してみよう!」
「ヌヌン!?」
「おぉー」
「吸血鬼の享楽的傾向はプレイスタイルにも反映されんの?」
 吸血鬼退治人としての知識からフル活用して突っ込むロナルドを余所に、ドラルクはエネミーに特攻する。敵の視界に入り、視界の幅に合わせて赤く染まる。意外と攻撃を加えてこない。どうやら、敵ではなく友好的なNPCのようだ。
「ふむ。エネミーとNPCの判定は見た目から付かないようだね。その人物の言動から、敵対するか否かを判定しろということだろうか」
「ヌヌーン」
「とりあえず、この幼子は私が連れて行くとしよう。いわれていたものは、あぁ。道具がないと助けられないと。仕方ない。彼女(?)には悪いが、一旦この子だけでも救出するとしよう」
「ヌー」
「あの点滅しているところに持って行けば、救出完了となるっぽい」
「へぇ。あっ、なんかメッセージが出てるぞ」
「これはわかりやすい。やり残したことがあると、こうして教えてくれるとは。ふむ、他にも同様のアイテムを使うヤツがあるな。それと出てるところに向かえば、おっと。これはアイテムかな? いや、振れるということから武器だろうか」
「殺傷能力低そう」
「使ったら折れないか?」
「物騒なことをいう人とゴリルドくんは置いておいて! とりあえずサーカスの建物らしき部屋に入るか。うわー、おどろおどろしい! 私も一回、こういうお化け屋敷に入ってみたいね!」
「ヌイ!!」
「お化け屋敷じゃなくてサーカスの建物みたいだけどな」
「廃棄されて久しいけど」
「さて! うわぁ、中が真っ暗。これは足元に気を付けないとね。ホラゲあるある」
「ヌヌイ!!」
「ゲームプレイヤーと製作者の駆け引き、これは胸が躍りますね」
「なぁ、なに実況始めてるの? ねぇ。解説?」
「さぁて、エネミーには鼠もいるようだ。鼠さんには悪いが、この枝で眠ってもらうことにしよう」
「ヌヌーン」
「動物虐待は良くない、本当だね。しかし人食い鼠となれば話は別だろう。人に害なす下等吸血鬼は駆除され、VRCなどに収容もされたりするからな。そういうことにしておこう。駄目かな?」
「難しい判断」
「確かに人に危害を加えるヤツは、その場で退治《ハント》するけどよ」
「うーん、現場からの厳しいお言葉! さて、ここにはなにもないようだ。懐中電灯で照らしながら進んで──なんで!?」
「おっと、死んだぁ!」
「ヌー!!」
「やっぱり死ぬんじゃねぇか! こんなビックリポイントで死んで、大丈夫なのかよ?」
「VRでこんにゃくペチンとされて叫んだロナルドくんほど驚いてないし!? いやんっ! またしても暴力!!」
「あれはお前が悪いだろ!」
「こんにゃくはちゃんと食べたの? 食べ物で遊ぶの、勿体ないからダメだよ」
「安心してまえ。きちんとロナルドくんにこんにゃくの和え物を出して食べさせたぞ」
「あれってそのときのこんにゃくだったのかよ!? ちきしょぉお!」
「覚えゲーの側面もあるのかな? とにかく死んで罠の配置を覚えろと」
「人の数だけ攻略の仕方もあるっぽいし」
「プレイする予定?」
「今回は見送る。ドラちゃんプレイを見てしまうわけだし」
「そう。っと、もう一回例の場所にきたぞ! 勿論、もう一度エリアの最初からやり直してプレイし直しだ! いやぁ、セーブって大事だね!! セーブにすごく時間が取られるから、この間に殺されたら大変だ!」
「製作者の考えた鬼畜のコツ」
「しかし! クソゲーの鬼畜と違って、これはゲームをプレイする上で与えられたエッセンス! つまり公式から与えられたデフォルトの縛りだ!! この辺も考えてプレイしないと死ぬね」
「ドラちゃんだけに?」
「勘弁して」
「ヌイ!」
「で、ここからどうするんだ?」
「勿論進む。ちゃんと懐中電灯で照らして、っと。よし、おや? これはなにかな? 地雷かな?」
「アイテム?」
「背景じゃね?」
「セーブもしたということだし、一回踏んでみよう。ウワーッ! 死んだ!! 串刺し!」
「ヌヌーンッ!」
「視聴者に最初にトラップでの死に方を教える! まさに実況者の鑑!!」
「そうかぁ? ドラルクの下手なプレイを見せられて、なにが嬉しいんだよ」
「な、んだと?」
 ピクリ、と場の空気が変わる。ロナルドはいってはならない一言をいってしまった。そう、長い年月をゲームをして過ごした凄腕ゲーマー『神の右腕(すぐ死ぬ)』とNutube視聴者に名付けられたドラルクに対して、いってはならない一言だった。──「ドラルクのゲームの腕は下手」──彼の逆境に抗う反抗心へ火を付けるのに充分な一言だった。怒りで頬が微かに砂になりながら、ドラルクはピクピクと口角を引き攣らせていう。
「今、私を『ヘタクソクソザコクソレビュー雑魚雑魚ドラちゃん』といったかね?」
「そこまでいってねぇよ」
「そういうアンチの名前いたね。そういえば」
「いたのかよ」
「なら魅せてやろう! 数百本のクソゲーをして培った新たなる私の技術を!! 泣いて許しを乞うても遅いぞ! ロナルドくん!!」
「いや、誰もそこまでいってねぇから。そもそも、なにに許しを乞うんだよ?」
「最初の面は、つまり製作者がプレイヤーへ『このように攻略するんだよ・できるんだよ』と教える一面! だからここでやり込みを深めれば、この時点で製作者の癖や意図が掴めるのだ!」
「流石にゲームの本筋をネタバレできるってほどじゃないけどね。プレイの基礎は身に付けられるよ」
「へぇ。で、そんなのでどうするんだ?」
「この面で死にまくって、次のステージでは無傷勝利をしてやる!!」
「できるのかよ!?」
「できる! ドラちゃんにならできる!」
「声援、ありがとう!! そうこうしているうちにエネミーの姿が見えたぞ!? しかし、ここかれでは敵か味方かがわからない。一先ず、ステルス状態を維持しつつ、接触を図ってみるか」
「しかし扉が閉まっているようですよ。ドラちゃん先生」
「ふむ。ここでは、メッセージにある通り電力の復旧をしよう。近くに発電所がなかったから、内部か」
「そこまでわかるのかよ?」
「無論。クリアできないゲームはクソゲー以外に存在しない、のでね!」
「あぁ、あの伝説のクソゲー」
「ヌヌーン」
「つまり! このゲームはクソ最低と評価が十割を占めていないのでクリアできるのだよ! このゲームは!!」
「逆襲のなんたらかな?」
「怒られるぞ」
「見せてやろう! 私の華麗なテクニックとやらを!!」
 そういって、ドラルクは怒涛の勢いで難局をクリアし始める。「ステルスで撒けるということは! つまり相手をそこに誘き出して接触を図ることができる!」「壁や本棚など障害物がない場合は避ける!! 誘き出して殺されたらたまらないからな!」「音で誘導できるのなら誘導して敵を誘き出す! その隙にステルスミッションだ!!」「光で逃げる? ならば逆に消して誘き出してみるのも手だ!」「ぬるい!!」などなど、実況を加えながら一面をクリアしていった。
 その後ろで、ダイニングテーブルの椅子を後ろに下げて寛いでいた二人が会話をする。
「なんか、後ろから見ると変なおっさんが一人で喚き散らして遊んでいるようにしか見えねぇな」
「いわないで。こんなことなら配信用の録画ができるように準備をしておけば。私の分はまったりボイスでどうにか誤魔化すとして」
「まった、えっ?」
「機械の合成音ボイス。こうした配信動画の世界じゃ、一つのカテゴリーになってて」
「あぁ、機械の道具のこと」
「ロナルドさんのコンビとの実況なら、すごくウケた可能性があるのに」
「えっ、俺の声生だし!?」
「よっしゃぁ! 二面へ行く前に、自宅に帰るのがルーチンみたいだね。おっと、逃げた猫が玄関にいるぞ?」
「猫ちゃん! 猫ちゃん! きっとお腹が空いているんだよ!!」
「よしよし。牛乳を先にゲットできたから、なにか入れるものを」
「こう、あるものでなんとかできないのか? シンクに突っ込んだ皿を軽く洗って牛乳を入れるとか」
「現実とごっちゃにするな!! ゲームはいわば、0と1とで構成したプログラムの世界なのだよ? シリを搭載していないガラケーに音声で近くの店を教えろと要求するほどの無茶がある」
「なんだよ。不便だなぁ」
「この辺は全く未知の領域というか、突き詰めると現実との境い目がわからなくなってしまうから。そういう危険性をどう排除するのかもゲームメーカーとしての試練でもあり」
「なんでそんなに詳しいの?」
「とにかく! 皿を探すぞ!! 皿といえばキッチン! とりあえず探すと、あった! ここでアイテムを組み合わせる!! 猫ちゃん用のミルクが完成だ!」
「早く上げてあげて!!」
「わかった、わかった。さぁて、猫ちゃん。ご飯だよー」
「ヌー」
「ごめんって、ジョン。あとでオヤツを作ってあげるから」
「ヌヌイ!」
「嫉妬するんだ」
「なぁ、ジョン! 俺、ドーナツ買いに行けるよ? 一緒にドーナツ買いに行けるよ!!」
「五歳児は放っておいて。黒猫にミルクを上げたら、早速次のエリアを開く手掛かり探しだ!!」
「おかわり、猫ちゃん……」
「ゲームの都合上、おかわりの牛乳はないんだって! 我慢して!!」
 悲しむ当人を前にして、ドラルクは必死で宥めた。如何にゲームだろうと、待ち侘びている猫を前にすると猫飼いは悲しくなるものである。二面へ進む間に、ドラルクは先のクリア条件を持ち出す。「そういえば、犠牲者ゼロの条件があるから、それで進めてみようか」「ヌヌイ!」「なんかアイテムを集めるのもなかったっけ?」「あぁ、あとは子どもを全員救出」「罠にかかって死ぬとかがあるんだろう。まぁ、主人公が攻撃を加えない限り大丈夫だろうと思いたい。敵の攻撃で死んじゃう可能性もあるから、それも考慮しないと」「子どもの保護は大事だからね」「シンヨコでもたまに、子どもを狙った吸血鬼とかがいるからな」「全く、吸血鬼の風上にも置けないね。では、次の二面だ!」ターンッ! と気前よくキーを押すかのように、両手で持ったコントロールを肩の斜め上へ上げる。ドラルクのテンションはハイだ。持ってきた当人も後ろで眺めるロナルドも、わくわくして見ている。
「悪質な犯罪者ばかりしか出てこないな」
「そういうゲームだから。あっ、差し入れ持ってきたんだけど食べる? ロナルドさんにはバナナヨーグルト味のでいい?」
「えっ!? あ、ありがとう! ヨーグルト飲料?」
「うん。ヨーグルト飲料だけど。バナナ味ならなんでもいいかなって」
「サンキュー! うわぁ、バナナ味が美味いんだよ! 本当に!! ありがとう!」
「う、うん」
「無理に付き合う必要がないよ。急なプレゼントを貰ってはしゃぐものの上手く言葉が出ないから語彙力が急激に低下した赤ちゃんだか、わーっ! またしても!!」
「キーボードじゃなくて本当に良かった。あっ、牛乳でいい?」
「わぁ。カフェインじゃなくて牛乳とは! 気が利くなぁ」
「ヌーッ!」
「あっ、ジョンにはドーナツがあるけど、大丈夫かな?」
「ヌヌイ!!」
「あー、ジョン!」
 主人がロナルドのパンチで死ぬのを悲しむのも一瞬、目の前の物質的なものを前にしてジョンは涙を引っ込めた。甘いものに勝るものはないのである。甘いお菓子とドラルクの死を天秤にかけられると、非常に困る。どちらも片方のみを取ることができないからだ。しかし、ドラルクが死んでも元気に喋っているので、今回は甘いものを選ぶ。ドラルク同様、ジョンも図太い精神をしていた。主人譲りである。

 ──こうして、ゲームを進めて行く。猫飼いにとってショッキングな場面を目の当たりにし、当人が悲しむ他にドラルクもジョンに置き換えて怒りとやるせなさがこみ上げたので、先に提示した『犠牲者ゼロ』の縛りを撤回したのは、ここだけの話である──。

 数々のクソゲーや名作をやり込んで磨き上げた技術で、一日足らずで終わる。途中で猫の世話をしに当人が抜けたが、ロナルド撮影の配信の元でプレイの続きを見ることができた。途中でロナルドがカメラをぶらし、ドラルクの砂を映し出すこともあったが。猫の世話と相手を済ませたあと、当人は事務所へ戻る。生でプレイ実況を見て、無事完走することができた。
 完走し終えたプレイヤーであるドラルクは、コントローラーを置いて一息吐く。
「いやぁ、良いゲームではあった。良作ではあったが──、後味が悪い! なんだ!? 猫ちゃんといいラストもあぁとはッ! プレイした人の心にトラウマを残す作品だね。流石、あの伝説のサバイバルホラーのバイオニアの作ったゲームだ。最近プレイしたゲームの中で、一番後味が悪い!!」
「もしかして、あの? 名前だけは聞いたことはあるけど」
「実は私も昔、発売された当時にプレイしたことがある。あれを思い出させる後味の悪さだったね」
「そんなにかよ。って、確か二百年も生きてるんだから当たり前か」
「あぁ。人間の寿命に置き換えれば一年かそこら前のことのように思い出させるけどね。といっても、人間にとっては膨大な量のゲームをしてきたんだ。日々新しいものに触れていると、思い出すのも一苦労というわけだ」
「殴っていいか?」
「なんで!?」
「とりあえず、今度から猫が生存するかしないかのネタバレを見てから選ぼうかな」
 そう当人は察した。登場した猫が本編へ常時接触する限り、ハラハラした不安から逃れられない。一つ心に決めた当人とは別に、新たに怒りを買ったドラルクが、ロナルドの手によって砂にされていたのであった。

 ジョンの悲しい鳴き声だけが響く──。

〈完〉


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