二度目の赤い顔(サテツ)

 悪いことはとことん運悪く続くものだ。仕事でのミスに嫌いな上司からの説教。他部署からの嫌味にコンビニの一番クジで目当ての商品を引けなかったこと。
 とことん、ついていない。
(あぁ、サテツくんに会いたいなぁ)
 こうも疲れたときは、年下の彼氏であるサテツくんに会いたいものである。でも悲しいかな、彼ともう一度会える第二の逢瀬は、中弛みの水曜日にある。
 今日は、火曜日だ。
(くっそー、月曜日はミスしやすいから気張ってたのに。まさか、火曜日でぽしゃるなんてなぁ。あーあ、あーあ)
 社会人として、会社に溶け込むのも一苦労である。今日の夕飯なににしようかな、と考えたら、カレーの美味しそうな匂いがした。
 あ、れ?
 可笑しいなと思って爪先から顔を上げる。鍵を開けた手応えは確かにあったし、表札も自分の名前だ。でも、なんで美味しそうなカレーの匂いが?
 不思議に思って玄関の靴脱ぎ場を見ると、サテツくんの靴が、踵を揃えて置いてあった。
(え、まさか、嘘)
「あ、ななしさん?」
 そんな、都合のいい現実があるわけがない。
 私がまさに会いたいと思っていた人物、サテツくんが私の部屋にいたのだ。
 緩む指先に力を入れる。寸前のところで鞄を落とさなかった私、えらい。入ってるものは会社の資料と化粧ポーチに諸々だから、別に落ちてもよかったんだけど。
 サテツくんが私に近付く。わっ、エプロンにお玉って、貴方……主婦ですか!?
「おかえりなさい。ごめん、勝手に上がっちゃって」
「い、いいよ、いいよ! ただいま、サテツくん! ご飯、作ってくれたの?」
 正直、お腹は腹ペコに近い。食べれるものなら食べたい気分だ。むしろ、美味しそうなカレーの匂いで、ぐぅぐぅ鳴りっぱなしだ。
 サテツくんに聞こえたのだろう。アハハ、と軽く笑って、
「うん、今、作ってた」
 と子犬のような天使のような笑顔で頷いてくれた。ヤバい、卒倒しちゃいそう。サテツくんの優しさに卒倒しちゃいそう。
 会社での嫌なことも思い出して、ブワッと涙が出て来た。
「え!? ど、どうしたの!? も、もしかしてカレー苦手だった? 嫌いだった? ごめん! 俺の得意料理、カレーぐらいしか思いつかなくて……。もし苦手なようだったら、な、なにか別のものでも買って」
「違うの」
 慌てふためくサテツくんにいう。涙はまだ止まらないけど、止まれ、止まれ。私の涙。
 ぐしゃぐしゃになる声を押し殺して、乱暴に涙を拭うと、困り顔のサテツくんと目が合った。
 無理に笑う。
「会社で嫌なことが立て続けに起こっちゃって。それで、サテツくんの優しさに触れたら、『うわぁ、癒されるぅ』と思うと同時に『嫌なことがあってもよかった』って、うっわ」
 突然抱き締められる。
 目の前が暗くなったのが突然だったから、ギュッと抱き締め返すタイミングもなかった。
 サテツくんの腕のパーツが頭に当たる。ギュウギュウと辛そうにサテツくんが抱き締めてくるものだから、「辛さを分け与えてしまったかなぁ」と申し訳なく思った。それも見透かされたかのように、またサテツくんの抱き締める力が強くなった。
 まるで、傷付いたご主人様を治そうとする子犬のようだなぁ。と思いながら、サテツくんの背中をトントン、と叩いた。「ななしさんは、いつまで経っても優しい人なんだから、体に気を付けなきゃいけないよ」と愚痴にも似たサテツくんの褒め言葉を、受け流すだけ受け流して、心のアルバムの栞に挟んだ。

 * * * * * *

 部屋に入ると、カレーの入ったお鍋と既に盛りつけられたご飯があった。おっ、セルフサービスですか。と嬉しく思うと、サテツくんが廊下の方へ体を向けた。
「じゃ。お、俺、洗い物をしてくるから。そ、その。ななしさんはその間に着替えておいて……」
「はーい」
 さっき衝突的に抱き締めたのが尾を引いてるんだろう。いつも以上にたどたどしいサテツくんは、足早に台所へ向かった。粗相をしでかした大型犬みたいでかわいいなぁ。
 ぼんやりとそう思いながら、スーツを脱いだ。
 サテツくんがシャツのアイロンもかけてくれたら最高、と思いつつハンガーに掛けてリフレッシュをする。梅雨の時期は辛い。お風呂場で換気扇を回しても、昨日のシャツは乾いてなかったのだ。多分。
 あとで確認しよう、と思いつつ部屋着に着替える。サテツくんがいるからあまりラフな格好はできないけど、これくらいはいいだろう。と思ってスウェット生地のワンピースとレギンスを履く。体を締め付けたスーツから解放されると、仕事から解放される気が、すごくする。わ・た・し・は・て・ん・ご・く・だ! なんて、頭の螺子が外れたことをいいそうになる。けど、サテツくんなら許してくれそうな気がする。
 ビーズクッションでゴロゴロしてたら、台所からサテツくんが戻ってくる。部屋に入る前で立ち止まる。そのまま動かない。
 顔が赤くなってるようだし、どうしたんだろう。
「どうしたの?」
「あっ! い、いや、その、えっと」
 ごにょごにょとサテツくんが頭を掻きながら目を逸らす。なになに、なんだ。なんなんだ! お姉さんに教えてくれよー! と細やかな独占欲を出しながら、サテツくんに尋ねた。
「えー? なにー? 教えてよー」
「その、ななしさんの部屋着が想像以上で、その……あまりにも、かわいかった」
「え」
 その返しはこっちも想像以上だったよ。サテツくん。
 サテツくんに釣られて、私もボッと顔が赤くなる。す、すごく恥ずかしい。
 ビーズクッションに体重をかけ、顔を隠した。サテツくんも照れたままで、なにもいわない。いや、いおうとしてるんだけど、「あの」「その」「いや」「えっと」とかで濁してるから、話を切り出せないだけだ!
 時計の針がチクタクとなる。
 サテツくんの顔を直視できないから、ビーズクッションに顔を埋めたままいってしまう。
「えっと、食べない? カレー。冷めちゃう」
「あ! あぁ、そうだよね!! うん!」
 アハハ! とその場を和まそうと笑うサテツくんの声も、なんかいいなぁと思ってしまうのであった。

 * * * * * *

 少し冷めてしまったカレーを食べる。でも出来立てが熱々だったから、ちょうどいい。
 もぐもぐとカレーを食べる。ジャガイモやニンジンの一口が凄く大きい。お肉が豚肉なのは、サテツくん家なりのカレーだろうか。
 同じようにカレーを食べているサテツくんが話を切り出す。
「えっと、ななしさん。カレー、美味しい?」
「うん、美味しい!」
「そっか、それはよかった! コバルとか、すごく美味しいっていって食べてくれるんだ。その、同じように喜んでくれたらいいなぁ、って思って、作ったんだ」
「へぇ。ってことは、私もコバルくんと同じように思われてるってことなんだ?」
「ちがっ! お、弟として思ってるんじゃなくて、その」
「ん?」
「#a_namae#、ななしさんは……」
 家族として思ってます、と。
 サテツくんがすごい小声でいった。
 耳まで真っ赤な上に俯いていったから、上手く最後まで聞き取れなかったのだ。でも、掠れた声で「本当だから」と呟くので、確認をとる。
 決して悪戯心からではない。
「そう? 家族として? コバルくんみたいな妹じゃなくて?」
「ちっ、違うからぁあ! ってか、ななしさんは俺より年上だから! 妹なんてそんな、恐れ多いっていうか」
「あははっ、そうかなぁ」
 急に、うぅうぅと頭を抱えて体を丸めたサテツくんに笑ってしまう。
 泣き出してしまうものだから、お腹を抱えてしまう。本当、そんな心配してることと違うのに。
「私の方が恐れ多いかな。サテツくん、優しいし。優しいから吸血鬼退治人のほかに色々とボランティア引き受けてるし。こっちの方が頭下がっちゃうよ」
「そ、そんな! 寧ろ凄いのはななしさんの方だよ。俺なんてまだまだ」
 へ、とまた目をパチクリさせてしまう。
「だって」とサテツくんは続ける。
「いつも会社で一生懸命働いているし、ななしさんが作ったものがテレビやインターネットで流れてるのは凄いと思う。そうして作ったものが世の中に流れていることで、ななしさんの作ったもので俺たちの生活は支えられてるんだなぁって、あれ!? あれれぇえ!?」
「うっ、うぐ、えぐ」
「な、なんで泣いちゃったの!? あれ!? 俺、もしかしてまたやっちゃった!? なにか失言漏らしちゃった!?」
「ち、違うの。落ち着いて、サテツくん」
 ギュッとサテツくんの服の袖を掴む。掴んで引き寄せる。
「会社でそういうこといわれないし、普段からいわれることもなくてさ。つい、感激しちゃった。ありがとう。あなたがいるから、私は頑張れるのよ」
「えっ」
「ありがとう」
 感謝の言葉と一緒に、サテツくんの鼻にキスを送る。だみ声なのがいけなかったんだろうか。サテツくんはなにも反応を示さない。
 けど、私が腰を下ろすと、ボッと赤くなった。やっぱりサテツくん、初心だなぁと思った。
 耳から爪先まで真っ赤になった体を隠すように、サテツくんは顔を隠してアルマジロみたいに体を丸くする。そういう彼もかわいいなぁと思いながらも、私はサテツくんに癒されたのだった。
「そういえば、サテツくん。どうして私の家にいたの? 今日は約束の日じゃないのに」
「あっ! それは……ななし、さんに……」
 会いたく、なって、と。
 そういわれて、私もサテツくんに釣られてボッと赤くなった。


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