ある日のS(+温泉組)

 ××とて、そう毎回ジョーやチェリーと一緒にいるわけではない。「そういえば、なんで薫の方から順番にいうんだろう。五十音じゃないし」「コイツが一番張り切って仕切ってるから」「おい」イラついた薫が虎次郎を睨む。××に自分たちの過去を詳細に話したわけではない。愛抱夢との因縁は暈して伝えても、詳細な馴れ初めは伝えたわけではなかった。このように昼間に会う機会があって話し合っても、同時に訪れることはない。
 ジョーは先にクレイジーロックに入り、待ち侘びていたファンの子たちと会う。山が開かれると同時に、そわそわと“アイドル”の到来を待っていたのだ。自分たちの推す“アイドル”が前回伝えたときと変わらない時間へ来たことに、ファンの子たちは黄色い悲鳴を上げた。真っ先にジョーの姿を見つけて、駆け寄る。そわそわと心待ちにしていた彼女たちの気持ちを汲み、ジョーは一人ずつ話に耳を傾けていった。
 そんなファンの子たちに囲まれているジョーと違い、チェリーは群れない。随分と遅れて山に入ったチェリーの姿を見つけ、彼のファンたちは息を呑んだ。あくまでチェリーの邪魔にならないよう、遠くから見守る。一人で滑るチェリーは、愛機カーラとコースの調整に入った。「カーラ」その一言だけで、愛機は次の角度を滑る最適な解を算出する。このように二人がそれぞれ分かれて過ごしていると、××が間を取ってやってきた。
 こちらも変わらず、ボードでトリックを繰り出しながら滑りを楽しんでいる。足元で繰り広げられる魔術に、スケーターたちの目が釘付けになる。トリッキーな動きでボードの動きを楽しみ、反転して直立したボードのトラックに足を乗せ、そこからボードを蹴って元の姿勢に戻す。フリースタイルに近い。ビーフのコースで滑るものだから、未だにジョーやチェリーと会わない。
 こうして過ごしていると、広場にいる暦が声をかけてきた。
「あっ! ××さっ」
 といいかけて、Sネームで呼び直した。それに応じて、××の意識が戻る。クイッとノーズ部分を上げ、片手で掴んだ。中央からテール、地面へと足を下ろし、自分のボードを脇に抱える。てくてくと暦たちに近付いた。見知った顔である。暦の他に、ランガとミヤ、シャドウもいた。
「珍しいじゃん。ジョーやチェリーと一緒じゃないんだ」
「うん。今日はちょっと、用事があって」
「へぇ。一緒に来たわけじゃないんだ」
「当たり前でしょ。それぞれ事情が違うんだからさ」
「というか、坂から来たところだよな?」
「うん。ちゃんと歩いてきたよ。ショートカットの方を使って」
「しょ、ショートカットって」
「あるんだ。上りの方で」
「なんか、絶対人の歩けるところじゃなさそう」
「正にSネームの名を裏切らねぇな。っと、チェリーが来たようだぜ」
「あっ、本当だ。今日はジョーの方が遅いんだね」
「きっと、ファンの子たちに囲まれてるんじゃね? 絶対そっちの足並みに合わせて歩いてんだろ」
「そうなの?」
「スライム、モテなさそうだもんねぇ。女の子にモテたいのなら、相手の歩幅に合わせて歩くことも大切だよ」
「まだガキの癖に、なぁに一丁前みたいなこといってんだ! このこのぉ!!」
「もぉ! やめてよねぇ!!」
「ったく、ガキどもが」
 シャドウが呆れる。暦はミヤの頬を後ろから伸ばし始め、その様子をランガが後ろから覗き込む。そんな騒ぎの傍らに、チェリーが近付いてきた。××の隣に立ち、事の経緯を尋ねる。「どうした」「ちょっとしたこと」××は詳細に答えない。それでも大体のことはわかったのか「フンッ」とチェリーは鼻を鳴らした。Cherry blossom≠示す羽織りが、ふわりとはためく。
「ところで、あの馬鹿はどうした?」
「こ、ジョーのこと? まだ見かけてない」
「フンッ、どうせ女に現を抜かしているんだろう」
「そうだと思う。ところで、今日なにかあったっけ?」
 皆広場に集まっているようだし、と伝えた××にチェリーは呆れる。「はぁ」と息を吐き、頭を抱えた。
「阿呆が、今日はビーフがあるだろ」
「そうだった。誰と誰が、だっけ」
「少なくとも、ここにいる面子ではない。あの馬鹿も同様だ」
「なんか、面白そうだからだっけ?」
「良いデータも取れるかもしれん。お前も、あの場にいただろ」
「ごめん。仕事立て込んで、それとさっきまで滑ってたから、それで」
「はぁ」
 またしてもチェリーは溜息を吐く。本来割り込んで答える相手がいない分、サクサクと話が進んでしまった。同時に、物足りなさや寂しさも少し感じる。(なんか、テンポが足りないような)(あの馬鹿、まだ来ないのか)悩む××とイラつくチェリーに、周囲が距離を取り始める。Cherry blossom≠フ爆弾を喰らいたくないからだ。流れ弾には当たらないが、当たりそうな気がして気が休まらない。そんな折、ようやくジョーが広場に辿り着いた。暦やチェリーの予想通り、ファンの子たちの歩幅に合わせている。
 ××の姿を見つけると、ファンの子たちに告げた。
「着いたようだから、またね」
「あーん、ジョー。もっといたぁい!」
「ねぇねぇ、もう少しだけっ! だめぇ?」
「ごめんねぇ。また今度、ねっ?」
 パチンとウィンクをする。それにファンの子たちが卒倒しかけた。目をハートの形にし、卒倒しかける。倒れそうな子を一人ずつ介抱してファンサービスを送り終えると、暦たちの元に戻った。
 ××の隣に立つ。あの一部始終を見ていたチェリーは、苦い顔でジョーを見た。批難がましく、物言いたい目だ。「この女タラシがッ」と今にも小言をいいそうである。それを涼しい顔で流し、ジョーは××に尋ねた。
「で、なんの話をしてんだ?」
「なにも」
「貴様のタラシっぷりに辟易していたまでだ」
「なんだよ。男の嫉妬は見苦しいぜ?」
「誰がお前なんかに嫉妬するかッ!! 引き止められていただろう。さっさと戻ってやったらどうなんだ?」
「これ以上サービスをしちまうと、本当に倒れちまうだろ? 親切心だ」
「どうだか。どうせ、女よりこっちを取ったというだけだろう」
「さぁ。どうだか」
「最低だな、お前」
 チェリーの指摘へ特に答えず、笑って受け流す。毎度お馴染みのやり取りに戻ってきた。××はスマホを出し、今回のビーフについて調べ始める。
「あっ、ボマーとなにかが滑るんだ」
「ぼまぁ? 誰だ、それ」
「以前、愛抱夢が開催したトーナメントで予選を突破した中にいただろう。あの、シャドウに敗れたヤツだ」
「あぁ、アイツね。で? なにがどうなって、そいつとビーフすることになったんだ?」
「なんか、女絡みっぽい」
「下らん」
「女の取り合い、ねぇ。秋の空のように移り変わる女心も受け止めれないようじゃぁ、まだ男とはいえないな」
「そもそも、ビーフで賭けるならもっとあるだろう。女以外に価値がないのか」
「じゃぁ、カーラを賭けろっていわれたら?」
「絶対にやらんッ!!」
「っつーか、コイツだとビーフすら受けねぇだろ」
「絶対受けても初手でコテンパンに叩きのめそう」
「たかが機械だってぇのに」
「機械じゃない! カーラだッ!!」
「どっちにしろ機械に変わりないだろ!」
「俺のカーラは特別なんだッ! 機械とカーラの区別も付かん原始人が、俺のカーラを語るなッ! 愚鈍が!」
「一般人でもわかりゃぁしねぇよ! 気持ち悪いなぁ!」
「女に現を抜かす方が気持ち悪いわッ!」
「なんだと!?」
「やるか!?」
「まぁ、船乗りも航路の安全を願って女の名前も、あっ。かお、チェリーの場合は違うか。カーラを出したら負け確でいいんじゃない? 相手の」
「まっ、俺はそもそも機械を賭けやしないけどな。スマホでも同じだ」
「スマホとカーラを同じに扱うなッ! 馬鹿ゴリラッ! 俺は賭けるとしたら、もっと有意義なものを賭けの対象に上げる」
「張り合ってんじゃねぇよ。陰険眼鏡」
「張り合ってるのはどっちだ。脳筋ゴリラ」
「なんだと?」
「やるか?」
「また戻ってる、戻ってる。あっ、わぁ」
 調べものを続けながら、××はビーフに至った経緯を察する。SNSというものは便利だ。殊更、S参加者のみで構築されたものだと調査が楽になる。二股をかけられたに近いボマーの事情を察すると、××は二人に尋ねた。
「じゃぁ、もし浮気されたらどうなる? なんか、私を取り合ってみたいな感じになってるけど」
 これ、と××は自分のスマホを指差す。今回の経緯を記したツリーを示しても、二人は一向に動かない。お互いにお互いを睨みつけた状態のままで、固まっていた。何気に、汗を一筋、頬から垂らしている。
 首を傾げる××の横で、四人は肩を寄せ合って話し合った。
「なぁ。あれ、絶対」
「うん。絶対同じことを考えてるよ。あの様子だと」
「えっ、どういうこと?」
「に、してもボマーのやつ気の毒だな。同情するぜ」
 直近失恋を味わったシャドウは、似た者同士の境遇を感じた。一方で、ジョーもチェリーも動かない。××が浮気したことを考えて、そのまま思考が止まったままであった。パチッと巨大なスクリーンが映像を映し出す。
「あっ、始まった」
 ビーフが始まる直前であっても、二人は動かなかった。


<< top >>
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -