流れるように口説いて威嚇する(じょ)

 南城の直感と包容力は凄まじい。ちょっとした諍いの元となる種が植えられる前に、南城がそれを取り上げる。殊更、彼女のこととなると頻度が高まる。横顔に不安が生じたら顔を覗き込み「どうしたの?」と尋ねる。それで彼女が抱き着いてきたり、ポカポカと可愛らしく叩いてきたら御の字だ。それすらする元気がないときは、ギュッと抱き締めて話を聞く。相槌も上手く、上手に甘やかしてくるものだから、彼女も蕩けやすくなる。そのように懐が広くても、我慢ならないときはあった。
 久々のデートだから、心も踊る。予め一緒に行きたいところを決め、デートのプランも考えた。きっと、××は喜ぶだろう。俺との思い出も深く心に残るかもしれない。(もっと喜ばせたいな。そのためには、なにをするか)そう生来の女好きを働かせてプランを考えていたところ、事件が起きた。待ち合わせ場所へ向かおうとした××と鉢合わせる。これは、まだいい。『待ち合わせ』といっても、目的地の途中にある点だ。だから途中で鉢合わせたとしても、一緒に行けばいい。だとしても、どうしてここでいるのか? 南城は頭を悩ませる。(もしかして、俺に早く会いたかったとかかッ!?)だとしても、待ち合わせ場所で待っていてほしい。迎えは男の自分がやりたい。──どう、彼女を納得させるか? その材料がほしくて様子をもう少し伺ったら、その原因に気付いた。
 ××に付き纏う、他の男がいた。スケートボードの板を抱えており、──Sで見かけない顔だ。恐らく、スケーターではないだろう。南城の認識からすると、ただのスケーター紛いだ。Sのスケーターのように、スケートボード自体へ入れ込んでいない。ただのファッションだ。『綺麗な華には棘がある』との言葉も知らないのか、執拗に絡み付いてる。自分とデートするために、あんなに着飾ったのだ。目も奪われるのも無理はない。さりとて、そうさめざめと黙って見ていられるほど、大人しい性分でなかった。
「いや、いいですから」「人がいるので」「あー、人を待たせているので、いいです」酷く面倒くさそうに、億劫そうに彼女は断る。そんな遠回しに否定しても、馬鹿な男ほど気付かない。南城は大股で距離を詰め、彼女の前に立つ。近付いた南城の距離に、男たちも怖気づいたのだろう。ヒクリと顔を引き攣らせ、その場に固まった。後ろへ集中しながら歩いていた××は気付かない。トンッと筋肉質な胸に当たって、ようやく気付いた。
「あ、虎次郎」
「ごめんね? 俺が迎えに行けばよかったな。疲れてない?」」
「あっ、うん。少しは疲れたけど、大丈夫」
「無理はよくないぜ? とりあえず、俺の後ろに回ってくれないかな?」
「あ、うーん」
 チラッと彼女が後ろを見る。「大丈夫だから」そう南城が背中を押せば、素直に後ろへ回った。
 ××が南城の背後に隠れる。これで、目の前の男たちを視界に入れることはないだろう。異性を安心させる猫撫で声をやめ、普段の抑揚に戻った。
 ギロリと睨みつけたい気持ちを堪え、笑顔で対応する。
「で? 俺の彼女に、なにか用かな?」
 笑顔で対応したとしても、青筋が出るのは出る。ピキリと南城の笑みに浮かんだ怒りを見て、ナンパした男たちは後退る。「い、いえ」「なんでもありません」自分より背が高い上に、この体格差だ。マッチョな男の前では、手も足も出ない。ファッションでスケートをする連中は、尻尾を巻いて逃げ出した。ピューっと、走って逃げる。抱えたボードは使わない。フンッと南城は鼻を鳴らした。
「スケーターの端くれだったら、板で逃げろってんだ」
「えーっと、いなくなったの?」
「あぁ。悪いな、こんなことなら迎えに行けばよかったな」
「うぅん、こうなるとは思わなかったし、仕方ないと思うよ。とりあえず、気を取り直してこよ?」
「参ったな、××にそういわれると、聞かざるを得ないなぁ」
「なにそれ」
「なぁ」
 胆力に感心しつつも、呆れる彼女に南城は提案する。自分とで、こうも綺麗な姿を誰の目にも入れたくないし、一人占めしたい。そういう独占欲と彼女の心労を危惧して、南城は変更を伝えた。
「今日は、俺の家にしないか? その、誰にも見せたくないからさ、ね?」
「えっ。でも、それだと今日の予約とかはどうするの?」
「うーん、キャンセル料を払って、そのままだなぁ。ちゃんとキャンセルの電話は入れるぜ?」
「えぇ。それだと、勿体な」
「俺の都合に合わせてもらうんだから、俺が払うよ。なぁ、駄目かな?」
 そうも腰を低くして甘く強請られたら、断れる瀬がない。彼女は視線を泳がせ、言葉を探す。されど出てこない。はぁ、と溜息を吐いて折れた。
「わかったよ。それじゃぁ、今度のときに、払わせてね?」
「あぁ、わかったよ。俺の天使。愛しているよ。キミの優しさは世界一だね。誰にも比べることができない」
「そう、流れるように甘い言葉を吐いてキスをされても、恥ずかしいだけだって」
「だから」
 チュッ、と南城が××の両手を握りながら、米神にキスを落とし終える。額から閉じた瞼、目尻や頬や米神へと、愛の言葉を囁く度にキスが降りていた。
「二人きりになりたいんだぜ? もっと、俺に愛の言葉を囁かせてくれないかな?」
「はぁ、もう。保つかな、私の心臓」
「倒れてしまいそうなほど俺にときめいてくれるなんて、嬉しいな。背中に羽が見えるよ」
「はいはい」
「そんなムスッとした顔も可愛らしいよ。膨らんだ頬はカップケーキみたいだね。食べちゃいたいくらいだ。なぁ、キスをしてもいいかな? ダメ?」
「虎次郎の家、行こうか」
 イタリア仕込みの愛の囁きをされたら、これ以上持たない。××は虎次郎の口を両手で塞ぎ、会話を防いだ。
 ××に口を閉ざされて、ようやく手を離す。既に流れるように、南城は××の身体を抱いていたのだった。


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