どこでも喧嘩

 今日もSia la luce≠ノ客が入る。平日であっても、商談の打ち合わせや少し羽を伸ばした社会人のランチにも使われる。今回、接待の場に連れてこられた桜屋敷も例外ではない。「先生が気に入られたようだから、今回も連れてきちゃったよ」「そうですか。それは光栄の至りです」南城は穏和に微笑んで客の言葉を受け取り、桜屋敷は奥ゆかしそうに笑う。「ここの料理は美味しいからね。先生も気に入るのは仕方ないよ!」「ふふっ、そうですね」客の発言に肯定しつつも、心底では肯定しない。ギロリ、と客の見ていないところで桜屋敷は南城を睨んだ。南城も客の目を盗み、ギロリと睨む。流石に大口の前で態度をあからさまにしないものの、喧嘩は続いた。「とりあえず、予約したもので頼むよ」「えぇ、畏まりました」客の目が向くと、即座に穏和な顔に戻る。これは桜屋敷も例外ではない。客の顔が自分へ向くと、人当たりの良さそうに微笑む。そんな折、来店を告げるベルが鳴った。
 厨房へ戻る寸前で、南城が振り向く。
「いらっしゃいま、せ、っと、一名様ですか?」
「はい、一名です」
「では、こちらの席へどうぞ」
 咄嗟に出た素を喉の奥へ戻し、対外的に受け付ける。それは来店した本人も変わらない。南城の案内に従い、人目の少ない席に座る。大口の客からは背後となり、入り口周辺にいる客からは対応する自分の背中が見える。会話する本人の様子は見えないはずだ。ワインラックの近くにある席に案内し終え、南城は尋ねる。小声だ。
「いつもと違う格好だな」
「そう? まぁ」
 南城に指摘され、本人は返す。
「昼間の時間帯に来るからね。お金、払ってもいいんでしょう?」
「客として来た以上、仕方ないなぁ」
 はぁ、と南城は溜息を吐く。来店した本人──新参者は、いつもより着飾った格好をしていた。折れた南城の前で、メニューを開く。「とりあえず、あとで聞きに行くぜ」と南城がいえば「わかった」と新参者が返す。この一方で、カウンター席にいる桜屋敷はソワソワしていた。自分の客の相手はするが、隙を見ては離れた席にいる新参者の様子を伺う。「それで、是非とも先生のお力を借りたく」「えぇ、構いません。いつでもお伺いください」ニコッと次の依頼を頼み込む客に笑いかけた。耳をそばだてる。特に新参者へ変わったことは起こらない。南城は厨房で料理を作り、他の客は会話をする。「おぉ、ありがとうございます! それでは、現状考えていることだと」繋がる仕事の話にも応じる。トレイに水を入れたグラスを載せた南城が厨房を出て、新しくきた客の対応をする。新参者だ。
 ここでも、南城は素の面では小声で対応した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「で? しばらく見なかったが、ちゃんと食べていたのか?」
「一応。ちょっと、外へ出ることがあってね。久々に帰れたから、虎次郎の料理が食べたくなっちゃっただけ」
「へぇ。嬉しいことをいってくれるじゃないか」
「東京とじゃ味が違うからね。勝手も、小さい地方の方が一つの店に欲しいものが揃ってることもあるし。ところで、注文は」
「あぁ、っと。後でお伺いしますね」
「はい、それでお願いします」
 小さく気を取り直してから、対外的な態度に戻った。それに新参者は応える。桜屋敷の耳に聞こえるのは、このやり取りしか聞こえない。「こういう狙いなわけでして! 是非、先生にはこういう感じのを」「えぇ」相槌も忘れない。客が熱弁する傍らに出す要望も聞き逃さず、桜屋敷は新参者の様子を盗み見る。(暫く姿を見んと思ったら、なにをやってたんだ!? アイツ!)そう声を大にして聞きに行きたい気持ちを堪える。「それで、女性客の心もしっかりと鷲掴みしたく」「はい」「同時に、この商品のこういうところもアピールしたく」「えぇ」強調するということは、それほど取り入れてほしい点なのだろう。桜屋敷は、しっかりと頭に刻み込む。他の客の料理を、南城が運ぶ。その折に、新参者が目配りをした。小さく手を上げる。それに、南城は応えた。「はい」「あの、カルボナーラを一つ」(んっ!?)「それと、これはどういう?」「あぁ」南城の声が途切れる。素で話した内容で納得がいったのだろう。「あぁ」と新参者は苦い顔で頷いた。「では、これを一つ」「畏まりました」注文を変えたのだろう。南城はオーダーを聞き取った。
「先生? どうかされましたか?」
「えっ? あぁ、なんでもありません。玉城様のお話を聞く限りだと、どうもその予算だと難しいような気がして」
「なんと! それは申し訳ない。しかし、我が社も社員への手当ても充実したく、この予算でお願いしたいのですが」
「でしたら」
 つらつらと新参者の発言や行動による動揺を、仕事への話へと繋げる。厨房へ戻る傍らに、南城はこれを見る。(この狸眼鏡が)客の見えないところで、苦い顔をする。
 新参者は沖縄外でした仕事の進捗を確認し、桜屋敷は商談を進める。南城は厨房で調理をし、客に提供する料理を作った。クッと手首のスナップを利かせる。完成した料理を持参し、大口の客へ出した。
「お待たせしました」
「おぉ! あっ、申し訳ない。電話が」
「お構いなく」
 ニコリと笑い、重ねた両手を膝の上に置いて応じる。大和女性の如く、しおらしく客が電話を終えるまで待った。振動するスマートフォン片手に、客はその場を離れる。瞬間、桜屋敷がギロリと南城を睨みつけた。「おい!」先程の穏和な表情とは全く異なる、真逆の低い声だ。地獄の底から這い出るような、ドスの利いた声である。「なんだよ」南城もまた、態度の悪いものになっていた。桜屋敷に出す料理を持ったまま応じる。グッと座った席から身を乗り出し、桜屋敷は噛み付いた。
「お前、さっきアイツとなにを話していた? さっさと吐けッ!!」
「うっせぇ! お前に話すまでもねぇよ!! んなに知りたかったら、自分で聞けッ!」
「俺が今、話せる状況じゃないだろ!」
「だったら自分で作れッ!! 横着眼鏡!」
「だぁれが横着だッ!! タラシゴリラ!」
「んだと!? スカタンッ!」
「ボケナス!」
「土手カボチャ!」
「ぼんくらッ!」
 フンッと力強く踏もうとする桜屋敷の力む声が聞こえる。(まぁた、やってるよ)出された水を飲みながら、新参者は思う。後ろの騒動を気にかかった客が振り向くと、二人は同時に静かになった。心なしか、先よりカッコイイポーズを取っているような気がする。先の騒音は気のせいだと断じ、客は仕事の電話に戻る。そして、二人の喧嘩は再開された。


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