足を数針縫う大怪我

 パークで大技に挑戦しようとしたら、足に数針縫う大怪我を負った。どうやら、ボードのサイドと擦れてしまったらしい。「当分、安静だな」隣でご立腹な薫がいう。「だからやめておけといったんだ」ネチネチとずっという。
「だから、ごめんって。できると思って」
「それで? できなかっただろ」
「できると思ったの。クレイジーロックでも、あれくらいはしそうだし」
「クレイジーロックでの、話だろ? これでいいか?」
「うん、ありがとう」
「おい。俺の分は」
「ねぇよ!」
 虎次郎から缶コーヒーを受け取り、プルタブを捻る。勿論、無糖だ。缶コーヒーで甘いものは、少し勇気がいる。ゴクゴクとカフェインを摂取し、これからのことについて考える。「気の利かないゴリラめ。こういうとき、俺にも渡すのが普通だろう!」「気が利かないのはお前だッ! 腐れ眼鏡!! そもそも、お前が俺に噛みつかなければ起きなかったことだろ!」「なんだと!? お前の方から吹っ掛けてきたからだろうがッ!! 阿呆ゴリラ!」「お前の方だよ!」「お前だッ!」「真似すんな!!」「そっちこそ、真似するな!」またいつものである。(とりあえず、暫くは指スケで過ごすとして。問題は、移動かぁ。幸い、自宅で済ませられることだけど、うん。通販を頼むしかない)あと、お風呂はどうだろう。医者がいうには、患部に触れないようにといってたが。(サランラップで、代用できるかな?)要は濡れなければいいだけだし、それでいくか。
「とりあえず帰るけど、二人はどうする?」
「一人で帰る気か! 阿呆ッ!!」
「いやいや、片足だと大変だろ? 肩を貸すぜ?」
「虎次郎の場合だと、届かないんだけど」
「じゃぁ、お姫様抱っこ」
「いや、それだと一人のときにどうするっていう。着地のときに痛そう」
「痛くしないよう、優しく降ろすぜ?」
「そうハニーボイスでいわれてもな」
 微妙にオブラートかかっているような気がするし、先のハートマークが付きそうな語尾にしたってそうだし、うーん。どう虎次郎の提案を退けるか考えてたら、隣で薫が鼻を鳴らした。
「フンッ、下心が丸見えだぞ。変態ゴリラ。普通に松葉杖を渡せば済むことだろうに」
「だったらお前の車椅子を貸してやれよ! ロボキチッ!! 松葉杖より、アッチの方が便利じゃねぇか!」
「長時間カーラを貸し出せと!? 俺の仕事に支障が出るだろうが! 馬鹿ゴリラッ!! 拵える時間もない!」
「だったらカーラ抜きで貸せばいいじゃねぇか! 車椅子だってレンタル料高いんだぞ!?」
「だからってカーラ抜きで貸し出せるか! 阿呆ゴリラッ!」
「あー、そもそも車椅子用に部屋もバリアフリーになってないから、ね? 正直、松葉杖の方が助かる」
 うん、とぼやいたらフンッと薫が胸を大きく張った。
「ほら、見たことか!!」
「ぐぎぎ!! けど、困ってることに変わりはないだろうがッ!」
「それもそう。だけど、一人でどうにかしなきゃいけないわけで」
「ほら見たことか! お前の発言は一々配慮が足りねぇんだよ! このロボキチ眼鏡ッ!」
「だったらお前のナンパ癖をどうにかしろ! タラシゴリラ!! 一々女を口説くところを見せられて、こっちは鳥肌が立っているんだ。え!?」
「おーおー、これだから免疫のないヤツは困るぜ」
「だ、れ、が、め、ん、え、き、が、な、い、だぁ? えぇ!?」
「鏡で自分の顔を見てから話せ、ドケチ眼鏡!」
「お前こそ鏡を見てから話せ!!」
「真似するな!」
「そっちこそ真似するなッ!!」
「はいはい。とりあえず看護師さんに頼んで、松葉杖借りれるか聞いてくる」
「あぁ! 待って!! プルチーナぁ」
「フンッ、哀れなゴリラだ。ほら、その足じゃ歩けないだろう。俺が貸してやる」
「なにを?」
「乗れ」
「なにに?」
 崩れ落ちる虎次郎を無視して薫に聞き返せば、ムンッと両手を差し出される。ちょうど、肩幅に広がっている。「これが?」と広げた手を指したら、薫がムッとした。
「俺が運んでやるといってるんだ。存分に頼れ」
 フンスッと胸を張るものだから、思わず虎次郎の方を見た。「あの。こういってますが」口にはできないけど、目で示してしまった。半泣きの虎次郎が、薫の様子を見る。グスンと垂れた涙が引っ込んで、眉が吊り上がると同時に青筋が頬に生まれた。
「おい。薫。結局お前もしてんじゃねぇか!」
「馬鹿いえ!! こっちの方が早いと思ったまでだ!」
「俺が先にやったことだろうがッ! 馬鹿眼鏡ッ!!」
「馬鹿といった方が馬鹿なんだ! 馬鹿ゴリラ!!」
「お前の方が馬鹿馬鹿いってる回数が多いわッ! 馬鹿眼鏡ッ!!」
「お前の言動を含めて数えたら、遥かにお前の方が多いわ! 馬鹿ゴリラ!!」
「あっ、すみませーん。松葉杖のレンタルって、幾らくらいになりますか?」
 正面衝突で自然消滅を狙ったら、看護師さんに「静かにしてください」と注意された。確かに、煩かったかもしれない。「すみません」反射的に謝る。例え人気のない廊下であっても、叫ぶことじゃないもんな。「あっ、申し訳ありません」薫も咄嗟に謝っていた。「すみません、以後気を付けます」虎次郎も平身低頭で謝っていた。とりあえず、病院での喧嘩は避けた方が吉である。
(ん?)
 じゃぁ、薫が入院したときは? って思ったら、周りの迷惑にならない程度に喧嘩をしていたな、と気付いた。それでも、注意されていたときはされていたけど。といっても、今ほどじゃ──どうだろう。自信がなくなってきた。
 一先ず、松葉杖を借りて突いてみる。
「うわっ、歩きにくい」
「当たり前だろうが。ったく、暫く安静だからな」
「はいはい」
「なにか困ったらいえよ? いつでも駆け付けるからな?」
「流石に仕事中はいえないかな」
「おい。このゴリラより俺の方が早いぞ」
「こっ、馬鹿薫!! 俺と張り合ってんじゃねぇよ!」
「黙れ! ボケナスッ!! 俺の方が早い。これだけは絶対譲れん」
「なぁに変なところで対抗意識張ってんだよ。この狸眼鏡ッ!」
「お前より俺が早いことは、バイクの性能で証明されているだろうがッ! 馬鹿が」
「あー、薫も忙しいからね。なるべく、合間のときを見計らって連絡を入れるよ。うん」
 入れられたら、と思いながら虎次郎の気遣いが宙に消える瞬間を目撃した。薫、気付かないんだろうな。AI書道家として多忙だから俺よりお前の方が抜けにくいだろッ! って言外に示していることに。けれど喧嘩にすっかり慣れた薫は、フンッと腕を組んで胸を張っていた。
「いつでも連絡をしろ」
「あー、うん。期待しておく」
「おい。なんだ、その態度は。おい!!」
「お前の多忙さを考慮しているんだよ。AI書道家だろ、お前」
「あ? お前にいわれるまでもないわ」
「気遣ってるんだよ。わかってやれって。ということで、なにかあったら俺にいってくれよ? プルチーナ」
「うーん、本気でヤバイときにヘルプを出すわ」
 ウィンクをされると、さらに半信半疑が深まるというか、うん。どさくさに手を握られながら思った。


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