天然ボケの男(忠)

「それはダメです」
 パシッと忠が手首を掴んで止めてきた。クッ、家計の鬼め!! いつか支出把握で家計簿を付けるのに苦しんでる、って相談したときの反応は忘れない。なんだ、あの「うわぁ」と引く目は!! こっちだって泣きそうになったんだぞ。本当に。現に忠も、呆れと「マジかよ」という感情を視線に含ませながら、首を横に振ってきた。この男に家計簿を任せるべきではなかったか? けど、レシートを渡せば支出は付けてくれるのが、本当助かるし、さらに分類してくれるとか、本当に助かる。(というか、そもそも)多忙の相手に、任せることではないのでは? 税理士とか、そういうのをできるのに頼んだ方が。(いや、でも忠から先にいったことだし、強引に推し進めようとしていたし)あれ、絶対断る文句なんか絶対に聞かない、ってスタンスだった。
 諦めると、パッと忠が手を離した。渋々と商品を元の場所に戻す。
「美味しそうだったのに」
「ダメです。今月はただでさえ出費が多いんですから、来月まで我慢してください」
「本当、口煩いよね。お母さんみたい」
「私は貴方の母親になった覚えはありません。そもそも、貴方が金にだらしないのがいけないのでは?」
「ぐっ! そ、そこまでだらしなくないから!!」
「でしたら、ご自身で家計簿を付けれるはずでしょうに」
「ぐっ、ぐぐぅ」
 こ、この男! 自分の主人がいないと嫌味の一つや二つをいいやがって!! サッと忠からカートを隠した。「じゃぁ、今夜のカレーはあげません!」「ダメです。私も一緒に買ったんですから、私も食べる権利があります」「どういう理屈なの!?」「少し考えればわかるでしょう」ぐ、ぐぐ! この男、態度が冷たすぎるだろう。それとも、主人に対してそうなの? どっちなの?
「はぁ、恋人なら優しくしてくれてもいいのに」
「恋人だから、です。すぐに甘やかすとだらける。貴方には、飴と鞭くらいがちょうどいいんです」
「なにそれ? ちょっと、私のことを下に見てない!?」
「見てません」
「だったら目を見て話しなさいよ! ちょっと!!」
「今、私は時間を確認しています」
「そんな壁時計よりも! 自分の腕にあるじゃない!! それかスマホ!」
「こっちの方が早いので」
「どういうこと!?」
 忠の視力はマサイ族と同じくらい見えるってことなの!? と叫んだら「見えません」と淡々と返される。あっ、ようやくこっちを見た。否定するときにだけ目を合わすのか、この男。
「貴方の姿なら、一応見つける自信はありますが」
「一応、なんだ。じゃぁ、ご主人様の場合は?」
「絶対です。絶対に見つけてみせます」
「あ、そうなんだ」
(この絶対忠誠犬め)
 と思いつつも、どうしてこんなヤツと付き合っているんだかが不思議に思った。自分でも不思議である。
 スッ、と忠が林檎を元の場所に戻そうとした。
「ちょっと」
「既にバーモンドカレーに林檎の成分が入ってるので不要です。ほら、パッケージにも描かれてありますでしょう?」
「それとこれとは話が別なんだよ。林檎は必要だから、戻して」
 それとも、こういう天然ボケみたいなところに惚れたとか? よくわかんない。自分でも自分の好みがわからなかった。


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