強引な男(あだむ+菊池)

 愛抱夢という男は、いつも突拍子がなくて。こうも毎回仕事に追われているときに、必ず現れる。
「やぁ! キミにいわれた通り、ちゃんとタイミングを合わせてきたよ。どう? 喜んでくれるかな?」
「うん。休日出勤でなければ」
 どちらかというと、自宅で仕事の続きをしているといえばいいのか。(そもそも、どうやって入ってきたという)遠ざかるヘリコプターの音を追えば、ベランダの窓が開いている。「鍵は?」「合鍵」そんな、語尾にハートマークを付けるほどの勢いでいわれても。鍵をかけたはずなのに、といわれてこれとは。合法的なやり方で開けたとは思えない。(私も、渡した覚えもないし)ルンルン気分の愛抱夢には悪いけど、ここは断らせてもらおう。
「ごめん。今、三ヶ月前から入ってた案件に取り組んでてさ。今、ちょうどいい佳境なんだよ。だから」
「犬」
 パチンッと指で弾かれましてもね? なんだっけ、指パッチン? そう思ったら、菊池がリビングの方からシュッと降りて出てきた。「ハッ!」なに? スパイダーマン? ちょっと目を疑っちゃったよ。脇に挟んだアタッシュケースを取り出し、愛抱夢に見せる。ツカツカと踵を鳴らして──そもそも土足で入るなッ! 靴を脱げ!! 掃除が──。と崩れ落ちそうなところで、愛抱夢がバッとなにかを見せてきた。(こ、これは)契約書というより、買収を証明する書類。きっかり、愛抱夢の手中に収まっていることが記されていた。『乙』が示すことが、つまり神道家なんだろう。(『乙』が『甲』に要求するということは)だ、愛抱夢側が持ちかけた話といえる。思わず頭を抱えた。
「そこまでキミの時間を奪うことなんだ。公的なものにしてしまっても、構わないだろう?」
「話を大きくしないでよ。それに、いいの? 愛抱夢の姿なのに『神道家』の名前を出してしまって。怒られない?」
「だったら、Sがここまで続けられていないだろう?」
「そうだった」
 色々と警察に働きかけてのコレだし、色々手を回してのニュースだ。あの、ニュースである。愛抱夢の手腕は今に始まったことじゃない。「これでキミの憂いは晴れた。さぁ、どうかな?」そう両手を広げられても困る。普通に、YES≠ニいわない限り帰らないつもりだろ、アンタ。菊池も菊池でベランダに突っ立ったまま静かに頷いているんじゃない!
 はぁ、と頭を抱えつつ、愛抱夢の提案に乗る。
「わかったよ。とりあえず、今日はなにをするの?」
「勿論! 今から空港に行って東京の三つ星レストランに出掛けよう。あぁ、安心してほしい。ランチの時間帯に予約を取ってある」
「待って?」
「そのあとは、そうだな。夜景まで時間があるし、大幅に譲渡してキミの行きたいところに行ってみよう。どうかな? 僕としては、かなり譲渡した方だと思うんだけどな?」
「ちょっと待って? あー、えぇーっと」
「あぁ! 服はちゃんと着替えるさ! 愛抱夢じゃなくて『神道愛之介』として、エスコートをさせてもらうけどね」
「いやぁ、政治家だと、週刊誌に撮られない?」
「その辺の抜かりはない。菊池」
「ハッ」
 また指パッチンで反応しちゃったよ。菊池。
「愛之介様の護衛はお任せください」
(愛之介様、だけなんだ)
「キミは僕が守ってあげるからね。マイ〈ハニー〉」
「蜜扱いなんかい!」
「フフッ。イブの座は既に仕留められちゃっているからね」
 でも、女性としてはキミが一番好きだよ。なんて、流れるように米神にキスを落とされると、もう突っ込みの仕様がない。(それ、色々と怒られるぞ)男性とか女性とかを区別しているのに。それとも、愛抱夢なりの捉え方なのか。「それ、絶対外ではいわない方がいいよ」「じゃぁ、キミの前だけで囁くことにしよう。菊池、準備は?」「はい、できております。愛之介様」その私と菊池に対する温度差で風邪が引きそうだよ。私は。
 愛抱夢に引っ張られる。その『準備』がドレスコードの指定も含んで用意してあったことは、今の私にも知る由がなかった。(というか、今でもわからない)飛行機に乗りながら思った。


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