どんちゃんさわぎ(じょとちぇ+シャドウ)

 沖縄某所にあるSia la luce≠ノて。そこに一人の男が訪れていた。『比嘉広海』──Sネーム『シャドウ』の男である。仕事帰りな手前、Sのときの化粧はしていない。何故、この男がここにいるか? それは先日のSに遡る。
 ──「そういえば、シャドウ。お前って、いける口か?」
 ──「あ? 当ったり前だろうが! ビールの一杯や二杯、余裕ってもんよ!!」
 ──「熱燗一杯で酔い潰れた男が、なにをいう」
 ──「まぁまぁ。結局、酔い覚ましで酔いが醒めたからいいじゃん」
 ──「いやぁ、あのときのシャドウが酷かったな。抜け出すのも一苦労だったよ」
 ──「んなっ!?」
 ──「で、どうしてそんな話に?」
 クイッと酒を飲む仕草をしたジョーに釣られて答えば、新参者が突っ込む。チェリーは静観を決め込み、ジョーが新参者に目線を合わす。クイッと腰に手を当てて、上半身を屈めた。
 ──「そりゃぁ、俺の店で一緒に飲むか? って誘いだよ」「阿呆か」──。
 即座に差し込まれたチェリーの罵倒で、一気に喧嘩へ発展したことはいうまでもない。
(っつか、なにを話すんだよ)
 全く想像が付かない。事前に新参者へ尋ねれば「さぁ」次に「Sのことについて情報を交わしているらしいよ」と又聞きを聞かされる。(アンタは参加してないのかよっ!)そう突っ込みたかったが、表の顔である分できない。しかも接客中だ。花屋ちゅーりっぷの店内でもある。一輪の花を買いに来た新参者に、それ以上聞くことはできない。「そもそも、どうして急に花なんかを」「別に。気分。ところで、枯れにくいのとかある?」枯れることが多くて、と告げた一言にシャドウはとても不安になった。とはいえ、ここから花の安否を知ることはできない。「よしっ!」気合いを入れ直す。今の自分には不釣り合いだと思うが、幸いこの店を訪れる客はいない。閉店後だから、当たり前だ。だからSの知り合いであるジョーとチェリーと、新参者しかいない。勇気を振り絞って、扉を押す。「あ、あのぉ」小さな気弱な声が届く前に、来店を告げるベルが鳴った。それに一同が振り返る。
「よぉ! ここの席に座ってくれ」
「フンッ、花屋も大変だな」
「はぁ? なんでそんなこと」
「あっ、さっき話しちゃって。結局バレてるし、いいかなって」
「おい!!」
「とりあえず、シャドウも同じものでいいか? 俺の奢りだぜ」
「おぉ、それは助かる! んじゃ、同じので」
「味わって飲め。ゴリラにしては結構良いのを選んでいる」
「おい! 聞こえてんぞ、腐れ眼鏡ッ!!」
「まぁ、イタリアンシェフだし。それほど肥えてないと、ここまで繁盛していないよ」
「おっ、そうだぜ。××の言う通りだ」
 そういって、手を握ろうと身を乗り出しかける。Sネームではない。(まさか、本名の方で呼び合っているのか?)とはいえ、全員分の本名は知らない。面と向かって名刺交換や本名の自己紹介をしてもされてもいない以上、Sでの呼び方でいいだろう。ワイングラスのボウルを掴み、グイッと注がれた中身を飲んだ。
「おい。飲み方が違う! ワインを専用のグラスで飲むときは、こう。ステムの方を抓んで持つんだ!!」
「細けぇなぁ。別にいいじゃねぇか、飲み方の一つや二つくらい」
「いいや。案外ワインってのは熱の影響を受けるからな。三十六度の人肌で、ガラッと味が変わることもある。ワイン本来の味を楽しむなら、そっちの方がいい」
「へぇ」
「諦めなよ。イタリアン好きとイタリアンシェフの二人だから」
「やめろ!!」
「もう遅いだろ。最後までいっちまったぞ」
「へぇ。チェリーってイタリアの料理が好きなのか」
「クッ! 俺の表の顔としての威厳が」
「威厳、ねぇ」
「面の皮が分厚い狸眼鏡が、なぁにいってんだ」
「あ!? なにかいったかッ!? タラシ筋肉阿呆ゴリラ!」
「んだと!? 腐れ重箱隅突きピンクッ!」
「スカタンッ!」
「三角眼鏡ッ!」
「さんかくめがね」
「うっわぁ」
 新たな罵詈が出たことに驚く新参者を余所に、シャドウは引く。なにせ、なにもやらずとも喧嘩が起きたのだ。否、互いの発言が導火線になっている、とでもいえばいいのか。チェリーとジョーにいわれ、シャドウはステアの部分を持つ。平たくごつい手で、ワイングラスの細い首を持った。チェリーを挟み、カウンターの壁際で新参者は寛ぐ。ワインを一口飲み、自分とチェリーのツマミに手を伸ばした。
 ピックで一切れを刺し、それを食べようとする。よく見れば、黄金のソースがかかったチーズとフランスパンに、トマトの上にチーズを乗せただけのものがある。それは、自分とチェリー側にあるツマミと一緒だ。新参者側にあるツマミとその食べたものを見て、シャドウは呟く。
「あれ? トマトが苦手じゃなかったか?」
「あ?」
「はっ?」
「えっ? あ、うん」
 突然自分の苦手なものをいわれ、新参者は固まる。恐る恐る、ピックを皿に戻した。互いの襟首を掴んで乱闘へ入ろうとしたジョーもチェリーも固まる。なにせ、初耳だからだ。
 新参者は自分の言動を思い返し、こう答える。
「確かに、苦手だけど。いったっけ?」
「あっ! いや、その!! たっ、たまたま聞いただけだッ! たまたま!!」
「ふーん」
 慌てふためいたシャドウの言動に、新参者はジト目になる。なにせ、先のシャドウの疑問を受けての意趣返しだ。返したピックをもう一度抓み、新参者はフランスパンを突き刺す。チーズをオリーブオイルに漬けたものだ。塩や胡椒、ハーブなどを仕込んだジョー特製のものである。それを一口齧り、新参者は考える。唐突に苦手なものを知ったジョーとチェリーは、ポカンとしていた。一拍置いて、ジョーがチェリーの襟首を離す。パッと離れた手の呆気なさに、チェリーは不信を抱く。ギュッと眉間に皺を強く寄せて、腐れ縁を睨んだ。瞬間、眉間に寄せられた皺の形が変わる。吊り上がった目尻はそのままだが、口を閉じる。大量に貯め込んだ罵詈を吐き出す前に、心情を察した。キツく吊り上がった眉も、ふにゃりと疑惑の形に上がる。今まで、新参者の苦手なものを出し続けていたのであろう。ジョーの顔が青褪めていた。
 なにか声をかけようとして、一歩後退る。下手なことをいいかける口を、己で塞いだ。
「まぁ、確かに苦手だけど」
 全く克服していなかった──ジョーが崩れ落ちそうになる。女タラシとして、あるまじき失態だ。「クッ!」と呻きかけたジョーを、チェリーは軽蔑する。「うわぁ」とジョーの反応に引いているようだった。ドン引きである。隙があれば「なんだ、その反応は。気持ち悪いぞ、筋肉ゴリラ」と罵声を吐きそうである。
 扇子を取り出しかけるチェリーの横で、新参者はいう。
「虎次郎の料理だけは、何故か食べられるんだよね。トマトが出された状態でも」
「えっ」
「チッ!!」
 水を差すようにチェリーの舌打ちが響き渡った。それもそのはず、ジョーの反応が気にくわないからである。ほわんと頬を赤らめ、新参者の言葉に救われる。トクンと胸をときめかせた。「そ、それって」そわそわとし出すことすら、腹立たしい。チェリーの機嫌が、一気に急降下した。スケートボードモードのカーラがいたら、今すぐ「カーラ」と呟いて、ジョーの足首に向かって突進を仕掛けている頃である。横と前の気温差を右腕で感じつつ、新参者は食べ進める。
「まぁ、虎次郎の料理の腕が良いからだろうと思うけど。生で出されたら、結局無理だし」
「あっ、あははっ! そうだよなぁ!!」
「チッ! 腐れゴリラが。なに童貞みたいな反応をしているんだ。気持ち悪い。そもそも、コイツに構わず他にも女がいるだろう。外に出て、さっさとナンパをしてきたらどうだ? え?」
「うるせぇぞ。腐れ眼鏡ッ! それをいったら、お前こそ童貞みたいな反応をしてるだろッ!! 水の代わりに海水でもたらふく飲ませてやろうか。え!?」
「ほう? 俺に喧嘩を売るとは、面白いことをいう。表に出ろッ!!」
「そっちこそ表に出ろ! 今日こそどちらか上か、ハッキリとわからせてやるよ!」
「望むところだッ!! 勝負は、これだぁ!」
「って、まぁたお前の得意分野かよ!? いい加減にしろ!」
「フンッ。勝負を受けた者が勝負のやり方を決める。当然だろ」
「どこの世界の常識だ、それはッ! あー、くそ。どっと疲れた」
「俺もだ。どこぞの腐れゴリラの相手をしたからな」
「おい」
「腹が空いた。もっと他のも出せ」
「ったく、仕方ねぇなぁ。この小言眼鏡は」
「聞こえてるぞ。原始人」
「聞こえるようにいったんだよ。重箱隅ピンクっ!」
「なんだと?」
「あ? やるか?」
「とりあえず、軽いのを食べよっかぁ、とりあえず」
 呆れたように新参者が口を挟む。同時に、ジョーとチェリーが互いに顔を逸らした。「フンッ!」互いにしかめっ面であり、目を瞑っている。(犬か猫の喧嘩かよ)どこかで、動物の喧嘩が引き分けになる瞬間を収めた動画を見たことを、思い出した。
 ジョーは厨房に入り、チェリーはワインを飲む。口直しだろう。完全に蚊帳の外にいたシャドウは、完全に引いていた。「少し、席を離れる」そういって、チェリーは化粧室に行く。用を足しに行った背中を見て、シャドウは新参者に尋ねた。
 今、客観的に答えられるとしたら、新参者しかいない。
 チェリーの席へ軽く身体を寄せ、シャドウは話しかけた。
「お、おい」
「ん? なに?」
 新参者は我関せず、ワインを飲み続ける。見れば、チェリーと新参者側にあるツマミが少ない。あの喧噪の中で、食べ続けたというのか。
「あの二人、アンタがいても、あんな感じなのか?」
「うん。いつものことだよ。それがどうかした?」
「い、いや」
 こうもあっけらかんに応えられては、深く突っ込むことも憚られる。「気にしないなら、いいんだけど」気弱な面が前に出た。視線を天井へ泳がし、自分の席に戻る。用を足し終えて手もキチンと洗い終えたチェリーが、戻ってきた。我が物顔で、自分の座っていた席に座る。口直しに、ワインを一口飲んだ。カウンターに置かれたワイン瓶を自分で取り、手酌する。残量が足りない。僅か一滴しか出ない。これに、チェリーはムッとした。
 厨房にいるジョーへ呼び掛ける。
「おい。ワインがもう空だぞ」
「はぁ!? 今忙しいんだ、後にしろ!」
「チッ! 気遣いのできんゴリラが」
「な、に、か、い、っ、た、かッ!?」
 ピキピキと青筋を立てつつ、しっかりと手を動かす。口と手が一切噛み合っていない。身体に染みついた習慣とは、なんと恐ろしいことか。キレつつも、ジョーはしっかり料理をする。これらを見て、シャドウはぼんやりと思った。
(俺、コイツらの誘いを受けるたびに、こういうものを毎回見せられるのか)
 少なくとも、新参者の様子から見るに毎日だ。ジョーとチェリー、二人が揃えば即座に口論から喧嘩へ発展する。如何なる些細なことで、あってもだ。心労で酒を飲む手が止まる。「ほらよ、お待ちどうさんッ!」「イタリア料理店のシェフが、なぁにラーメン屋の出前みたいなことをいっているんだ! 阿呆ゴリラッ!!」「うっせぇなぁ! 俺の店なんだから、俺の好きなようにやらせろッ!」「このいい加減ゴリラがッ!」「るっせぇ!! 小言眼鏡!」「あーあ、またこれだよ」そういいつつも、新参者はしっかりとメニューを取っている。
「ごめん、虎次郎。サラダ、余ってたら貰えないかな?」
「勿論いいぜ。プルチーナ。君が望むなら、なんだって叶えてあげるよ」
「チッ! タラシゴリラが。その気色悪い台詞で鳥肌が立ったわ!」
「おー、おー! なら存分に立たせてやろうじゃねぇの! あまぁったるい言葉を前にして、溺れてなッ!!」
「貴様の気持ち悪い言葉で溺れてたまるかッ! 阿呆ゴリラ!」
「ねぇ、とりあえずサラダだけは貰っていい? レタスとかがほしい」
(まっ、マイペースすぎんだろ)
 少なくとも、自分の知る大食漢高校生とは違ったマイペースさだ。シャドウは小さく思う。どんちゃん騒ぎの夜は、まだ続きそうだった。


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