揚げドーナツ

「たまにはスケート以外のこともしてみようぜ」って虎次郎がいうから付き合ったけど、結局スケートをしている。迎えにきた虎次郎を出迎えると、脇にボードを抱えていた。「えっと」困惑していると「すまん」と申し訳ない声が返ってくる。本人もナンパしない日はボードを脇に携えるのか。(いや)してそう。少なくとも、良い感じの子がいたら、滑っていても声をかけていそうだな。そんな気がした。とりあえず私も滑る準備をして、外に出る。「とりあえず、どこで滑る」「んー、そうだな。まずは腹ごしらえでもどうだ?」「いいね、安くて美味しいところで」「おっ。なら片手間で食べれるいいところがあるぜ」そういわれて少し滑って連れてこられたのが、天ぷら屋だった。高級な店構えではなく、商店街に面した小さな店。通行人に直接商品を手渡す商法だった。京都の錦市場や大阪の食い倒れ道中の店に近いというか、なんというか。一番驚くのは、値段の方である。「これ、大丈夫なの? 消費税は」「昔から変わらないなぁ。結構、ここに通うヤツも多いんだぜ」「へぇ」急に昔話をされても困る、と思ったが少し興味がある。どうやら、結構歴史が長いらしい。「トゥシピーにカタハランブーってのも食べるが」知らない単語が出てきた。
「興味があるなら、機会があったときに教えるぜ?」
「なら、そうしてほしいな。聞いた感じ、行事っぽいときに食べるものっぽいし」
「ハハッ。んじゃ、さかなとサーターアンダギーを一つずつで! 味はなににする?」
「黒糖で。っていうか、六〇円の割にはデカくない? 大丈夫?」
 不安になっていると、店員のおばちゃんが笑い飛ばしてきた。接客がとてもいい。それに、厨房のおばちゃんも含めて虎次郎にメロメロのようだった。(一〇〇円くらい、とってもいいのに)舌鼓を打ちながら甘い揚げドーナツを食べていると、虎次郎がペロリと食べ終える。「やっぱり、もう一つ買った方が良かったんじゃない?」食べる大きさが違いすぎる。くしゅくしゅと天ぷらの入ってた紙を丸めた虎次郎が「ん?」とこっちを見てきた。ペロリと舌なめずりをしている。
「良いんだよ。少しくらい腹が空いてた方が、美味く感じる」
「へぇ。空腹は最高の調味料ってやつ?」
「そうそう。おっ、見えてきた。この辺りにパークがあって」
 それでパークに入って滑ろうとしたら、薫と鉢合わせをした。向こうも休日らしく、カーラで一滑りしたところらしい。警戒して池から離れているところを、ちょうど目撃してしまった。向こうもこっちに気付く。「げっ!」と薫の顔が一瞬で歪んだが、それは私の手元にある方じゃない。横にいる人物を見てのことだった。「げぇ!!」虎次郎も虎次郎で、薫を見つけて嫌な声を出している。腐れ縁、ここまで続くか。いや、腐れ縁というよりかは、うん。頭を捻らせてサーターアンダギーを食べていると、ツカツカと薫が近付く。虎次郎も肩を怒らせて、迎撃態勢準備万端だ。んっ、喉が渇いてきた。
「ま、た、お前かッ!! 毎回毎回俺の行く先行く先に現れやがって! たまには別の場所に行けッ! クソゴリラ」
「はぁ? たまたま行き先が被っただけだろうがッ! 誰が好き好んでお前と同じ場所に行くか、クソ眼鏡」
「ほう? ゴリラには難しい話だったか? 後ろに回れといっているんだ。原始人!」
「だったらお前が後ろに回れ! ドケチ眼鏡」
「なんだと? 折角の休日を邪魔しやがって!!」
「んなの知らねぇよ! お前がいることの方が驚きだわッ!」
「だったら予測して回避しろ! 馬鹿ゴリラッ!!」
「あ!? やるか!?」
「望むところだッ!」
 またいつものである。飲み物を買いたいが、自販機のある場所がわからない。薫、カーラと話をさせてくれないかな。薫は無理でも、カーラなら対応できそうな気がするし。ちなみに虎次郎も薫同様、今は話しかけられない状態である。こういうときは、終わるまで待つのが一番だ。それはそうと、自販機に行きたい。「昔タコの天ぷら買ったときに噛みきれなくて転びそうだった癖に!!」「それは今と関係のない話だろうがッ! お前こそデカいのを買った癖にトリックに失敗して地面に落とした癖に!」「今はもうしてねぇよ!! ドケチ眼鏡!」「万年金欠ゴリラがいうなッ! 馬鹿ゴリラがッ!」「ゴリラゴリラうるせぇよ! 重箱隅ピンク」「なんだと!?」「あぁ!?」あっ、この気配は。
 二人が額を突き合わせた状態でじりじりと後退前進を繰り返した結果、段差を踏み外した。「しまっ」「カーラ!!」薫に至っては、自分の受け身よりもカーラの安全を優先している。(あっ、やば)反射的に虎次郎の腕を掴んだけど、一八〇は超えてる筋肉質な男性を支えきれない。すぐに引っ張られた。
「う、わ!?」
「なっ」
「は?」
 どうしてそうも二人して固まる。あっ、サーターアンダギー。食べ差しのサーターアンダギーが宙を飛び、虎次郎の背中と激突する。固い壁との激突だから、どうしても顔が痛い。「いてて」衝撃を吸収しきれなくて、当たった鼻を擦った。虎次郎が離れる。クルリと此方に正面を向けると、その手に離れたサーターアンダギーがあった。
「ごめんな、危うく怪我をさせちまうところだった」
「あ、うん。よく取れたね。ありがとう」
 動体視力いいのかな。そう思いながら、手元を離れたサーターアンダギーを確認する。特に異常はなさそうだ。砂が付いている心配もない。クシャクシャと紙で持ち直す。
「全く。少しは周囲を見て動いたらどうなんだ。怪我をしたら、どうする」
「あ、薫。なんか、倒れた割には汚れてないね」
「は? 倒れるわけないだろうが。俺の体幹を舐めるなっ!」
「あいっかわらずだなぁ、お前」
「カーラの抱えてのそれ、凄いね」
 正直、私にもできるかどうかわからない。そう感想を零してサーターアンダギーを一口食べたら「フフンッ」と薫が胸を張った。自信満々な顔である。とりあえず、一通り落ち着いたら自販機の場所を教えてもらおう。ペロリと指を舐め、サーターアンダギーを食べ終えた。


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