とうもろこしを食べる話

(どうしよう)親切心で手伝ったら、大量のとうもろこしを貰ってしまった。しかも、一人では食べきれない。(とうもろこしもとうもろこしで、なにか保存方法があったような気がするからなぁ。そうだ)こういうときは、料理人を頼ればいい。きっと虎次郎のことだから、なにか良い案を授けてくれるはず。それに、この時間帯だと薫もいることだろう。念のため、メッセージを入れて確認しておいた。『とうもろこしを大量に貰ったんだけど、持ってきていい?』あっ、これだと言葉が足りない。すぐに不足した情報を送る。『夜の一一時辺りになるけど』なんか、言葉尻が弱い。スタンプで誤魔化しておこう。シュパッとスタンプを送れば、既読が付いた。とりあえず、返信が来るまで滑っておこう。滑りながら、帰路に着く。坂に差し掛かってボードを抱えたら、返信が来た。とりあえず、坂を上りながら内容を確認する。『貰ったのか』これは薫からだ。『いいぜ。閉店した後に』と途切れて『来いよ』と続く。これは虎次郎だ。一先ずスタンプ一つを送って、返事を返した。それで諸々のことを終えてから、大量のとうもろこしを持って店を訪れる。行きの際に高そうな車が通り過ぎたことから、恐らく薫の客だろう。(こんな時間まで仕事とは、お疲れ様だなぁ)働き詰めないように気を付けてほしい。そう思いつつ、店の扉を開けた。CLOSE≠ネのに開いている。この店のイタリアンレストランオーナーシェフの心遣いだ。
「お疲れ。これ、いってたとうもろこし」
「おぉ、多いなぁ! お疲れさん」
「それを運んできたのか? 滑って?」
「まぁ、丈夫な袋だからできだけど。薫もお疲れ様」
「はぁ?」
「さっき、高級そうな車を見かけて、それで」
「あぁ、お疲れ様だな」
 場当たり的に同じことを返す。まぁ、私もそこまで特に気にしてはない。そこから話を掘り下げられても、困るし。寛ぐ薫を横に、虎次郎へとうもろこしを渡した。「これ」「あー、家庭菜園でかな。誰かから譲ってもらったのか?」「なんか困ってるようだったから手伝って。それで貰った感じ」「フンッ、人助けか」「詐欺に遭わないだけマシでしょ」「違うと思うけどなぁ」虎次郎も呆れるけど深くは突っ込んでこない。これはこれで居心地がいい。コトンと水を出され、有難く受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして。そうだ、薫も持って帰るか? 今から一気に茹でるし」
「カーラ」
『茹でた場合、冷蔵庫か冷凍庫での保存をオススメします』
「正直、一本でも持ち帰ってくれると嬉しいな。一人じゃ食べきれないし」
「仕方ない。持ち帰ってやるか。おい、ゴリラ。さっさと茹でたのを寄越せ」
「今から茹でるんだよ! ドケチ眼鏡ッ!!」
「一応やり方を調べて、髭と皮は剥いておいたんだけど。大丈夫かな?」
「あぁ、おかげで時間は短縮できる。ありがとな」
 といっても、手はさり気に取り残した髭を取っている。流石料理人、頼りになる。「で、茹で上がる時間は?」「美味そうなのだと、遅くて二十分は見積もった方がいいな」「だったら、さっさとやれ」「お、ま、え、なぁ」ピキピキと虎次郎が青筋を立てる。対して、薫は涼しい顔でワインを飲んでいた。相変わらずである。(とりあえず、あまり手間を掛けさせない方がいいか)ダメだろうと思うが、とりあえず聞いてみる。「ねぇ、カウンターに入っても」「あぁ、待ってくれ」聞き終える間もなく、虎次郎が私の欲しいのを出してきた。「ありがとう」カウンター越しに、空のグラスと水の入った瓶を受け取る。思えば、私が座る席には予めランチョンマットが敷いてあった。これを予測してのことだろう。(流石料理人、イタリアンレストランオーナーシェフ、接客の鑑)そう胸中で褒めながら、席に座った。水を飲む。ワインを一口飲んだ薫が、尋ねてきた。
「で? 滑った板の調子はどうなんだ?」
「ん? あぁ、大丈夫。特に問題はないはず」
「そうか。しかし、あの量を運んだんだ。近いうちにメンテナンスをした方がいいだろう」
「そうする」
 すると『DOPE SKETCH』辺りがいいだろうか? 店長と顔馴染みだし、暦やランガもいる。一旦、メカニックのプロに見せてもいいかもしれない。厨房では、虎次郎が大鍋に水を貯めながらとうもろこしの調整をしていた。
(やっぱり、筋肉あると便利なのかなぁ。料理するのに)
 あんな重いものを持ち運ばなきゃいけないし。そう考えたら「おい」と薫が不機嫌そうに尋ねてくる。
「なにを見ている。あんな筋肉ゴリラを眺めても、面白くないだろう」
「いや、料理をするにもあのくらいは必要かなって。筋肉、あった方が持ち運びやすいし」
「はぁ?」
 うわっ、すっごく眉間に皺が寄った! ググッと吊り上がる薫の眉を見る。水を貯めた大鍋をコンロに運ぶ虎次郎を見たあと、ムスッとした顔になった。
「あれくらい、俺にも持てる」
「そうなんだ」
「寧ろ、あの馬鹿ゴリラは無駄に筋肉を付けすぎている。第一、滑り方にも無駄が多すぎる。前回の滑りにしたって、〇.三ミリほどコーナーを曲がれば無駄に距離が開くことなく最短距離で滑れた。トリックにしたって、板の回し方が温い」
「そこまでとは。じゃぁ、今度私の滑り見て、改善点を教えてもらってもいいかな? 私も気になるし」
「えっ」
「え、ダメなの? 前までは見てくれたのに」
「えーっと、俺について話してなかったかな? 今」
 茶化すように虎次郎が話に入ってくる。厨房から出てきて、カウンターに入る。水道水をグラスに注いで、水を飲んだ。
「うん。虎次郎の筋肉すごいねって話から、駄目出し」
「落差えげつなくねぇか? もっと褒めてもいいんだぜ? 筋肉以外のところとかも、さ」
「相変わらず、ウィンクの魅力も素敵だよね。女の子が好きになっちゃいそう」
「んっ!?」
「ん、えっ? 今、褒めるタイミングじゃなかった? そういう話の流れじゃぁ」
「いや、ちょっと待ってくれ。いや、あっ、あー。すまん、心の準備が」
「えっ、えぇえ」
 急に虎次郎が顔を隠して、カウンターの中に蹲ってしまった。どうして。「女の子をナンパしてたら、こういうのにも慣れてるんじゃないの。ねぇ?」薫はどう思う? って聞こうとしたら、こっちも固まっていた。眼鏡は曇っていて、今にもグラスが落ちそう。「ね、ねぇ。薫」声をかけるが、反応してくれない。とりあえず、ワイングラスだけは避難させておくか。
 薫の手を支えながらグラスの首を掴もうとした途端、ガタンッ! と凄まじい勢いで薫が跳び下がった。椅子が倒れる。幸いながら、ワイングラスは落としてないし、中身も零れていない。ただ、縦長のグラスの中で、ゆらゆらと丸い線に沿ってワインが波立つだけだ。
「え、えーっと。ごめん」
 理由はわからないけど、起爆剤となったのが私の行動っぽかったので謝る。(なにがいけなかったのかな)スケートをしているときにも、このように距離が近付いたことはあったけど、確かなにもなかったはず。カーラを見れば『マスター権限により秘匿させていただきます』と返された。八方塞がりだ。
 鍋が沸騰する音が聞こえる。我に返った虎次郎が慌ただしく立ち上がった。「やべっ! 鍋の様子を見ないと!」厨房に戻ると、薫も静かに自分の席に戻った。そして何事もなかったように、自分の持っていたワイングラスをテーブルに置いた。トクトクとワインを注ぐ。
「あの」
「言うな」
 物言わさぬ圧に、いってはならない気配を感じて口を閉じた。虎次郎が厨房で鍋の様子を見て、黙々と皿の準備をしている。あとで薫が虎次郎に一粒ずつ取れと無茶ぶりをして虎次郎が怒るのだけど、まぁ、このときには知らないことであった。


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