破壊された中秋の名月

 今日のビーフは、大いに盛り上がりを見せた。中秋の名月に満月、シャドウの爆竹が空を舞う。彼のファンらしきDJが煩く音楽を掻き鳴らした。おかげで一部のエリアだけがクラブのような感じになる。「相変わらず下品な滑りだ」チェリーが眉を顰める。「でも、周りは楽しそうだぜ?」逍遥自在のジョーが楽しそうにいう。自由気ままに楽しめる彼だからこそ、いえた一言だった。一方、新参者は空を見上げる。
「月が、綺麗だねぇ」
 そうしみじみと零した一言に、チェリーとジョーが食いついた。月に釘付けになる目を見て、チェリーはいう。
「そうだな。爆竹なんてものがなければな」
「君の瞳に乾杯、なんちゃって」
 続けてジョーがいえば、ギッとチェリーが睨んだ。まるで風情が壊れるといわんばかりである。とはいえ、このアンダーグラウンドな裏の世界に風情を求める方が、無理な話だ。日本の侘び寂びや格式など、縦横無尽に踏み尽くされる。いわばスケーターたちの聖域だ。そこに風情を持ち込むなど、滑りで見せてみろという話である。山の中で一際高い場所で、新参者は月を眺める。
「こう、勢いを付けてこう、飛んだらできるかな?」
「無茶はやめておけ。無謀だ」
「ちょっと、板と足の負担が強すぎるかな?」
「じゃぁ、ジョーの筋肉だといけるってこと?」
「そりゃぁ、もちろん!」
「チッ!!」
「お望みとあれば、君を抱えて飛んでみせるよ。俺の天使」
「ナチュラルに口説くなぁ。じゃぁ、結構背の高いアールじゃないと厳しいってことか」
「そうなる。といっても、国内にあるかどうかは疑問だが」
「そんなレベルだと、アメリカみたいな国外に行かないとないぜ。なにせ、土地がない」
 よっこらせ、といわんばかりにジョーは腰を伸ばした。新参者がつれないのはいつものことである。ジョーが口説くのは癖のようなものだと、新参者は思っている。ジョーが口説くことを一々気にくわないのがチェリーだ。苛立たしく、節操のない男を睨む。
「国外、か。じゃぁ、調べてからじゃないと無理か」
 ポツリと新参者が呟く。「あ?」と睨み合いを始めて一触即発の空気の中、ピタリと喧嘩を止めた。「海外に出る予定があるのか」チェリーがすかさず聞く。気になって仕方ないようだ。「まぁ」新参者はぼやく。特に直近訪れる予定はない。「せめて英語が話せるようにならないと、結構カモられちまうぜ?」渡伊の経験があるジョーがいう。「そうだね」と新参者は頷いた。
「あるとすれば、ただっ広い荒野かぁ」
 月を見上げて、手が届きそうなアールに思いを馳せる。
「だとすれば、中南米辺りか」
 考察したチェリーに、ジョーが食いついた。
「『SLIDER《スライダー》』や『JUICE《ジュース》』にも、そういうのが載ってたもんな」
「えっ、なにそれ。そういうのもあるの?」
「ある」
「インスタもあるぜ。フォローしてみたらどうだ?」
「一回覗いてから考える」
「真似するな、脳筋ゴリラ」
「あ? 誰が真似してるだって?」
「俺が話した後から一々割り込んでくるなッ!! 卑怯原始人ッ!」
「割り込んじゃいねぇよ! 俺はただ、お得な情報を伝えただけだぜ?」
「ジョー通信とか、ありそう」
「おいおい。そんなネーミングはないだろ?」
「フンッ、お似合いだな。馬鹿ゴリラには低俗なのがお似合いだ」
「だったら、お前はなんだっていうんだよ。和装崩れッ!」
「崩れてないッ!! ちゃんと和装のポイントを絞ってあるだろうが! 節穴原始人!」
「だ、れ、が、節穴だッ! この卑怯眼鏡! 人のやり方に一々いちゃもん付けてくるんじゃねぇよ。まどろっこしいなあ!」
「なら人が話している後ろから出てくるなッ! 後ろに回れ!!」
「だぁれが回るかよ」
「あ?」
「やるか?」
「望むところだッ!」
「やるなら降りた方がいいと思う」
 真上で繰り広げられる喧嘩を余所に、月を探す新参者が告げた。それもそのはず、ここは崖である。山の中間地点より廃鉱山のコース全体を見渡せる、一等高い場所だ。ここへ来るまでは、あの険しい足場の悪い坂を上らなければならぬ。「俺が運ぼうか?」「いい」ジョーのハニーフェイスを断ったのも久しい。それを横で「ざまぁみろ」といわんばかりにチェリーが笑った。
 ジョーとチェリーは相変わらずだが、新参者は素っ気ない。場所がSでそれぞれのファンがいる身だと、気を使う。(月を見るだけだったのに、どうして)チェリーはともかく、ジョーのファンはどうなのか。新参者は顔を顰め、ジョーに尋ねる。
「そろそろ降りたら? ファンの女の子が探してるんじゃない?」
「お前をこの陰湿卑怯陰険眼鏡と一緒にさせるって? 冗談じゃない。お断りだぜ」
「そうだ。とっとと目の前から消えろ。タラシ卑怯脳味噌筋肉ゴリラ」
「あ? 消えるのはそっちだろうがッ!」
「そっちだ!!」
「真似するな!」
「そっちこそ真似するなッ!!」
「うーん、月のショットがシャドウのイメージで崩れるな」
 明らかに白塗りと巨大な緑のアイメイクは、満月の風情を掻き消す。これぞヒール、和の侘び寂びを完全に潰しにかかっていた。(と、いうか)Sにいる全員がそれぞれ濃い。中和するように一緒くたに混ぜようとするなら、無理な話だ。汚い色が生まれる。魂胆だ。唯一ジョーとチェリーだけが、一緒くたにしても目に煩くない。色が中和し、汚い色が生まれない。
 月から目を離し、二人を見上げる。
「本当、仲良いよね」
「は?」
「どこがだ、阿呆」
 喧嘩に水を差され、油と混じらず掻き乱す。水を差されたことで、ジョーは切り替えることができず、チェリーは声にドスが入る。「なんというか」それを物ともせず、新参者は言い切った。
「そう、並んでも調和しているところとか?」
「おいおい、そりゃないぜ。薫とは服も趣味も違うんだぜ?」
「その名で呼ぶなッ! 甚だ不愉快だ。撤回を請求する」
「弁護士みたいなことをいっちゃって。というか、蹴って大丈夫なの? 落ちない?」
「問題ない」
「どぅわ!?」
 問題ないなんてことはなかった。即座に本名の下の名で呼んだことで蹴りを喰らったジョーが、崖から落ちかける。あわやというところで、バランスを取り直す。フーッと息を吐くと、チェリーを睨んだ。
「危ねぇじゃねぇか!」
「その名で呼ぶ方が悪い。コンプライアンスというものがわからんのか、このゴリラは」
「あ? Sにコンプライアンスもなにもないだろ」
「あるわッ!」
「少なくとも、Sのルールには書いてないよね。山を下りたら忘れる、とかそういうくらいで」
「もう少しいうと、山を下りたらSネームで呼ばないってことくらいだな」
「それはお前のことだろ。阿呆ゴリラ」
「だったらなんだっていうんだよ。え? 卑怯眼鏡」
「いやぁ、うん。私も下の方で呼んじゃいそうだから、やめてほしいなぁ。喧嘩、中断してくれないかなぁ。下の名前で呼びそうになる」
「呼ぶなよ」
「もし呼んじゃったら、周りはビックリしちゃうかもね!」
「本当、そういうところに気を遣ってるんだけどな。本当に」
 気を遣ってフランクなナンパ口調を続けるジョーにも、申し訳なさが立つ。「もし普段通りだとしたら」「まっ、変わらないと思うぜ?」「切り替えが早い」パッとなくなったナンパ口調に、新参者は驚く。「ゴリラが」ボソッとチェリーは嫌味を吐いた。
「全く、哀れなゴリラすぎる」
「うるせぇよ! ぐぎぎ」
(反論できないこともあるんだ)
 そう思いつつ、新参者は二人を眺めた。月は、とても綺麗である。勝利の雄叫びが廃工場で起こっても、勝敗を決するコングは崖の上で鳴らなかった。
 雲に月が隠れた。


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