大人になれない系おとなたち

 こういう仕事をしていると、右脳を酷使することがよくある。決まって、限界を迎えて疲れた脳は悪戯を見せるものだ。幻覚を見せるともいう。(あとはチェックするだけ)その前に脳を休ませよう──。軽く身なりを整え、ボードを脇に抱える。マンションを出ると、スケートをしながら近くのコンビニに向かった。そのとき、奇妙な集団を見かける。デフォルメした牛の着ぐるみを着た三人だ。帰還者の脳裏に思い当たる『三人組』の姿が過るが、どう見ても違う。あの三人がこのように息を合わせることもないし、なにより着ぐるみだ。二頭身にデフォルメされた分、身体の横幅が大きくて判断できない。中に力士が入っている恐れもある。それに、ホルスタインだ。釣り上げた糸目のホルスタインが笑いながら、腰にエプロンを巻いた状態で歌っている。『焼肉焼いても、家焼くな』『焼肉焼いても、家焼くな』よく見れば、手に焼肉のタレを持っていた。(牛が、自分の肉を焼かれながら、焼き肉のタレを? 宣伝?)意味がわからない。しかも、ここは沖縄である。いつか見た動画を思い出したが、なんだってこんなときに? 帰還者は道を変える。この時間だと、二人はいることだろう。例えいなくても、家に帰って頭を抱えるだけだ。気分転換にはなる。トリックを無意識に決め、ショートカットする。Sia la luce≠フ店に着いた。閉店しているが、店の明かりは付いている。つまり、そういうことだ。グッとボードを進行方向と垂直にし、減速をかける。止まる頃合いになると、テール部分を踏んで起き上がらせた。脇に抱える。扉を開けるといつもの二人が出迎えた。帰還者の顔を見るなり「おっ、お疲れさん」と虎次郎が声をかける。帰還者は無言で頷き、のろのろと定席に向かう。カランと来客を告げるベルの音がもう一度鳴った。扉が閉まった衝動で、である。席に座ると「疲れているな」と薫が引き気味にいう。笑顔の虎次郎と反対だ。「まぁ、ね」帰還者は疲れ気味にいい、頭を抱えた。
「私、疲れてるかもしれない」
「はぁ?」
「ハハッ、それは見たときにわかる。なにかお入れしましょうか? ピッコラ」
「なにか甘いので」
「了解」
「フンッ。ここはカフェじゃないんだぞ」
「わかってるよ。それでも、なにか景気付けのを」
 はぁ、と帰還者は頭を抱えながら溜息を吐く。いつもの酒をいつものように楽しんでいた薫は、訝しんだ。これはいつに増しても様子が可笑しい。眉の片方を釣り上げ、帰還者を見る。虎次郎は帰還者の口から出た「景気付け」に反応し、リキュールを取り出す。ついでに本日使い切らなかったものを取り出し、バニラアイスに添えた。コトコトとエスプレッソを抽出する香りが広がる。
「飲んで正気に戻りたい」
「ますますワケがわからん」
「私だってわからないよ」
「なにかあったのか? っと、食うか?」
「要らん」
「だろうな」
 なにせ夜の十一時過ぎである。見せたものを、虎次郎は口を開けて食べた。クッキーみたいなものが食される。バリバリと食べられるものを見つつ、帰還者は考える。どう伝えればいいか、わからなかった。(そうだ)思い付いたと同時に、自分のスマートフォンを出す。電波が通っていることを確認すると、世界的な動画投稿サイトで検索を始めた。
 ヒョコッと薫が横から覗き込む。
「カーラで検索した方が早いぞ」
「『焼肉焼いたら家焼くな』を? それに、動画だよ? 映像で見た方が早い」
「カーラ」
『【焼肉焼いたら家焼くな】より類似したキーワード【焼肉焼いても家焼くな】より、百六十八万件がヒットしました。この中で一番関連性の高いものを、マスターのデバイスに送信します』
「あぁ、ありがとう」
「デバイスって、スマートフォンのこと?」
「っつーか、すげぇ数だな。そんなに有名なのか?」
「知らん。再生すればわかるだろう」
「流石に、デッキにホログラム再生機能はなかったんだ」
「ルートを示してくれる」
「で、なんだよ。それ。再生してみろよ」
「黙れ馬鹿ゴリラ。お前にいわれるまでもない!」
「んだと!?」
「とりあえず再生するね」
 また喧嘩を始める二人を余所に、帰還者は再生を始める。すると、薫のスマートフォンから、あの歌が聞こえた。『焼肉焼いても家焼くな』『焼肉焼いても家焼くな』あのときと変わらず、牛の三人組が人の居住区の中を歩いている。唯一違うのは、場所か。
 カタンッとエスプレッソが抽出を終える。けれど、虎次郎は動画の視聴を優先した。たった三十秒しかない動画が終わる。見終えた薫は、顔を顰めて帰還者に尋ねた。
「これが、どうした」
「家から出て、暫くしたら見かけたの。この牛の三人組が」
「はぁ?」
「過去にこれを、一度見たとかは?」
「あるかも。はぁ、海馬にある情報から引っ張り出して、左脳から右脳へ動いたとか? 白昼夢かも」
「今は夜だがな」
「そういうときもあるさ」
「あってほしくないよ。はぁ、カーラ。白昼夢に関する論文を探して」
「勝手に使うなッ!!」
『マスター権限により中断しました』
「相変わらずケチだよなぁ。ほら、おまちどう」
「あ?」
「ありがとう。あっ、これって?」
「ビスコッティ。まぁ、イタリアのクッキーみたいなもんだ。おかわりもあるぜ?」
「ありがとう。あとで、必要があればいただこうかな」
「おい。馬鹿ゴリラ。俺にも寄越せ」
「さっき断っただろ!! お前の分はないぜ」
「黙れ。さっさと寄越せというのが聞こえんのか。このタラシゴリラッ!」
「自分からいっておいて、なにいってんだ!? このロボキチッ!」
「脳筋ゴリラ!」
「すかたんっ!!」
「アホンダラッ!」
 眼前と真横で続く喧嘩を一切気にせず、帰還者はアフォガードを食べ続ける。「疲れてるのかなぁ」エスプレッソに隠し味のリキュールがアクセントを強めて、ちょうどいい。熱さで溶けかけるバニラアイスを、スプーンで掬った。
(あっ)
 甘味を補給しているときに、ふと気付く。(そういえば、Sの情報交換って)もしかして、途中だっただろうか、と。パクリともう一口食べる。(まぁ、面白い情報があったら、教えてもらおう)じんわりと口の中で溶けるアイスを味わい、もう一口とスプーンを運んだ。この熾烈する口論の最中、割り込むことはできない。「大体、お前は昔から」「お前だってそうじゃねぇか!」等々と昔話を挟みながら口論を続ける。(本当、飽きないなぁ)ビスコッティの端を掴み、エスプレッソとリキュールで溶けたアイス液に浸す。さらに甘味の増したビスコッティを口に挟んだ。カリッと音が鳴る。
(本当、なんだったんだろう。あれ)
 喧嘩を余所に、家を出たときに見た光景に首を傾げた。真相は謎のままである。


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