無茶なトリック

 Youtubeで見つけたビデオクリップを、新参者は虎次郎に見せる。「こういうメイクもしてみたくて」希望を抱いた目標を告げると、虎次郎は苦い顔をした。「危なくねぇか?」失敗すれば怪我の可能性が高い。現に、次に見た映像では針で縫うほどの大怪我が出た。「でも、Sだと日常茶飯事でしょ?」新参者は首を傾げる。確かにそうだが──そういえば、何故かSだと「ここに行け」と指定される病院がある。自分も厄介になったこともあった。つまり、愛抱夢の息が掛かっているということか──、なるべく怪我はさせたくない。さりとて、無碍にやる気をへし折るような真似もしたくはない。
「まぁな。っても、一部だぜ?」
「なら問題ない」
「どこがだよ」
 苦し紛れに肯定をして訂正を入れても、新参者は軽く扱う。その態度に軽く呆れつつも、次の対策に出た。このままだと、Sでこれを試そうとするからである。(怪我は、してほしくないんだが)難しい顔をして、考え込む。「なにかレシピでも考えているのかな」そう思い、新参者は同じ投稿者がアップロードした映像を眺めた。こちらの動画でも、ビッタビタに決めている。新参者から見せられた映像で考えた虎次郎が「あっ」と閃いた。すぐさま伝える。
「だったら、ちょうどいいパークがある。今度、そこへ一緒に行かないか? そこで試してみようぜ」
「いいね、そうしよう。じゃぁ、いつにしようか?」
 これでこの危険な滑りを試すまで間が空く。(俺がいれば、怪我をすることはないだろうし)いざとなればキャッチすればいいだけの話だ。Sで無茶な滑りにも慣れた分、対応もできるはずだ。約束を交わした日になり、待ち合わせに決めた場所で集合する。「そこって、どういうところ?」「ストリートに近いところだが、俺たちが滑れる」「なるほど」これ以上の情報は要らぬ。簡潔に前情報を共有して向かうと、そこに先客がいた。薫である。新参者を見つけたときはスッと涼しい顔をしていたものの、横にいる人物を見つけて「ゲッ!」と顔を歪めた。虎次郎も虎次郎で「げぇ!?」と招かねざる客の存在に顔を歪めていた。どちらもどちら、想定外のようである。なのにお互い同じ反応をしている。
 互いの姿を見つけるなり、お互いドンドンと近付いた。会話ができる距離よりもさらに一歩踏み込み、至近距離で喧嘩を売り始める。
「どうしてお前がこんなところにいるんだよ!?」
「それはこっちの台詞だッ! 俺の前でデートなど、良い度胸をしているな?」
「お前のせいで台無しだがな!? っつーか、デートってより滑りに来ただけだよ。動画で見たトリックをしてみたいって」
「なに?」
「薫もグルグルできるヤツを試してみたいの? カーラで」
「万が一失敗してもカーラの損傷は少ないからな」
「それ、絶対自分がクッションになるってヤツだろ」
「黙れ。筋肉ゴリラ。カーラが故障など、絶対に許さん」
「だったら帰れよ! この辺りで滑るとなりゃぁ、板の損傷が激しくなるだろ」
「馬鹿か? だからそれを抑えるためにどのように効率よく滑るか、その研究のために来ているというのに。それがわからんとは。やはり脳味噌まで筋肉で詰まっている原始人か」
「なんだと!?」
 ここで虎次郎が応酬を止めるということは、新参者を気遣ってのことか。「どうした? 筋肉ゴリラ」「ぐぬぬ、このっ! 調子に乗りやがって!! 狸眼鏡ッ!」「だったら首を洗って待ってろ! このアホンダラっ!!」シュッと薫が自分の首を親指で切った。これは完全なる口火である。「首を洗うのは、お前の方だろうがよ!」反射的に虎次郎も喧嘩を買う。置いてけぼりになった新参者は、自分のボードを地面へ寝かせた。その上に乗り、パークを滑り始める。ガラガラとウィールの走る音には、スケーターとして気になったのだろう。一発触発の状態だった二人の集中が途切れた。練習で傷だらけのボードが飛んだ足の中で角度を変え、ついでに身体を反転させる。「フェイキービッグスピンか」「おっ、上手いこといったな」視点もスケーターのものとなる。そのまま勢いを付けて、フラットレールに飛び乗る。そのままスライド系のトリックを決め、薫と虎次郎の元に戻った。
 ボードを進行方向と垂直にさせ、減速をかける。距離が足りない。「うわっ、と」ぶつかる寸前に薫が新参者の肩を掴み、片足でボードを止める。虎次郎は新参者の腰を支え、後ろへ倒れることを防いだ。ウィールの前に足を出し、壁となる。身体とボードにかかった力でバランスが崩れ、倒れそうになる。どうにか二人に助けられながらボードに乗り直すと、自分のスマートフォンを出した。(この辺りも、どうにか直さないと)改善点を自省し、新参者は薫に件の映像を見せる。
「こういうトリックをしてみたくて」
「ほう」
「危ないと思うんだがなぁ」
「いいじゃないのか? 面白そうで」
「はぁ!? ざっけんなッ!! 怪我したらどうする!?」
「すぐにできるわけがないだろうが! こういうのは、少しずつ段階を踏んでからやるものだろう」
「それはそうだがなぁ。だからって、けしかけるのは良くないと思うぜ?」
「どこをどう見たらそう取れる。ボケゴリラ」
「どこからどう見たって、そうだろうが! ボケ眼鏡ッ!!」
「やっぱりそう思うよね。よし! ちょっと滑ってみる!」
 勢いよく新参者が階段を駆け上がっていく。よく見れば、急に直角に曲がる角度が付いた手すりだ。レールスライドをする分となれば、トリック及び滑る難易度が高くなる。
 薫と虎次郎は黙る。そして新参者の見せた映像から次にやることへ察しが付くと、自らのボードを抱えたまま階段へ向かった。ダッシュで駆け上る。新参者が無茶なトリックへ挑戦するまで、あと数メートルだった。


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