青春らぷそでぃ(暦・くっつかない)

 スケートなんて、やってるほうが馬鹿みたい。氷の上で滑るスケートの競技じゃなくて、スケートボードの方。もう漫画やアニメで『スケート』という名前が華やかな氷の舞台をイメージ付けているのに、単純にボードの上の名前を取っただけなんて。それのせいで、関係者にしか伝わらない名前になってるじゃん。略称としても、全然成り立っていない。学校でスケートをしても、馬鹿みたい。皆、中庭の追いかけっこをいつもの風物詩にしている。もし騒ぎの中心のその子が卒業でもしたら、もう誰も見れなくなっちゃうじゃない。風物詩も三年の間で腐って終わる。そんなの馬鹿じゃない。追いかける体育教師を囃したてる皆も、逃げる人を応援するクラスの皆も、みんな馬鹿みたい。クラスの男子から引かれてるのに、楽しそうにスケートボードの話なんてしてて。誰も話し半分に聞いているのに、それがなんの役に立つんだろう。公園で一人で練習とかして。あれに、そんなに夢中になるところがあるんだろう。カレンダーを眺める。声をかけてきたのは、向こうの方からだった。
「なぁ、もしかしてスケートに興味あるのか?」
 核心を突いた一言に、ギョッとして物を落としそうになる。バタバタと持っていたものが廊下に散らばった。慌てて拾い上げる。「なんのことですか」「いきなり話しかけないでください」咄嗟に棘がバリアとなって出る。けれど目の前の人には効果がないようだ。ズンズンと人のテリトリーに踏み込んでくる。
「もしかして、知らないけど興味あるのか!? いいぜ、なにから知りたい!?」
「だっ、だから。知りたいとか、そういうのじゃなくて」
「そう引っ込むなって! だって、俺のボードとかテクニックを見る方が多かったじゃん。つまり、そういうことだろ?」
「てく、にっく?」
「スケートの技ってこと!! なんだ、やっぱり興味あんじゃん」
「そっ、そういうのじゃないんで! その、失礼します!!」
「あっ! 気になったら、いつでも聞けよー!!」
 なにあれ馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい!! 馬鹿みたいに私に向かって大声を出して。しかもここは廊下! 本当、馬鹿みたい!! 返ってきた模擬試験の結果を受け取る。学年一位だ。全国の平均からも高く、上の中程度には食い込んでいる。向こうに行っても、授業に付いていけそうだ。カレンダーを見る。正直、移るなら早くいってほしかった。入学よりも前に。そう鬱屈と考えてたら、今度は雑誌を持ってやってきた。会うなりに、特集の一面。どれもこれもボードのことばかりだ。
「こういうのもあるんだけど、見たことあるか!? 見てるだけでも楽しいんだぜ、これ! 裏の方に定期購入会員ってのもあって、ネットからでも申し込みできるんだぜ!! あっ、別に回し者ってわけじゃなくて」
「ただ見せに来たの?」
「えっ!? いや、興味があるのかと思って」
 やめてほしい。そんな、目の前であからさまに落ち込まれると。全部私が悪いみたいじゃない。チラッと開いたページを見る。ネットで調べたら、電子書籍もあるみたいだ。でも、これで話をする気はない。一言だけ話して、終わろう。
「紙とネット、どっちが読みやすいの?」
「え?」
「いや、いい」
 もういい、といって話を終わらせる。あんなものもあるんだ。塾の帰りに、スマホで検索をかけてみる。やっぱり、ネットの方にもあった。しかも電子書籍の方。電子と紙とで値段を比べると、やっぱり電子の方が安い。それもそうか、紙と印刷代がかからない。在庫もないし、それを抜いた情報や人件費の値段だろう。試し読みをしてみる。
 ──「見てるだけでも楽しいんだぜ、これ!」──
 昼休みに、見開きを見せてきた顔を思い出す。会話するのは、あの廊下だけ。あそこで来るまで待ってるとかあるんだろうか。(なら、練習に充てた方が良いのに)いつもの本屋の前を通る。参考書以外に入るのは、初めてだな。全国規模に展開する大きなところだから、品揃えに定評がある。スポーツの区分に行き、スケートの欄に行く。(あった)品揃えは少ない。それで一冊ずつ中身を見て行き、見せられた物を探す。多分、これだろう。ペラペラと捲って、棚に戻した。もう少し考えたい。勉強の傍らに昨日見たものを考えていると、今日もいた。三度目の正直。どこか緊張しているようにも思える。けれど、高校生活と同じように永遠じゃない。彼がハッキリと口に出すよりも前にいった。
「私、来月で転校するから」
「えっ」
「来月でいなくなるの。入学して暫くしかいなかったけど。だから、もう来月から会えない」
 ちょうど明日で来月になる。担任に掛け合って、寄せ書きはいらないと伝えた。ホームルームで転校する旨を伝えるだけでいいって強く訴えた。だから、寄せ書きとかは要らない。あっても捨てるだけだ。キッパリと言い切ると、目の前で込み上がる落胆を見せられる。やめてほしい。まるで、私が悪いみたいじゃないか。でも、ギュッと目を閉じて顔を下に俯かせる。顔を上げると、キッと顔つきを険しくさせていた。目は潤んでいる。それも一瞬で、すぐニカッと笑ってきた。目尻に少し、涙が垂れている。
「そっか! 寂しいけど、向こうでも頑張れよ!!」
「はぁ」
 少ししか会ってないのに『寂しい』だなんて。どういう神経をしているんだろうか。ニカッと笑ったのもそれだけで、すぐに緊張した顔になる。制服のポケットに手を突っ込んで、なにかを渡してきた。クシャクシャの紙だ。本人を見ると、顔を真っ赤にしている。耳まで真っ赤っかだ。それでさっきの笑顔なんてなかったかのように、ギュッと目を瞑っている。
「こっ、これ!!」
 声もデカい。多分、隣の教室にも響いている。この場にいる全員の姿勢が、一斉に声を出した本人に降り注いだ。
「もし気になったら、連絡してくださぁい!! すっ、スケートのこと、なんでも教えるんで! よろしくお願いしまぁすッ!」
 声のデカさで驚いてしまったが、よく見れば九十度のお辞儀をしている。しかも紙を差し出す腕の方が高い。恐る恐る、それを受け取る。両手で差し出してきたクシャクシャの紙を広げると、連絡先だ。ご丁寧に、SNSとかLINEのIDも添えている。私が受け取ったのを見てか「じゃっ、お元気で!!」と叫んで本人が立ち去る。周りの野次馬たちが走り去る彼を見て「振られちまったなぁ、暦!」「よっ、お元気でぇ!!」などと囃し立てている。『暦』と呼ばれた本人は「うっるせぇよぉ!」と叫び返していた。心なしか、なんかだみ声が強まっている。
 そのことを、誌面のデザインを組んでいるときに思い出した。今回の案件は、スケートボード。最近オリンピック競技として知名度を上げている! とは、コメントの注釈だ。それも意識したデザインにもしなければならない。
(あのときの紙って、どうしたっけ?)
 東京に移って、学校にも慣れて。スケートについて聞こうとしたら紛失したような気がする。結局、そこまでの付き合いや縁だったってことなんだろう。一過性の思い出として、忘れ去られるような。(いや、男の人の場合は美談として永遠と心の中に残りそうなもの、って聞いたような気はするけど)でも、東京と沖縄とじゃ違う。沖縄では見られないデザインや情報の洪水が、ここではあった。例え付き合ったとしても、価値観やスタンスの違いなどで別れていただろう。恋人からの連絡が入る。その労わりのメッセージを見ながら、仕事に戻った。
 期待の新星をサポートするメカニック担当の顔は、どこかあの頃の少年の顔を思わせた。


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