着付けさせる話(ちぇ)

 Sネーム『チェリー・ブロッサム』、本名『桜屋敷薫』は、Sの外では有名な書道家をやっていた。書道の腕は一流であり、AIを駆使したデジタル映像で作品の価値を盛り上げる。パフォーマンスも抜群だ。顔もスタイルも良く、女性からの評価も高い。この隙の無い取り回しにより、男性女性と問わず広い客層から求められていた。そのように評判も高い分、自前で店も構えたりはする。無論、いうまでもなく自身の作品を飾っている。最早一種のアートギャラリーだ。「自分で売りに出した方が早い」と即決したのだろう。フロアを借りて個展を開くより、店を構えた方が自由が利く。それに、あの男のことだ。頭も良い分、自身で店の経営もしているのだろう。今回の協力者は、そう思う。実質、客から多額の取引を受けて、その税金対策として店を経営しているなどとは露とも思わない。
 珍しく協力を頼んだ桜屋敷が、店の奥から出る。カウンターと雑務室は直結しており、靴を履かずに対応することができた。客の用事があれば、すぐに出られる。無人でも機械による監視がある分、人件費のコストが安く済む。監視カメラですぐに犯人を通報することができた。実に効率的に障害物を除去する男である。それが、珍しく人に協力を頼んだ。
 自身に一番の信頼を置く人物に、今回の協力を頼んだ。
 桜屋敷は今回の協力者に声をかける。
「おい、準備ができたぞ。って、なにを見ている」
「ん? 求人のご案内。人、足りてないんだなって」
「足りてる」
「えっ、他にいるの?」
「AIで補えている」
 短時間で出た答えに、協力者は目を逸らす。思考の時間をちょっとだけ稼ぎ、桜屋敷に聞き返した。
「で、人の手がいると?」
「アンドロイドもまだ生まれてないからな。開発はされているものの、気にくわん」
「へー」
「人間味を出したいなら、現状人間に頼むのが手っ取り早いと思ってな」
「そうなんだ」
「万が一カーラをアンドロイドに移行させるにしても、絶対外には出さん。それに、持ち運びが難しい。やはり、カーラは今のままが一番だ。最高のアシスタントもしてくれる」
「そうなんだ。あ、うん。そうだね」
 思い直せばそうだ。カーラは最先端のAIで特定の身体を持たないものの、機械であればどこにでも移れる。もし人間として扱うのならば、電脳だ。ふと、そこで疑問に思う。
「バックアップとかはないの? ほら、予備のパーツに全人格やデータを移行させて無事というやつ」
「うん?」
「もしカーラが別の場所で無事に生き返っても、カーラが入ってた機体とか機械が壊れるのは、悲しい?」
「そりゃぁ、勿論。少しでも離れるなんて、考えられないからな。充電切れになったりボードが用水路に落ちたりしても、泣くぞ」
「そこまで。というか、落としたりしたの?」
 そう聞けば、桜屋敷が顔を背ける。そのときを思い出したのか、袖で涙を拭き始めた。思い当たることは、何度もあるらしい。(まぁ、機械のパーツだから、修理費もかかりそうだよな。時間も)金銭的な負担の他に、精神的なダメージも多いかもしれない。桜屋敷のカーラに対する愛着を思い出し、そう結論付ける。協力者が応募要項に目を戻すと、桜屋敷が向き直った。先に撫でていたのだろう。カーラの人格が入った金属の腕輪が、袖の下に隠れた。
「結論からいうと、完全にバックアップはできない」
「そうなんだ。人類の敗北?」
「寧ろ技術が追い付いていない。だから、充電切れを起こすだけでもヤバいんだ」
「精密機械あるあるすぎるね」
「カーラは大事に扱えよ。動物の毛一本すらも触らせるなよ!?」
「動物は気まぐれだからなぁ。人間側が注意するしかないと思う」
 あっ、でも暴力はダメだよ? と協力者は付け加える。
「カーラにさせないし、機械もダメだから人だと」
「一分たりとも離れたくない。乱暴に扱うヤツもいるからな。絶対に出したくない」
「はいはい」
「応募者もいたが」
 はぁ、と桜屋敷は溜息を吐く。
「未成年だったんでね。断った」
「そっか。まぁ、働く時間も中々、ギリギリだし」
「働く内容も入っている」
 トン、と協力者の後ろから要項を叩いた。視界に入った指と腕に、協力者は振り向く。意外と近い。桜屋敷は後ろから協力者に覆い被さるように、近付いていた。コトン、と顎を協力者の肩に置く。桃色の長い髪が、サラリと協力者の瞼と頬を撫でた。目が桜屋敷の横顔に釘付けになる。
「未成年には任せられんことだ。せめて、成人していたら良かったんだが」
「そっか、まぁ、うん。善悪の判別も付かなさそうだし、成人してたら自分で責任を取れるもんね。うん」
「ん? どうした」
 協力者の様子がおかしい。いつもと異なり、返事が遅い。疑問に思い、桜屋敷は協力者を見上げる。耳が赤い。伏せた睫毛の長さも測れる。自身が原因だと分かり、そっと顎を浮かす。両手を挙げた状態で、協力者から離れた。拳一つ分の距離だけ離れ、気を取り直す。
「だから、断ったというわけだ」
「うん。それは仕方ない。で」
 ここで協力者は本題に入る。
「私が着物を着て同行することって、なにか意味が?」
「妻帯者と誤解させた方が、色々と進みやすくなる。要は虫除けだ」
「大変ですね」
「安心しろ。逆手に取れるようなら取っている」
「なるほど」
「面倒になりそうな相手だったら、呼ぶが」
「大変だ」
 どっちにしろ、この顔とスタイルと地位と金の持ち主だ。桜屋敷が面倒だと思う相手は、多く群がるだろう。本人の心的負担を想像して、協力者は苦い顔をした。内容を確認して、快諾する。
「わかった。協力する。着付けの手伝い、よろしくね」
「勿論だ。それと、着付けをして来なくていい。俺の妻を演じてもらう以上、こちらで見繕う」
「手厚い」
「当然だ」
(それ、他の女性にも同じことをするのかな? だとしたら、お金がとんでもなくかかりそう)
 そう思ったが、協力者は口に出さない。聞きたいものの、聞かないでおいた。先に、桜屋敷は「面倒だ」といっている。恐らくは、数人の女性に合わせた着物を買わないということだろう。なぜ、購入が前提か? そうでなければ、桜屋敷の身に着けている物と分が合わない。仕立ての良い着物を眺める。夏物だからか、肌触りが良い。通気性が良いというのに、安物のように繊維は荒くない。見えない。桜屋敷の袖を触りながら、物の価値に思いを馳せる。
「これ、どのくらいの値段がしたの?」
「新車が一台買える」
「わーお、当たり前か。中々質が良いし」
「こっちで見繕うから、手ぶらで来ればいいぞ」
「スマホは? 財布は?」
「スマホは帯に突っ込んでおけ。挟まって落ちんだろう」
「便利だ」
「なにか入り用だったら言え。それに合わせて見繕う」
(それが良さそう)
 なにせ、桜屋敷より目は肥えていない。目利きと詳しさでいえば、桜屋敷に任せた方が一番だろう。そう結論付け、協力者は袖を伸ばす。黙々と桜屋敷は着付けを進めた。──妻帯者の振りをする──このことの助力を他の者には一切頼まないということを、協力者は知らない。ただ知人の助けになるだろうと思って、桜屋敷の頼みを引き受けた。
 キュッと帯を結ぶ。中々、様になった結びを見て「ふぅ」と息を吐いた。安堵する。クルッと協力者を回転させ、帯締めを整えた。
 もう一度回転する。鏡の中の協力者を見て、小さく頷いた。
「よし」
「あとは、これに合う振る舞いだけかぁ」
 呑気に協力者は自分の着た着物を見て、呟いた。


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