さくらやしきは何気に策を張る(ちぇ)

 SネームCherry blossom≠アと本名『桜屋敷薫』は、表の世界では有名な書道家をやっていた。書道の腕は一流であり、AIを駆使したデジタル映像によるパフォーマンスも有名だ。専用の巨大な筆から、筆の動きと筆跡を読み取り、デジタルに置き換えてエフェクトを付ける。これら一切をプログラムに打ち込んで、AIによる自動化を成功させた。このことから世間では『AI書道家』として名も馳せている。それに顔もスタイルも良い。女性からの人気も高く、作品も老若男女問わず高く評価されている。人当たりも良い対応もあって、方々から評判が高かった。無論、自分の店も構えている。その他にも書道教室もやっていた。理由は簡単。「自分で売りに出した方が早い」と「教授を願う声が一定多数存在する」からだ。店の方は一種のアートギャラリーとなっており、薫自身が店のレイアウトを手掛けている。自分で行った方が、より効果的に客へ作品の価値を分からせることができるからだ。それに税金対策もある。店を経営していた方が色々と都合が良い。全国から依頼される個展と展覧会に対する打ち合わせと、マスメディアからの取材や出版社からの依頼による原稿や寄稿の執筆、それに書道家たる所以の作品作りと、取引先などへの接待に書道の指導など──実に多忙な日々を送っていた。
 桜屋敷薫が店の奥から出る。書道教室を兼用している和室であり、障子を開いてカウンターへ出ることが出来る。そこに、今回協力を仰がれた人物が座っていた。
 和室と同じ高さにある座敷に腰かけて、暇を潰している。その背中に声をかけた。
「おい、準備ができたぞ。って、なにを見ている」
「ん? 求人の御案内。人、足りてないんだなって」
「足りてる」
「えっ。じゃぁ、なんで出したの?」
「AIより人間の方が店番に適しているからだ」
 そっちの方が客の印象がいい。そう桜屋敷は返す。今回協力を仰がれた人物──協力者は視線を外した。思考の時間を稼ぎ、桜屋敷に聞き返す。
「愛嬌があるから?」
「そうだ。それに、人間味を出したいなら、現状人間に頼んだ方が手っ取り早い」
「その心は?」
「万が一カーラをアンドロイドに移行させるにしても、絶対に外には出さん。そもそも、現代の技術だと人間に精巧なアンドロイドを作るにしても不可能だろ。加えて、カーラが俺以外の人間と対話するようにプログラミングすることとなる。断固として断る。それに考えてもみろ。絶対カーラに不埒なことを話す輩が現れるかもしれん。絶対に許さん。地の果てまで逃げようとも、この俺が絶対に逃がさんからな!! 地獄を見せてやるッ!」
「うん、知ってた」
 早口で喋り出してからの、ヒートアップである。この過激で過保護な愛情を最先端のAIC>氛沚屋敷命名『カーラ』──へ向けるのも、いつものことである。カーラを転送した金属の腕輪を庇うようにギュッと胸で握り締めることも、毎度のことだった。自分とカーラに何かしらがあったら、必ずカーラを庇う。このような男でもあった。ペラッと紙を裏返す。なにも書かれていない。「貼らないの?」店の前に貼れば、一定の効果が出るだろう。「あぁ。今は必要ないからな」桜屋敷は目を伏せる。
「いざとなれば、監視カメラの目がある。万引き犯や書道教室の生徒が盗みを働いたときはあったが、あれは見物だったな。実に警報と警察への通報が起動した」
「へぇ。色々と機械の助けを借りてるね」
「一番のネックは停電したときだ。そのためにも、人の手を借りたいと思ってはいるんだが」
「今は、必要ないと?」
「他にやることができたからな」
 ふぅん、と協力者は頷く。「それに、いざとなれば生徒から暇そうなのを見繕ってバイトでも雇うか」と取らぬ狸の皮算用を始めたことには、素知らぬ振りをした。この辺りは門外漢である。人道的に則らない場合を除いて、口に出さない方がいいだろう。桜屋敷の腕にあるカーラを見る。金属の腕輪は、光らなかった。
「そういえばさ」
「ん?」
「カーラのバックアップとかはないの? ほら、予備のパーツに全人格やデータを移行させて無事とかいうやつ」
「それは」
「もしカーラが別の場所で無事に生き返っても、カーラが入った機体とか機械とかが壊れたら、悲しい?」
「そりゃぁ、そうだろ。泣くぞ。充電切れになったり用水路に落ちたりなど、もう二度としたくもないことだ」
「そんなに。というか、落としたりしたの?」
 これに桜屋敷が沈黙で返す。顔を背けたままだ。よほど直面したくない事態であろう。桜屋敷が無言で目元を袖で拭ったことが、真実を表している。(まぁ)協力者は考える。(機械のパーツとか修理費とかもかかりそうだし、なるべく避けたいことか)──そう何度もあったことを、協力者は知らない──。
 カーラが池や川に落ちたことは、金銭的な負担の他にも精神的なダメージもデカい。桜屋敷のカーラに対する愛情は深い。愛着も山よりも高く、海よりも深かった。そんなことを認めつつ、応募要項に目を落とす。必要な条件を読んでいると、桜屋敷が立ち直った。腕輪のカーラを撫でることを止める。桜屋敷の腕が下がり、カーラが袖の中に隠れる。
 先の質問に答えた。
「対策はしてある。が、万が一でも起こしたくないのが強い」
「そうなんだ」
「大事に扱えよ。動物の毛一本すらッ!! 触らせることも許さん!」
「まぁ、機械はデリケートだからね。隙間に入ったら、ショートで火災起こすこともあるし」
「それでカーラの機体の大部分がダメになるということもある。大事に扱えよ」
「わかってるよ」
 二度もいう桜屋敷に、協力者はそう返す。「動物は気まぐれだからなぁ」「だから気を付けろという話だ」「人間が注意するしかないでしょ。あっ、暴力はダメだからね?」「わかってる」桜屋敷は同意する。ここまでの会話を踏まえて、協力者は話を纏めた。
「カーラはダメで、機械もダメだから人にやらせると」
「一分たりとも離れたくないからな。乱暴に扱うヤツは必ず出る。だからカーラは絶対に店番になど出させたくない」
「客層にもよると思うけど、書道教室もやっているからなぁ」
「俺の顔も割れている。カーラが店番だと聞き付ければ、必ず悪さをする者が現れるだろう」
「それは言えてるね。確かにカーラの学習プログラムを考えると、対象は限定した方がいいかも」
「応募者もいたが」
 桜屋敷が目を伏せる。それに協力者が顔を上げた。
「未成年だったから断った」
「そうなんだ、うん。働く時間も、結構ギリギリだし。内容も」
「成人していない身にやらせるにしては、荷が重すぎる」
 トン、と協力者の後ろから要項を叩いた。視界に入った指と腕に、協力者が驚く。振り向くと、意外と近い。桜屋敷が後ろから、協力者へ覆い被さるようにして近付いていた。コトン、と顎を肩に置かれる。桃色の長い髪が、サラリと協力者の瞳と頬を撫でた。目が桜屋敷の横顔に奪われる。
「時間的な都合もあるからな。流石に二人を雇うとなると、面倒を見切れん」
「あ、うん。そう、だね。育てるのにも時間かかるし手間もかかるし、善悪の判別とか色々」
「経験者の方が楽だからな」
 頷く桜屋敷に相槌を打つ声が聞こえない。(うん?)なにかあったのか、と桜屋敷が協力者を見る。次の瞬間、原因に気付いた。──距離が近い。協力者の耳は赤く染まり、目と鼻の先だ。睫毛の長さも測れる──後ろから覆い被さる形で、桜屋敷は協力者に凭れかかっていた。ビクッと肩が跳ね、眼鏡が曇る。ポカンと固まったあと、恐る恐る離れた。両手を挙げることも忘れない。距離を取っても、まだ恥ずかしいのか。協力者は桜屋敷を直視することができなかった。視線を迷わせる。「あ、あー」と桜屋敷が迷っていても、顔を見ることができない。「ゴホン」と咳払いをし、事の原因が話を戻した。
「だから、断ったというわけだ」
「そ、っか。なら、仕方ないね。で」
 ようやく協力者が桜屋敷に向き直る。ホッとしつつも、その言葉を聞いた。
「私が着物を着て同行することって、なにか意味でもあるの?」
「あぁ。妻帯者と誤解させた方が、色々と進みやすくなる」
 本題に切り込んだ。最初に「お前しかできん」と協力を頼み、次に「これに着替えてくれ」と着物を渡してから放置する。協力者が着付けに苦戦していると、襦袢を着ていることを見てから手助けに入った。──要は、最初から目的に至る理由を話していない。そこを、協力者は知りたかった。
 この質問に、桜屋敷は答え続ける。
「要は虫除けだ」
「大変ですね」
「安心しろ。逆手に取れるようなら取っている」
「へぇ、なるほど」
「面倒になりそうな相手だった場合なら、呼ぶが」
「大変だね」
 どっちだ。否。どっちにしろ、この顔とスタイルと地位と金の持ち主である。桜屋敷が面倒だと思う相手は、星の数ほどいるだろう。群がるそれらの相手をする様子を想像して、ちょっと協力者は同情する。本人の心理的負担に苦い顔をした。これに桜屋敷が動揺する。平静を装うとする桜屋敷を前にして、協力者は快諾した。
「わかった。協力する。それと着付けの手伝い、よろしくね?」
「勿論だ。それと、普段着の格好で来い。着付けをしてくる必要はない」
「なんで?」
「今もいっただろう。俺が着付けを行う。俺の妻を装う以上、こちらで着物も見繕うという話だ」
「手厚い」
「当たり前だ」
 当然のことであるといわんばかりに胸を張る。言葉と態度の二つから、条件の裏付けをする。(それ、他の女の人にも同じことをするのかな? だとしたら、すごくお金がかかりそう)協力者はそう思ったが、口には出さないでおいた。桜屋敷の性格を考えたら「面倒だ」と一蹴する煩雑さだからだ。忙しい身では、そこまでの世話はできない。これは先の応募者の話でも出た。(だったら)──何故、自分にここまでのことをするのか──?
 その人物に合わせた着物を買い揃える必要がある。桜屋敷の身に付けるものと分を合わせるにしても、選別の工程が生じるはずだ。それは他の仕事の片手間にできることではない。よくて、移動中や休憩の間にできることだ。(ゆっくりと休めばいいのに)仕立ての良い着物を眺める。夏物だからか、肌触りが良い。通気性が良いというのに、安物のように繊維は荒くなかった。見えない。桜屋敷の袖を触る。
「これ、どのくらいの値段だったの?」
「新車が一台買える」
「そんなに。まぁ、当たり前か。手作業で、質もいいし」
「あぁ。だから手ぶらで来いといってるだろ」
「スマホは? 財布は?」
「帯か袂にでも入れておけ。正直、カーラやカードだけで事足りるが」
「便利だなぁ」
「なにか入用だったら言え。それに合わせて見繕う)
(手厚い)
 しかも、桜屋敷の目は肥えている。彼の観察眼と自分のものと比べれば、この分野は任せた方がいいだろう。そう結論付け、協力者は草履を履いた。畳表であり、金襴の刺繍が鼻緒に施されている。履き終えると、桜屋敷が全体を確認した。衿はうなじが見えるほどゆったりと空いており、帯の結び目も崩れていない。膝を伸ばし、協力者をクルッと回転させる。帯締めを念のため、キュッと結び直した。解れはどこにもない。フゥ、と小さく安堵する。
「よし」
「あとは、これに見合う振る舞いをするだけかぁ」
 呑気に協力者はいう。桜屋敷が協力者以外にこのようなことを頼まないという事実に、気付く兆候はなかった。ただ、知人の助けになるだろうと思って引き受ける。それだけだ。
 それに不満を覚えながらも、桜屋敷はまず外堀を埋めることから始めた。それだけである。色々な思惑が混じる。


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