らーめん(じょ)

『たまにはこってり、コテコテ系のが食べたい』朝からそんな気持ちでいっぱいだった。インスタントラーメンでは物足りない。女性の気持ちを考慮したヘルシーなラーメンでも物足りない。女性もしくは女性の心を持つ者が心配するカロリーや栄養を全て無視した、暴力的なラーメンを食べたい。それはスケートで気分を紛らわせても消えなかった。高度なトリックに何度か挑戦し、精度を高めても同じである。スケートによる成功体験で脳内麻薬を出しても、ラーメンへの欲望は消えなかった。カッと地面を蹴る。歩道で安全運転をしながら、ボーッと町の中を滑る。どうしよう、との懸念しか貪欲者にはなかった。最早頭の中はラーメンでいっぱいである。「ラーメンが食べたい」「こってりコテコテ系のラーメンが食べたい」それだけしかない。スンッと鼻を鳴らす。食欲と腹の音は正直だ。テール部分に力をかけ、クイックターンでブレーキをかける。見上げれば、寂れたようなビルだ。その小さな低いビルに、日に焼けた暖簾がかかっている。しかも足元には看板。本日のメニューが書かれてあった。というか、店長のオススメ含む店のメニューである。でかでかと乱暴に書かれた文字の示す暴力に、貪欲者は生唾を飲みこむ。
(食べたい!!)
 その気持ちしかない。しかしながら、女性が一人で入る分には忍びない。しかも初心者だ。この店には一見さんとなる。それに、店の空気から感じるに──男性客しかいない。女性の来訪も歓迎する野菜スープやモヤシの炒める匂いも音もしない。おまけに、店の中も清潔とはいいにくい。年季が入っており、最低限の掃除はしているものの、それ以上のメンテナンスはしていない。完全に、ラーメンを食べる場のみを提供している。しかしながら、店から香る汁の匂いは、完全に貪欲者の求める味そのものだった。
(食べたい!! けど、一人で入る分には怖い)
 うーん、うーん。と店の前で迷う。一人で入るか見送るか──その決断に迷い続けていると、見知った顔が貪欲者に気付いた。完全に徒歩である。その姿を見つけて、小走りになる。
「おーい!」
 ──じゃねぇか! と名前を呼ばれて、貪欲者は振り向く。S開始初期からいるジョーだ。その姿を認めて、貪欲者は呼び返す。
「虎次郎、どうしたの?」
「そりゃぁ、こっちの台詞だぜ。なんだ、待ち合わせか?」
「うぅん」
 首を横に振る。ボードに乗っていても、まだ身長差はあった。ジョーの喉元を見て、貪欲者は答えた。
「どうしてもラーメンが食べたくて。で、入りたくても入れない」
「あー、女が入りやすい場所じゃねぇからな、ここ。男しか入れねぇ」
「そう。なんか、場違いかなって」
「それ、合ってるぜ。普通の女だったら、絶対に入らねぇからな」
「普通?」
「俺の知ってる限りの『普通』だ。もしかしたら入る客もいるかもしれねぇが、俺の知ってる限りだといねぇな」
「そうなんだ、少なさそうだもんね」
「だから安心できるっつーか。食いてぇんだろ?」
「さっきから、そういってた」
「俺も今、食いにきたところだぜ」
 クイッと件のラーメン屋を親指で指す。数秒して、ガッと貪欲者は目の前の腕を力強く掴んだ。鍛え上げられた筋肉で太い。片手で掴み切れなくて、両手でガッシリとホールドをした。知り合いな上に目の前の店に入るという。このチャンスを逃したくなかった。
「一緒に入らない?」
「こちらこそ、プルチーナ。ちったぁ汚ぇ店だが、御眼鏡には適うぜ?」
「汚いんだ」
「俺の店と比較すりゃぁな」
「それはいえてる。女性向けだし」
「おいおい。男女ともに入れる店といってくれ。有名な資産家も来てるんだぜ?」
「知ってる」
 手を握られたものの、貪欲者は特に気にしない。流れるような動作で腕を掴んだ両手を外し、騎士がするみたいに手を添えてきた。『プルチーナ』の意味はわからないが、なんとなく親しい呼び方だろう。貪欲者はなんとなく、ジョーの眼差しで察した。(それに、親しい相手だって見せた方が入りやすいし)フフン、と胸も張った。ジョーという体格頼もしい相手の助けを借り、店の中に入る。滅多に入ってこないどころか店を覗いたらそそくさと引き返すはずの女性が入店したことを見て、店内の客が二度見する。そして女が連れ添う相手がジョーだと見ると、なにかを察したようにラーメンに戻った。今は食事が先決である。こんなところに連れてくるということは、つまりそういうことなんだろう。汁を最後まで飲んだ。
 ジョーは貪欲者の手を引き、カウンターまでエスコートする。添えられた手の動きに従い、貪欲者はカウンターの隅に座った。壁とは椅子一つ分、空いている。
「すごい! こういうところだったんだ」
「ハハッ! あんま馴染みがねぇもんな。こういうところはよ」
「というか、入れたのも初めて。ありがとう、虎次郎」
「おっと、礼は後で取っておきな。そうそう、メニューの見方なんだが」
「あっ、大盛りある。オプションもある」
「あー、これは注文しねぇ方がいいな。お前にゃ、ちっと多すぎる。そうだ、俺のとシェアするか?」
「ナイスアイディア! そうしよう」
「オーケー。じゃ、なにが食べたい?」
「やっぱり、コテコテぎっしり系だから、まずはこれかな」
「おっ! お目が高い!! 煮卵もオススメだぜ」
「やっぱり? すごく美味しそうだと思った」
「それとの組み合わせなら、これがオススメだな」
「おぉ」
 垂れそうになる唾を飲み込む。メニューに食いつく貪欲者を見ながら、ジョーはカウンターからグラスを二つ取った。ほぼセルフ式だ。自分と貪欲者の前に置き、ピッチャーから水を注ぐ。氷も一緒にどばどば出てきた。
「濡れてる」
「そりゃ、中がキンキンに冷えてるからな」
「しかも天井にもゲームのポスターがある!! いいなぁ、こういうの」
「だろう!? 完全に高校生の心を擽るんだよなぁ、この店の造りは!」
「最新のポスターも貼り出している分、新作のチェックも欠かせないね」
「ちなみに、結構前からあるぜ。ここの店は」
「え、嘘!? そうなの!?」
 とジョーの話に驚く。開店してから何年経ったとかはわからないが、ラーメンの味だけは確実だ。確実に、何店舗のラーメン屋を渡り歩いて修行した結果が出ている。貪欲者は満足そうに、ラーメンを啜る。この店に入る手助けをしたジョーは、嬉しそうに貪欲者の食べる姿を見ていた。もう男の頼んだ丼の中は空だった。


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