フィッシング詐欺

(どうしてこんなことになったんだろう)置いてけぼりの移住者は呆気に取られる。「じゃぁ、私は行かなくてもいいよね」「えっ」「は?」ショックを受けて泣きそうな顔と不満で歪んだ顔は、ここにはない。ただ釣りの勝負に集中する男の二人がいるだけだ。引き留められた移住者は放置である。釣りをしたいが、下手に投げては糸が絡む。虎次郎と薫の勝負は白熱している。またカラフルな魚が一匹、釣れた。固いクーラーボックスやソフトなクーラーボックスのどちらも満杯である。移住者のバケツは辛うじて、空いている。(そもそも、この状態じゃ息ができなくて魚が死ぬのでは)新鮮な材料とは程遠い。自分の釣り竿とルアー、バケツの三つを見て考える。(別のところで釣ろう)そう決断するや否や、移住者はカーラに尋ねた。
「ねぇ、カーラ。釣りに最適なスポットを割り出して」
「待て!? まさか、移動する気か!?」
「えー、もう少し楽しもうぜ? ここ、絶好の釣りスポットじゃないか」
「それ、人一人を放置していえること? っていうか、こんなに釣っちゃって。本当、どうするの?」
「このゴリラが調理する」
「あぁ? しっかし、この場においては俺しかいないだろう? 仕方ないから、お前の分も焼いてやる」
「なら要らんッ! 近場の板前に持ち込んだ方がまだマシだ。おい。お前も来るだろう?」
「そうナチュラルに聞かれても。そもそも、誰が釣ったのかわかるの? 蛸なんて逃げ出そうとしているし」
「あぁ!! 嘘だろ!?」
「ハンッ! カーラ」
『七匹釣りました。今ので八匹目です』
「つまり、引き算すると、って! それでも充分多いじゃん!? 食べきれないよ?」
「その点は心配しないでくれ。冷凍っていう便利なもんもあってな。そこに保存すれば数日は持つ!」
「数ヶ月の間違いじゃないのか?」
「味の品質を考えたら、数日で使った方がいいんだよ! このロボキチ眼鏡ッ!!」
「なんだと? 単細胞ゴリラ!」
「はぁ!? お前の方が単細胞だろ!?」
「なんだと!? お前ほどの単細胞など、どこにもないわっ!!」
「いや、あるんじゃないかな。とりあえず、冷凍するにしても、これ? あーあ、下の魚ほど目が赤くなっちゃってるよ」
「クッ! 釣ったら即締めた方が良かったか」
「味が落ちたらお前のせいだぞ。虎次郎」
「お前のせいでもあるだろうが!! 便利なAIがいるんだから、やる前に教えろよ! 前に!!」
「はぁ? お前などに勝手に使わせてたまるかッ! カーラ、このあとの天候は」
『相変わらず晴れてます。満潮による心配はないです』
「そうか。ありがとう、カーラ」
「今日は絶好の釣り日和ってとこかね」
「絶好のスポットはお二人方に取られてるけどね」
「そう拗ねるなって。ほら、変わってやるから」
「口調はアレだけど態度で女の子と同じようにしたって、効果がないんだからね!」
 そう憤るものの、態度は素直である。虎次郎に率先され、移住者は本人がいた場所に座る。炎天下だ。帽子がないとキツいだろう。移住者は鍔の広い帽子を被り直す。それを見た薫が、さり気なくパラソルの位置を変えようとした。傾く。「あっ」と薫が倒れるパラソルに気付く声を上げる間もなく「どぉわ!?」と虎次郎が驚いた。咄嗟に傾斜が鋭くなったパラソルの首を支える。移住者が振り向くと、パラソルが自分へ向かって倒れかかっていた。
「なにしてるの?」
「すまん」
「な、なんともないから気にすんな」
「本当かなぁ」
 疑惑を向けつつも、移住者は釣りに向き合う。少しは魚を釣る達成感を味わいたい。ルアーの様子を見つつ、釣り竿をどう振るか迷う。虎次郎はパラソルを移住者の後ろに立て直し、薫は釣りを中断した。釣った魚をソフトなクーラーボックスに入れ、移住者の横に立った。疑問を投げかける。
「まだ釣らないのか」
「いや、周囲の人が傷付かないかと」
「まぁ、投げ方によっちゃ、後ろにいるヤツにルアーが当たる可能性もあるもんな」
「針もね。危ないじゃん? 傷付いたら困るし」
「そうだな。この筋肉馬鹿のせいでパラソルに穴が開きかけた」
「おい! それをいうなら、ここに陣取ったそっちが悪いんだろうが!!」
「はぁ!? 先に座ったのは俺だぞ!? だったらお前の方が去れ! お前が!!」
「俺が先に着いたんだよ!? こう、準備をしている間に陣取ったのが薫じゃねぇか!」
「目に入ったら失明しそうだよね」
「ルアーでもレンズが割れる」
「はぁ、仕方ねぇなぁ。ちょっと貸してみろ」
「あっ!」
 移住者が文句をいう暇もなく、虎次郎が釣り竿を取り上げる。それから軽く竿を振るって、ヒョイッとルアーを投げる。透明な釣り糸に繋がった擬似餌は、ポチャンと海に落ちた。クルクルとリールを回し、適切な場所まで誘導した。
「ほらよ。あとは餌にかかるまで待つだけだ」
「投げてもみたかったのに」
「下手に投げちゃぁ、怪我するかもって不安だったんだろ? なら、こっちの方が今だと手っ取り早い」
「あぁいえば、こういう」
「諦めろ。コイツは、元からこういう男だ」
「はーあ。虎次郎って、女の子の機嫌を取る天才だと思ってたのに」
「ん?」
「調子に乗るな。このタラシゴリラがッ!」
「こういうときは、ヘタクソだよね。女の子をほったらかす天才ともいえる」
「んな!?」
「ハンッ! 良い気味だ。いわれてるぞ。軟派ゴリラ」
「なっ、元はといえばお前のせいじゃねぇか!! 毎回毎回行くところ行くところに現れやがって!」
「それはそっちが勝手に現れているだけだろう!? こっちだっていい迷惑だ!」
「そういえば。釣りって静かに待つ狩りだよね? どうして、二人のだけこんなにたくさん釣れたのかな」
「集中力だ」
「コツがいるんだぜ。なんだったら、手取り足取りじっくりと」
「ジョーさん。そういう女タラシのコツをやられても、迷惑です」
「いわれてるぞ。ゴリラ」
「うるっせぇなッ!! 機嫌を直してくれってば、なぁ!」
「拗ねた女の子の機嫌を直すのに頼み込むなんて。S界きっての女性ファンを虜にするジョーさんは違いますなぁ」
「もっといってやれ。おっと、まだ回すには早いぞ」
「テメェは余計なことをいうな!! 薫ッ! 悪かったってば。なぁ」
 万策尽きたといわんばかりに泣きべそを掻きながら、虎次郎は移住者の名前を呼ぶ。それでも移住者の機嫌は直らない。頑なに虎次郎をSネームで呼び続ける。「もうファンの子たちに慰めてもらったら?」「いわれてるぞ? 釣りの成果でも持ってご自慢の手料理でも振る舞ってやったらどうだ?」「いいからお前は口を挟むなッ!! なぁ、頼むってば」と、今度は泣きそうな声で縋りつく。これには移住者の良心も揺らいだ。服を掴まれる身体がグラリと揺れ、リールを巻く手が止まる。海中のルアーが、浅く沈んだ。薫が移住者に耳打ちをする。
「このまま無視だ。無視をしておけ。このゴリラは調子に乗るぞ」
「いや、流石にここまでは可哀想かと。腹は立ったのは立ったけど」
「頼む! 悪かったから!! この通り!」
「人を誘っておいて、放置するなんて」
「だな。反論の余地もない」
「それは薫も同じだけれど」
「えっ」
「本当、勝負に熱中すると二人だけの世界に入るよね」
 あっ、なにもかからなかった。そういって、移住者はもう一度投げた。


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