プティーン、しっぱい(ちぇ)

 プティーンを食べたことがない、というと薫から驚かれる。「えっ。A&Wに行けば、いつでも食べられるだろ」というけど、そもそもそんなチェーン店は本州にない。ここだけだよ、というと「は?」とわけの分からなさそうな顔をされる。それから少しして「だから東京に行ったときに、見かけなかったのか」となんか納得をされた。うん、つまりはそういうことだろうと思う。A&Wがメジャーなのはここだけの話で、他の県や都府に行くとマクドナルドやモスバーガー、ケンタッキーが主流となる。他にも色々と外資系のチェーン店もあった。それでも、カナダ発の料理を取り入れていることは少ない。私の知る限りだと、このA&Wにしか、この仕組みはなかった。──そんなことを以前話したからか。何故か薫とそこに行くことになった。しかも、昼間からである。
 周囲の視線が、かなり痛い。いや『痛い』と感じるのは自分だけで、居心地の悪さを感じるからだ。その最もな理由は、目の前の男である。──最先端のデジタルを使い、今を駆けるAI書道家、桜屋敷薫──この男だ。自分の知名度を自覚しろ、馬鹿めと吐き捨てたい。実際、薫のファンはSだけではなく書道家としても多くいるようで。店内にいる女性客からの視線を一心に集めていた。思わず、薫の袖を引っ張る。
「ごめん、お持ち帰りにしよう? お持ち帰りに」
「はぁ? 何故だ? 店内で食べると余計に美味く感じるだろうが」
「あー、もう。自分の顔の良さと知名度を自覚してよ。とにかく、その。落ち着いて食べれないから。だからテイクアウトで、って話で」
 気持ちはわかるが、食べる環境が同じでないと土台無理な話だ。正直に、薫へ指摘があることを伝える。ついでに直してほしいことも伝えたからか、キョトンと薫が驚いていた。目を丸くして、ポカンと口を開けている。それから少しして「そうか」と小さく呟く。癖なのか、帯から扇子を引き抜き、自分の顎に当てた。考え込んでいる。「じゃぁ、全部テイクアウトで」と薫がいえば、店員の子が「はい!」と明るく答えた。それに胸を撫で下ろす。作るといっても、ハンバーガーを作るまで時間がかかる。「揚げ立てがいいか?」と薫が尋ねるので「時間がかかるから、いいよ」とだけ答える。もしほしくても、次に回せばいい。「揚げ立てが美味いぞ?」と薫がいうので「次の機会にしておこうね」とだけ注意する。クイッと袖を引っ張るからか、薫が黙る。会計を薫がクイックペイで終わらせて、商品が出来上がるまで待つ。カウンター付近で待っていると、後ろに並んでた人がレジの前に立った。注文を指し、スラスラとオーダーをしている。
「もしや、こういうところに来たことがないのか?」
 信じられなさそうにいわれると、そうだとしか答えられない。扇子で口元を隠し続ける薫に「そうだよ」と答える。店員がオーダーしたものが出来上がったと告げる。流石チェーン店だ。薫が行くよりも先に歩いて、商品を受け取る。「おい」と後ろから薫が不満を投げてきた。
「俺が持つ」
「いいよ。店内で食べようと言い出しかねないし。テイクアウトなのは、テイクアウトだから!」
「勘違いするな。いいか、店内で食べるときは番号を貰うんだぞ? そこに座ったときに置いてだな」
「はいはい。それは外で聞くから」
「おい、待て!」
 こら! といいたげに私の名前が呼んでくる。薫が後ろを付いてくるからいいものの、店内の視線が薫に続いて私に刺さる。「カーラ、どうにかして」とカーラに助け舟を求めるが『できません』と返ってくる。
『マスターの意志を尊重します』
「そっか」
「俺が持つといってるだろ!」
「はい、テイクアウトね」
「何度もいわれなくてもわかってる!」
 フンッ!! と鼻を鳴らして顔を背けてきた。パッと手を離すと、袋が薫の手に渡る。店を出る。客の来訪を告げる音が鳴った。外に出たけど、相変わらず暑い。思わず服を嗅いだ。(なんか、臭いが残ってる)薫も少し横に並んで歩き、立ち止まる。はぁ、と溜息を吐いた。
「ここのは、店内で食べるのが一番美味しいんだぞ? それをお前」
「それは、薫の高校生の頃の話でしょ? 自分の知名度、自覚してよ」
「はぁ? それとこれとが、どう関係ある?」
「落ち着いて食べれないの! 絶対、あれ。サイン強請られたヤツあるから。絶対。断言できる」
 なにせサイン会まで開いたという噂だ。それだとしたら、有名な書道家のイケメンにサインを強請るという流れが起きやすくなる。というか、一度そういうものを開催した以上、ファンや一般人もオーダーする垣根が低くなる。「そういうのを自覚して、店に入ってよね。高校生の頃とは違うんだから」もう気軽に入れるようなものでもないでしょ、とも暗に付け加えておく。そうすると、ますます薫は意味がわからなさそうな顔をした。眉間にギュッと皺を寄せ、眉を吊り上げている。「はぁあ?」ともう一度声を上げ、今度は顔を突き合わせてきた。思わずギョッとする。いっておくが、身長差はある。グッと腰を曲げて、ガツンと額で頭突きをしてきた。軽く当てられたものの、当たった額は痛い。しかも距離が近すぎる!! 至近距離で、ガンを付けてくるものだから、目を離せなかった。
「お前といるというのに、やるかッ! 馬鹿が」
「はっ? あっ、というか。めっちゃ素が出てるじゃん。薫。大丈夫なの? それ。世間体とか、そういう」
「はぁ? なんだ、寧ろ化けの皮を被ってほしかったのか? それならそうと、いえば被ってやるが、どうする」
「いいよ。そういうのは、いらないから。っていうか、そこじゃなくて。SNSとかで話題になってるんじゃない?」
「ほう、なにがだ」
「『桜屋敷薫の意外すぎる裏の顔!』『なんと身内には厳しい! 鬼!!』もしくは『猫かぶりすぎワロタ、クッソウケる』などの誹謗中傷とか諸々」
「そういうのは弱者の戯言だろ。どうせ、放っておけば消える」
「そうかな? 意外と、ログとかが残されたりしていて」
「知るか。あくまで客は客だ。客に接する態度は取る」
「あー、そういえば」
 店員さんにも、当たりは柔らかかったよな。ちょうど、司会者やマスメディアとか公衆の前でインタビューとか作品を発表する場だとか、特に。それと同じくらい、気を遣っていたということになる。
「ってことは『二面性が激しすぎる桜屋敷薫!』『AI書道家のプライベートが荒れすぎて』いや、これはないか」
「当然だろう。規則正しい生活をしているからな。これもカーラが適切な就寝時間と起床時間を告げて起こしてくれるからだ。寧ろ的外れな指摘だともいえる」
「はいはい。じゃぁ『ギャップ強すぎワロタ』かな。一面を飾るなら、それで」
「仕事に影響は出るか?」
『取引の際に行われる雑談として、引き合いに出される可能性もあります』
「そうか。まぁ、そこはなんとかするとしよう」
「本当に? ちゃんと上手くやれるの?」
「当然だ。俺をなんだと思っている」
「AI書道家、最先端の技術を扱うAI書道家のせんせー」
「ならば良し。問題はない」
「いや、あるじゃん。本当にいいの? 今からでも」
 態度を改めても遅くはないと思う。そうすれば、裏と表とでギャップが酷いなんて噂はなくなるだろう──、そういおうとしたら、扇子を口に当てられる。安直な「黙れ」という合図と動作だ。思わずジト目になる。薫もジト目で、こちらを見ていた。
「問題ない、といってるだろう。独占欲を満たされる、とでもいったら満足か?」
「はぁ? あっ、というか薫の服、大丈夫なの? 匂い。洗濯とか、簡単にできなさそう」
「話を逸らすな。まぁ、陰干しをすれば大丈夫だろう。いざとなったらスチームでどうにかなる」
「えっ、消臭スプレーとかしないの?」
「逆に痛むから絶対にやめろ! いっておくが、お前の想像以上に何億倍も高いからな。この着物は」
「ハハッ、聞いたら意識が飛んじゃいそう。っていうか、薫も人のこといえないじゃん」
「はぁ? というか、意外とそういうのに詳しいんだな。お前」
「材料になるからね。話の。アンテナを伸ばしておいて、損はないよ」
「ほう」
「でも、薫と虎次郎は絶対SNSやらない方がいいよ。誰かに任せた方が楽。だって、絶対SNS上でバトルを繰り広げそうだし」
「おい。どうしてあの筋肉ゴリラの名前が出た!? 今、お前といるのは俺だろう!?」
「だって、絶対バトルを繰り広げるじゃん!! だから、絶対誰かに任せた方がいいって。もしや、既に、持ってたりしてるの?」
「いや、インスタグラムなら、持ってるが」
「それが正解だよ。虎次郎もインスタ向きだし。絶対、慣れてる人に任せた方がいいね」
「お前はどうなんだ?」
「観察用に。でも、お祭り騒ぎの炎上と陰湿さを繰り返すのは、正直向いてないよ」
「ビーフみたいなものか」
「お祭り騒ぎなら、ね。違うから」
 そう念を押す。(そういえば)ここまで喧嘩したのに、一言も罵倒が出てこなかったな。筋肉ゴリラとか脳筋ゴリラとか女タラシとかスケコマシ! とか、そういう、悪口のオンパレードが。ポリポリと首を掻いて、思いっ切り尋ねてみる。
「ねぇ。もしかして、私のこと好き?」
「ブッ!?」
『脈拍・動悸に乱れが見られました。落ち着いてください』
 カーラが冷静に処理した。「ごめんって」落ちた袋を拾い上げる。これは、バーガーは厳しいかな。飲み物はどうだろう。軽く中を覗き込むと、プティーンの入った箱は無事だ。飲み物も零れてない。ただ、バーガーの形は崩れていた。「冗談でも、そういうことはいうなっ!」とかなり動揺しながら薫がいった。口調は強い。露わになった手首で口元を拭く。「ごめんって」そんなに不快に思うとは。こちらも悪かった。
「今度から気を付ける」
「あぁ。あー、ところで、だな」
「ん?」
「どこか、場所を変えないか? 食べに行かないか、というか。今ので、ハンバーガーが駄目になってしまっただろう?」
「そうだね。食べられないこともないけど」
「その、美味い店を知っている。そこで、気を取り直さないか?」
「もしかして虎次郎の店? まっ、いいけど」
 いつも食べてる分、味の保証もできている。虎次郎の店も選ぶのも納得だ。たまには、正規料金を払って食べたいし。(って、あれ? うん?)薫の返事がない。包装紙から滲むソースのシミから顔を上げると、ギュッと苦い顔をした薫がいた。ギュッと、苦い青汁を飲んだような渋い顔をしている。
 眉間の皺も今まで以上に深く刻まれてるし、数も多い。眉も吊り上がっていて、両目を強く閉じている。口も力強いへの字だ。ボキッと、折れそうなほどに扇子を持つ手に力を込めている。
「そっ、そこがいいというのなら、俺は別に構わんが?」
(明らかに嫌な顔だろ。それ)
 どうしてそうも付き合う。と思いながらも、譲渡した。
「じゃぁ、薫の店か家。着物、臭いが付いたままでも困るでしょう? 着替えた方がいいと思うよ」
「だったら、お前の服はどうする。お前も着替えたいはずだろう?」
「なら薫の服を借りる。客人なんだから、服と洗濯機くらいは貸してよ」
 そう図太いことを図々しくいったら、薫が固まった。ピシッ、と。律儀にカーラが『フリーズしています』と解説をする。『回復するまで、数分がかかると思われます』と丁寧に教えてくれた。そっか。でも、これ以上ここにいるつもりはない。
 固まる薫の手を引いて、薫の店に向かった。素直にも、薫の足が動く。カーラの力を借りながら、道を歩く。ハッと正気に返った薫が目を開いて、来た道を戻った。今度は私が引っ張られる。
(プティーン、もう冷めてそうだな)
 温め直そうと思った。


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