プログラミングの傍らに置く(ちぇ)

 急に腕を引っ張られて、ギュッと抱き着かれる。(いつものヤツかな?)一瞬だけかと思ったら、そのままズルズルと引っ張られる。「あの、薫さん?」「なんだ」ちょっと他人行儀に聞いてみてもダメ。なにも答えてくれる気配がない。そのまま連行されて、パソコンの前に行く。先に薫が座って、その次に私が座らされた。薫の膝の上に、である。それでギュッと抱き締められる。腰を掴まれて、肩を掴まれての位置調整。そのあと、両手をキーボードの上に置いた。複数の画面を同時に使いこなし、プログラミングを始めた。多分、カーラのメンテナンスだろう。既に薫の視線は、画面の中にある。私はプログラミングなんてできないから、英語の単語の意味はわかっても、それがどう働くかがわからない。
 コトン、と薫の肩に頭を預ける。
「私も、やりたいことがあるんだけど」
「うるさい」
「少しは聞いて。その、ずっとプログラミングを見てるわけにも」
「気が散る」
 いや、そうだけど。でも作業を邪魔されて苛立つ気持ちはわかるので、口を噤む。今度薫も同じことをしてきたら、同じように返してやる。そう心に決めながら、薫の身体に凭れかかった。グリグリと肩に頭を押し付けても、なにもいってこない。寧ろ器用に手を動かして、プログラムの入力を続けた。「カーラ」「今はメンテナンス中だから、反応しない」スパッと言い切られるのも、なんか悲しい。(愛機一体の癖に)そこまで離れていて寂しくないのか。それとも絶対会えるとの強い信頼感の故か。なんかちょっと、やきもちを焼いてしまう。(カーラには、勝てないけど)というより、カーラ自体が凄いのだから仕方ない。それを組んだ薫も、凄いのは凄いけど。
 ふと薫の手が止まって、利き手が唇へ運ばれる。少し曲がった人差し指が、薫の唇に止まった。そのまま、画面を見ながら考え込む。多分、難しいことを考えているのだろう。熟慮、というべきか。画面のスクロールが止まっているから、表示されている分だけを読んでみようとする。うん、全然わからない。精々、英単語の意味するもので役割や前後の動きを推測できるだけだった。薫の膝の上で座り直して、ゲーミングチェアの座り心地を見る。人体工学で作られただけあって、座り心地は抜群だ。私は、薫の膝の上だけれど。(でも)着物越しからでもわかる、筋肉量。スケートをやるためとはいえ、ここまでの筋肉量だ。ここまで鍛え上げるのに、どれだけかかったんだろう。ボーッと、薫の膝を眺める。着物だから布越しに形しかわからないけど、ピタッと緩く膝小僧をくっ付けていた。(なんか、生々しい)ちょっと恥ずかしくて、八つ当たり半分に薫の肩へ頭突きする。後頭部、でだけど。薫の視線が、ちょっとこっちに来た。
「なんだ」
「いや、別に。なんでもないけど」
「そうか。その、そこにあるヤツを取ってくれ」
「これ?」
「そう、それだ」
 考え事を見るに、本だろう。けれど近くに本はないし、本棚も見当たらない。精々、国外からも取り寄せた論文の束くらいだ。学術雑誌、とか学術誌というべきか。手の届く範囲にあるタブレットを渡すと、薫が礼をいう。そのまま私を腕で抱えるような形にして、タブレットで検索を始めてしまった。(う、動けない)動ける範囲が狭い。ギュッと圧迫を受けながら、薫に凭れ直す。一緒に、タブレットに表示される中身を見た。
「もしかして、前に見た論文?」
「あぁ」
「どこかで見たとか?」
「あぁ」
 そんな感じだ、と含むような声色で薫が頷く。同時に頬を置かれる。(そんな、ぬいぐるみに凭れるようなことをしなくても)それとも、そういう気分なのか。頭部に感じる重みを受けながら、スクロールする表示を眺めた。見つからない。薫の指が検索窓をタップし、文字を入力し直す。(ブックマークとかは)しないか。量が把握しきれなくなる。それに、PDFをダウンロードした方が早い。
「論文とか、出版したものを取り寄せたり?」
「あぁ。発刊までに時間がかかるから、ウェブ上で見た方が早い」
「ふぅん」
 なら、検索するしかないか。その間に、他の論文や考えも見つかるかもしれないし。そう思いながらお門違いのを見てたら、薫の腕がキュッと締まった。脇が締まって、薫の胸の方へ寄せられる。肘掛けに凭れるなどの楽はできない。薫の胸へ凭れかかるような感じになると、ポスンとまた顎を乗せられる。
「ちょっと重い」
「我慢しろ」
「見つかった?」
「まだだ」
 確認したい論文が見つからないらしい。(プログラミングに、関すること?)と聞きたいけど、目の前の画面を見れば一目瞭然だ。顎を置くのをやめ、頬を乗せる。薫の手にあるタブレットも、向きを変えた。「読みにくい」薫の手を掴んで向きを直そうとしたら「俺が読めなくなる」と口に出した。
「読み上げ機能、あるはずじゃない? それで読んでよ」
「俺が読んだ方が早い」
「それもそうだ」
 いうまでもない。けど、言葉の応酬だけを楽しむ。「速読できたり?」「当然だ。そうでないと、時間がないだろ」「それもそうだ」同じように繰り返す。画面に表示されている分は読んだのか、スッと薫の指が次のページに移った。既に薫は理解しているようだが、私は専門分野外である。もう少し資料を読まなければ、なにをいってるのかがチンプンカンプンだ。薫の喉仏に、ちょっと頭を乗せてみる。息苦しい、とかの文句はこない。ちょっと頬を預ける角度を変えて、論文を読むのを続けた。日本語へ訳さない英語は、そのまま英語として表示されている。
「カーラに、なにか不具合があるの?」
「それを今から直すんだ。例え些細なものでも、放置するわけにはいかん」
「そう」
 やはり、薫のカーラへの愛は深い。そう思いながら、薫に抱き抱えられ続ける。ちょっと足をふら付かせる。すると薫の足が動いて、着物の下を見せながらガッシリガードしてきた。足首を絡まされて、片足の動きを封じられる。足袋と襦袢の隙間から見える肌を、ジッと見る。
「もしかして。脱毛とか、してる?」
「それは今関係あることか?」
「ごもっともで」
 関係はない。降参を示すように、薫へ凭れかかった。


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