甘えさせたいが蛇の生殺し(じょ)

 人肌恋しい季節とか時期とかはあるけど、特に気付かれることはない。自分から口に出したりアピールをしなければ、気付かれることもない。だというのに、この状況はどういうことだろうか? と虎次郎にホールドされた状態で考える。行為自体を厳密に表すなら『抱き着く』だろうけど、すっぽりと収められている。まるで、ぬいぐるみを抱えるみたいに。ならば『ホールド』と形容した方が、ちょうどいいのだ。私の身体に虎次郎の腕が回ったまま、そのまま。まるで毛布を掛けられたかのようにフワッときたものだから、私も私でなにもいえなかった。虎次郎もなにもしてこない。(虎次郎の部屋だから、というのもあるだろうけど)もしかして、それほど隙が多いように見えた? とはいえ、手を抓る気にもならない。少し考えて、触ることにした。抓る代わりに手の甲を触れば、ビクッと虎次郎の指や腕だけが跳ねる。
「その」
 話を切り出そうとすると「んー?」と惚けた声が返ってくる。いくら人間とはいえ、その筋肉のせいで、ちょっと熊にホールドされているような状態に近いと考えてほしい。耳を私へ向けるように、顔を傾けた動きがあった。微かに隙間があるから、動けば空いた空間が埋まる。抓る代わりに、指で丸を描く。
「これは、どういう意味で?」
「んー。なんか、寂しいと思ってさ」
(上手いこという)
 ちょうど、私が「そう思った」ことと自分が「そう思ったこと」と掛け合わせて、どちらにも取れるようにしている。「ズルい人」といえば「そうかな?」と虎次郎が返してくる。やっぱり、どっちにも取れるようにしている。なのに、腕は抱き着く以上のことをしてこない。ちょうど、簡単に抜け出せるような隙間を残している。腕の力も、負担をかけないように緩い。「やっぱりズルい」「そうかなぁ?」もう一度繰り返せば、今度は聞き返すのと揶揄うの二つが混じってる。少し反抗してみたくて、グッと背伸びをしてみる。けれど虎次郎の顎まで届かなくて。精々、鎖骨の間に頭を置くだけとなった。
「うぅ。一矢報いることすらできないとは」
「ハハッ。身長差があるからなぁ」
「体格差も考えて」
「そう拗ねるなよ。俺のお姫様」
「こう易々と抱っこさせちゃって」
 それだからモテるんだ、と八つ当たりをいえば「知ってる」と返される。高さが埋められたものだから、ギュッと首に抱き着いた。虎次郎に背中を支えられるし、大きな腕をベンチ代わりにして座らせてくれる。(女の子を何人乗せても軽い、っていうのは本当そう)どうせ他の子にもしてるくせに、との反論は出にくい。というより、言いたくない。虎次郎の首に顔を埋めた。
「いいのかなぁ。こんな、甘えさせちゃって」
「大歓迎だ。ガッティーナ」
「思ったんだけど」
 虎次郎の口調は上機嫌だけど、私は恥ずかしくて目を合わせにくい。ズルズルと好意に甘えてもいいものか、と思うけれど今は甘えさせてもらいたいとの気持ちが勝る。虎次郎の首に鼻をくっ付ける。
「その、ガッティーナとかプルティーナって、なに? たまにそう呼んでるのはわかるけど」
 なんとなく、普段の声色から比較してわかる。というより、声色で『私が呼ばれている』と認識していたといった方が早い。嬉しそうに閉じた虎次郎の目が、薄く開いた。ゆるゆると、目尻を垂らしている。
「知りたいか?」
(それ、やっぱりズルいと思う)
 大人の駆け引きめ、と思いながら首に顔を戻す。「どうだろう。知りたいような、もう少し先でもいいような」「どっちだよ」虎次郎が、ハハッと困ったように笑う。少しだけ苦笑いが入ってたけど、カラッと明るく笑い飛ばすような雰囲気だった。やっぱり、ズルいなぁ。どんな風にも意味を取られるようにして。
「虎次郎って、こういうところがあるからモテやすいよね」
「んー? どういうことかな」
「ズルい人」
「誉め言葉として、受け取っておくぜ」
「じゃぁ」
 と言いかけてやめる。「ん?」と聞き返してくるものだから、憎らしい。なんか、私だけ余裕ないような、平常時を装えてないのを突き付けられる。グリグリと鼻を擦りつけてから、ちょっと手を伸ばした。ウェーブがかった虎次郎の後ろ髪を触る。
「ウェーブかけてる?」
「さぁ。どうだと思う?」
「どうだろう。癖毛?」
「かも、しれないな」
「意地悪」
「なのは、そっちだぜ?」
「どういうこと?」
「据え膳食わぬは、っていうだろ?」
 そう胸を張っていわれても、な。虎次郎に凭れかかる。(そういうの、他の女の子にもしてる癖に)そういわないだけ、まだマシだと思ってほしい。
「女の子にギュッとされるのとか、好きじゃないの?」
「アレは別だ。今の状況と一緒にされちゃあ、ちょっと不本意だな」
「そう」
「俺だって、男なんだぜ」
「そう」
 手を出さない癖に、とボソッとだけいえば、ムッと虎次郎が顔を顰める。首に顔を埋めたものだから、眉間に寄る皺だけしか見えなかったけど。「手を出さないのは」と虎次郎が続ける。
「双方の合意がないからだ。いってくれれば、今すぐにでも出したいんだぜ?」
「そう困ったような顔でいわれても。翻弄されちゃうよ?」
「翻弄されるのは、君だけにだぜ?」
「またそんなこといって」
「あー、俺が優しいからって調子に乗るなよー。このっ」
 と怒りと不満が混ざってたけど、どこかお調子者が惚けるようなところがある。「そういうとこだよ?」と返せば「本気で襲われたいのか?」と真面目なトーンで返される。急に出た雄の本性みたいなものに、一瞬ビクッてなった。身体を強張らせると、虎次郎が溜息を吐く。
「はぁ。据え膳を耐え続けさせるのはやめてくれ」
(そうは、いったって)
 虎次郎がそうしてきたのだから、甘えていたい。困ったように懇願されたのを見て、ギュッと虎次郎に抱き着くしかできなかった。


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