甘すぎるものはNo thank you.(じょ)

 南城虎次郎は考える。いくらなんでも、アレはなかったんじゃないか? と。例え相手が喜んで話が弾んだとしても、あれじゃぁあんまりすぎる。料理人の風上にも置けない。よって、頃合いを見て××に頼んだ。
「なぁ」
 ××、と呼びかければ当人が振り向く。「ん?」「なに?」黙々と準備をしながら聞き返してきた。××の部屋で、南城は難しい顔をしながら尋ねた。
「もし良かったら、俺にもう一度チャンスをくれないか?」
「うん。なんのこと?」
「その、クリスマスの話だよ。ほら、ちゃんとしたもてなしをしなかっただろう?」
「いや、アレだけでも充分だよ。虎次郎、とても忙しかったんだし」
「忙しくても、だ! 時間がなかったとはいえ、今度こそちゃんとしたものを送りたい」
「はいはい。ココアでいい?」
「あぁ」
 一向に許諾が得られない。どうしたら再戦の許可を貰えるか? 難しい顔をしたまま考え込む。ムスッとした顔で、××からココアを貰った。一口飲む。市販品を使ったもので、ミルクで入れるタイプだ。これくらいのものなら飲める。相手から入れてもらったものを一口飲み、脳に糖分を入れる。(このまま引き下がるわけには、な)ムムッと考え込む南城を余所に、××はもう少しトッピングを加える。それに気付かず、南城はもう一口飲んだ。
(そういえば、純正ココアがあったような気が。それを使って、まず好きなもので固めるのが先だろう。コイツの好きなものはなんだ? よく思い出してみろ、虎次郎)
 長期記憶の分野へ深く足を踏み出し、一つずつ思い出していく。デザートの決め手はたくさんあるが、それに至るまでのコースが思い付かない。(肉? 魚? いや、あまりにも肉が多いと無理だといってたな。ならば菜食を中心にして、それだと物足りなさすぎる。肉と野菜を半々で考えるか?)その間にも、××はボトボトと落とす。
 スーッと南城は深呼吸をする。意を決して、××を見た。
「なぁ。って、げ!?」
「え、なに? どうしたの?」
「い、いや、なんでも、いや! なんでもなくねぇ!! おまっ、それ、正気か?」
「いや、正気だけれども。ちょっと、甘いものがほしくて」
「ま、まさか。日常的に、その甘さで摂取しているわけじゃないよな!?」
「そんなわけないじゃない!! たまにはマシュマロの量を減らしているよ。ただ、ちょっと。今日は疲れたわけで」
「あ、あぁ。それなら良かった。いや、流石に、デリカシーがないようだけどよ」
「なぁに。いって?」
 グルグルと温かいココアをマドラーで掻き混ぜながら、落としたマシュマロを溶かしていく。両目から口元へと滑るように抑えた南城は、チラリと××を見た。特に怒っている様子はない。そうっと口を離して、自分の苦手な類の味へ指摘をした。
「それ、だけ入れると太らない、かなぁ?」
「すごい。本音と女の子に対する口調が混ざってるね」
「そりゃそうだろ」
 視界にも入れたくもないといわんばかりに、プイッと顔を反らす。南城のココアには、温めた牛乳とミルクココアだけ。対して、相手のカップにはそれと大量のマシュマロだ。余裕で十個は超えている。それをグルグルと溶かし、口の上にマシュマロの白いヒゲを付ける。──一個や二個のみならいけるが、流石に大量となると駄目だ──。南城は額を押さえる。滅多に見れない反応を眺めながら、当人は思う。
(もしかして、他の子相手でも、このような顔を見せるのかなぁ)
 少なくとも、苦笑いは浮かべるだろう。そして「苦手かな」と断ったあとに、揶揄う材料にされるのは目に見えている。マドラーで溶けたマシュマロを掬い、口に入れる。脳に直接糖分の刺激がきた。頭が回り始める。
「糖尿病に、なっちまうぞ」
「ならないように気を付けている」
「本当か?」
「本当、本当。流石に身体が悲鳴を上げる」
「糖尿病になってから気付くようじゃ、困るんだが?」
「ちゃんとこのくらい食べたら、食べるの控えるって」
 と当人がいっている間に、南城が肩を抱き寄せてくる。無意識の反応だろう。心配したあまり、自分の傍に引き寄せたと見える。(まぁ、女の子にすごく優しいし、こんなのも日常茶飯事か)特に他意はないと見て、とても甘いココアを飲む。大量のマシュマロで歯が蕩けそうなほど甘いココアの表面を見て、南城は辟易する。
「よく飲めるな。そんなもの」
「結構、って。もしかして苦手なの?」
 その質問に、南城は黙る。ジトッとした目付きで相手を見た。目付きも普段のものではない。まるで桜屋敷に向けたものと似ている。少し推測をしながら、××は続ける。
「デザートのケーキとかって」
「店の繁盛を見ろ。ちゃんとしたのを出してるだろ」
「じゃぁ、これくらい甘くしたものって?」
 再度尋ねると、南城は黙る。呆れた素振りから、ジトっと大量のマシュマロが溶けた中身を見る。まるで桜屋敷と対面したときのそれだ。確かな感触を感じながら、続けて尋ねる。「じゃぁ」最悪の事態を想定し、南城は固唾を飲んだ。
「冷蔵庫に羊羹とかういろうがあるけど、それも」
「やめてくれ! というか、どうしてそんなものが冷蔵庫にあるんだよッ!?」
「いや、貰い物で。そっかぁ」
(虎次郎にも、苦手なものとかあったんだな)
 グイッともう一口飲む。そんな苦手なものを口にしている相手だというのに、南城は手を離そうとしない。肩を抱き寄せられて密着を強いられたまま、ココアを飲み干した。
 カップの内側に、溶けたココアの糸が付く。マドラーに絡ませようとすると、南城がさらに引き寄せた。ポスン、と南城の胸に頬を乗せてしまう。予想外の柔らかさに、××は固まった。
 暫し、なにも話さない。南城は度の過ぎた甘いものを見たくもないし、抱き寄せられた相手は固まったままである。数十秒後、ようやく言葉を捻り出した。
「虎次郎って」
「なんだよ」
「その、クッションみたいに柔らかいよね。その、付かないように気を付ける」
「なにがだよ」
 はぁ、と溜息を吐く音が頭上で聞こえる。ゆるゆると相手の肩を撫で、頭部を探す。無事行き着くと、ポンポンと頭を撫でた。まるで所在を確かめるようである。
(なにを、したいんだろう)
 甘やかされているような気分を味わわされる。ガリガリとマドラーで溶けたマシュマロの塊を削るものの、削れない。(水に浸けた方が、早いかも)しかしながら、南城が離す気配がない。また暫く、様子を見る。南城は、未だにそっぽを向いたままだ。はぁ、と溜息を吐く音も聞こえる。
 ガリッとマドラーを諦めて、××は南城を見上げた。頭を抱き寄せられているので、上目遣いで見ることしかできない。その容赦ない角度を、南城は見ない。暴力的な砂糖の残骸を、目に入れたくないからだ。
「あの、虎次郎」
「あぁ。なんだ?」
「その、飲み終えたから」
「そうかい」
 といっても、南城は離す気はなかった。


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