完全なる間(逃げられない)

 窓際のテーブル席は、相変わらず賑やかだ。ミヤはクリスマスは家族と一緒に過ごしたとか、暦はランガと一緒に過ごしたとか話してる。「ランガん家、お母さんが夜勤でいなくてさ。一人だと寂しそうだから俺ん家に誘ったんだ!」「暦の家で出たご飯とケーキ、美味しかった!!」とても目をキラキラさせて話している。(若いなぁ)と口に出しかけたのは、秘密だ。出されたものを飲む。お椀を縦長にしたような小さめのグラスに、エスプレッソを入れたものだ。その上からホイップクリームが底まで貫通している。けど、植物性じゃない。動物性で、ミルクの濃厚さがある。「サービス」と嬉しそうに虎次郎が出してきたにもワケがあった。(これは、サービス)贅沢に生クリームを使った、一品だ。それを丁重に受け取り、生クリームの山を食べ終えたところである。(うん)交互に少しずつ食べたり飲んだりしたけど、やっぱり苦味がちょうどいい箸休めとなる。「おかわりもあるからな」と虎次郎が上機嫌に教えてくれる。「うん」と頷いて、疑問が浮かんで尋ねた。
「作ったの? それとも、余ってた?」
「作った」
「チッ!」
 パチン、と女殺しのウィンクが飛んでくると、隣で薫が不機嫌そうに舌打ちをする。見れば、殺意がすごい。あの女殺しの甘い声と顔色に、嫌気が差したんだろうか。腕を組み、忌々しく虎次郎を睨んでいた。これに虎次郎が対戦する。「なんだよ。陰険眼鏡」「表に出ろ。身の程を分からせてやる!」「嫉妬眼鏡が随分と強気に出たじゃないか? え?」「大口を叩けるのも今のうちだぞ。盗人ゴリラ!」「盗人猛々しいのはそっちの方だろ! 横入り眼鏡!!」「なんだと!?」「やるか!?」「受けて立とう」ピキピキと互いに青筋を立ててるし、うん。いつも通りだ。生クリームを掬う。(うん)やっぱり、甘いものは疲れた脳に良い! 頬が落ちそうになりながら、スッと虎次郎に頼んだ。
「ごめん。生クリームのおかわり、いいかな?」
「勿論、喜んで! シニョリーナ、どれくらいがいい? 半分?」
「うーん、山盛り一杯!」
「了解、わかったよ」
「チッ! タラシゴリラが」
 女タラシの口説き文句に付き合ってると、薫の不満が漏れてくる。そんなに虎次郎のナンパが嫌いなんだ。まぁ、確かに見かけたらちょっと嫌そうな顔をするもんな。女の子に囲まれてるときとか、特に。そう思ってると、虎次郎も喧嘩を売ってくる。
「なにかいったか? 陰険眼鏡」
「お前の存在が、不愉快だといったんだ。ボケナス」
「こっちだって同じ気持ちだッ!! 腐れ眼鏡!」
「度合いはこっちの方が上だッ! 馬鹿ゴリラ!! それと俺の真似をするな!」
「真似してねぇよ!! 寧ろしてんのはそっちだろ!」
「お前だ!!」
「いーや、そっちだ!」
「虎次郎、ぶれてる。手元ぶれてる。さーび、まぁいいや」
 ぐにゃっと絞り口から折れて、生クリームがグラスの縁に垂れた。それをスプーンで掬う。(虎次郎も『シニョリーナ』呼びするんだから、遊びだとわかるはずなのに)もしくは、虎次郎の中で私がそこに落ちたとか? うーん、まぁ、いっか。いつもと変わらない付き合いができれば、うん。薫との喧嘩がヒートアップして、生クリームが出血大サービスとなっている。スプーンでちょいちょいと落ちる生クリームの位置を調整しながら、ヒョイッと食べた。「土手かぼちゃ!」「あほんだらッ!」「すかたん!」「ぼんくら!」ヤバイ、スピードが追い付かないかも。絞り出されるクリームの下にスプーンを置いたら、みるみるうちに山が出来た。(おっ、これはいいかも)楽をしてたら、シャドウが口を出してきた。いったい、いつからそこに。見れば、暦やランガ、ミヤたちもこっちの様子を見ていた。
「お、おい。そこまでにしようぜ」
「外野が口を出すなッ!!」
 それは御尤も。しかも声をハモらせてのことに関しては、ツッコまない方がいいだろう。パクッと積み上がった一口を食べる。うん、とても甘い。指で掬った量もあるから、そろそろエスプレッソの方を飲みたい。(あっ)虎次郎の手にある袋が、もう圧縮されて空になっていた。
「その。生クリームが凄いことになってるぞ」
「は?」
「なんだよ。って、あぁ!! ご、ごめん! 本ッ当、悪い!! その、××、そこまでするつもりなんて、なくて」
「え、なに? あ、そんな。全部食べるなといわれても無理だから。出された以上、ね?」
「そういう話じゃないんだけどなぁ!?」
「フッ、負け犬ゴリラが。全く話にならないな。××、こういう浮気性のゴリラは止めて、俺にしろ」
「俺はこうと決めたら一途になるんだよ。ロボキチ! お前こそ機械に現を抜かしてるだろ!! 人のこといえない癖に!」
「カーラだ! お前こそ、なにを抜かす。俺とカーラは一心同体だ。カーラはとても優秀で、気が利く伴侶ともいえる。誰が渡すかッ!」
「機械を『伴侶』というのかよ。気持ち悪ぃ」
「まぁ、カーラは色々とサポートしてくれるから便利だよね。仕事の方も。離れられない気持ちもわかる」
「だろう?」
「おい。余り甘やかすようなことをいうのはやめておけ。調子に乗るぞ」
「そういう虎次郎こそ調子に乗る癖に。あまり人のことはいえないよ?」
「えっ。待って。どういうこと? なぁ、悪かったよ。ガッティーナ。もし、嫌なことがあったら、俺にいって。なぁ、頼む。××、こっちを見てくれ」
「フンッ。タラシゴリラの形無しだな。一生そのままでいろ。そのしょぼくれた顔をこっちに見せずにな」
「黙れ! 卑怯眼鏡ッ!!」
「誰彼の所為とかじゃないから。それに、薫も薫もだよ?」
「なに?」
「えーっと、ダメだ。どう足掻いても薫が怒りそう」
「おい。なんだ。ハッキリといえ。俺が、なんだって?」
「あー、心配するのはいいけど、そういう言い方はないんじゃない?」
「はぁ? 俺が、お前に対して? そういう言い方をした覚えはない。ハッキリと示せ」
「いや、虎次郎に」
「なんでこの馬鹿ゴリラの心配を俺がしないといけないんだ!? ふざけるなッ!! こんな体たらくを見せる男なぞ、放っておいても死なん」
「こっちだってお前なんかの心配はしたくねぇよ! 貧弱モヤシがよくいうぜ。愛抱夢のフルスイング・キッス喰らって気絶した癖に!!」
「あれは油断したからだ! 次に繰り出したときは、完全に逆手を取ってやる!」
「寧ろ、脳にダメージが残らなくてよかったとしかいえないよ。最悪、障害が残るほどだったんだからね?」
「フンッ、俺の頑丈さを舐めるな。××」
「よくいうぜ。この貧弱モヤシが」
「あ?」
「お前も人のこといえねぇじゃねぇか、この難聴眼鏡!」
「お前の声など耳にも入れたくない!!」
「あ!?」
(サンドだ)
 サンドイッチ食べたいな、とふと思った。だって、ほら。ちょうどやり取りがそれぞれの発言を捉えたものだったりするし。高い生クリームの塔を天辺から掬い、黙々と食べて行く。見れば、シャドウはミヤたちの方に戻っていた。目が合うと、肩を竦めて両手を上げる。フルフルと頭を横に振られた。『お手上げ』の状態である。
(そんなこと、いわれたかって)
 毎回挟まれての喧嘩だ。自然と躱し方を覚える。(カプチーノ、冷めそうだな)いや、それが狙いかもしれない。ジーっと薫の飲み差しを眺めてたら、勢いよく薫が飲み始めた。一口でゴクリ、と。スーッと怒りが収まるものの、吊り上がった眉は相変わらずだ。不満そうに、カップを持ったまま虎次郎を見やる。
「温い。冷めてるぞ」
「そりゃぁな!」
「もう、随分と時間が経ってるからね」
 それは冷めるよ。と虎次郎に同意しながら、生クリームを食べた。お、もう少しで見えそう。また一口食べていると、薫が着席する。カップはソーサラーの上だ。薫の両手はそれぞれの袖の下に入れられて、軽く肘を掴んでいる。虎次郎に対するのとは違う不満を浮かべた顔で、私を見た。
「××。お前は、どっちの味方なんだ」
「どっちとも。優劣は決め付けられないよ。少なくとも、心配しているのにそういっちゃう薫の方が悪い」
 言い方とか、色々。といいたいけど、話を聞かなさそうだし。手を付けていないビスコッティを、ムスッとした口に押し付ける。(あーあ、食べたかったのに)食後に。ラストの一枚を薫の口に押し付けると、ギュッと新しく眉間に皺が生まれた。虎次郎からも、なにか変な空気が流れる。妙というか。
(えっ)
 なにこれ。混乱して先の会話から膨大な情報量を引き出して思い出して処理するが、全く思い付かない。心当たりが、ない。(えっ)私、なにをしたっけ? それとも、会話を無視した中にあったとか? え、なにかあったっけ? いや、あんなの喧嘩の出汁に使われたとしか。少し考え込む。切り出して、答えてもらった方が早いか。
「いや。喧嘩の出汁に使われているだけじゃないの?」
「どうしたら!! そう見えるんだ!?」
「このッ!! 俺の想像の上を遥かに行く馬鹿だったのか、お前。なにをどうしたらそうと見えるかいってみろ。この馬鹿ッ! 出汁というより別のなにかに決まっているだろ! この馬鹿!!」
「いや、薫。『馬鹿』っていいすぎだって。じゃぁ、なんだっていうの?」
 虎次郎の嘆きや慟哭とも取れる大声のツッコミにも驚いたけど、薫の詰め寄り方も怖い。本当、ちょっと待って。話が飲み込めない。一先ず理由を聞くと、薫が黙る。それから、スッと後ろへ下がった。
 パンパンと服の埃を払い、着物を払う。丁寧に椅子へ座り直すと、コホンと咳払いをした。スッ、と椅子を掴んで距離を縮めてくる。でも膝と膝とはぶつかり合わない。ちょうど拳一つ分が入りそうな距離である。(まるで、バーのカウンターのような)あのときの距離感に近い。薫の袖から扇子が取り出され、口元に当てられる。それで視線を誘導されたら、スッと扇子が下ろされた。薫の目と鉢合う。
「『君はどうしていつも想定外の行動を取るんだ。気になって仕方ない』」
 えっ、と出るのに出てこない。薫の口調と表情が噛み合ってない台詞に、ポカンとする。(えーっと、カーラ?)頼みの薫の愛機に尋ねたいけど、なにも答えてくれない。薫も薫で、今の告白? をした状態からなにも答えてくれない。反応もしてくれない。(えっ、待って?)どう反応したらいいの? これ? わからなくて自分の口を手で塞いでたら、横から「はぁ」と溜息を吐く声が聞こえた。思わず口を手で塞いだ状態で振り向く。虎次郎が呆れていた。
「お前な、薫。そういうの、普通に良いムードを作ってからやるもんだろ」
「うるさい。口を出すな。ナンパゴリラッ! で? 返事はどうなんだ?」
「あー、うん。カーラぁ」
『マスター、作戦を変えた方が無難です』
「なに!?」
「あー、うん。いやぁ、そっちになるかぁ」
「××。お前、薫の作った薫専用のAIだぞ? なにを期待してたんだ」
「なんか、上手いことの言語化。えっ、待って? え?」
「はぁ、やっぱ出し抜くしかないか」
「え、虎次郎までなにをいってるの?」
 ワケわかんない、と視線を投げるが、二人とも掛け合ってくれない。誰か助けてくれ。今まで外野にいた暦たちに助けを求める。目が合ったら、両腕で高くバッテンを作られた。「無理!」「僕たちに求める方が無理があるでしょ」「なんかやってるからやってみた」一人はノリである。そう顔に書いてあった。シャドウは、「まぁ頑張れ」という顔である。マジか。私一人だけで対処しろと。無理では?
 私を前にする男二人に、そう思った。


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