あるイブ後のデパ地下(じょ)

 唐突に時間が開いて、虎次郎が「クリスマスの日になにがしたい?」と聞いてくる。「ケーキを食べたい」といいかけたことで、虎次郎が頭を抱える。どうやら『ケーキ』の単語に反応してのことらしい。ついでに、前日の大盛況と本日をセット。恐らくイブの予約に手一杯で、自分たちのケーキは作っていなかったに違いない。(ちょっとは期待してたんだけど)ない以上、仕方がない。虎次郎だって忙しいし、身体を壊さないでいてくれた方が嬉しい。身長差があるから、簡単に覗き込める。虎次郎の顔のある方へ歩いて、俯く顔を見上げた。
「けど、食べ歩きもしてみたい」
 混乱する顔が、一気に明るくなった。この百面相は、ちょっと面白い。キラキラと目を輝かせる虎次郎に連れられて、バイクの後ろに乗せられる。「寒くない?」と体調を気遣ってくれるので「寒くない」と答える。でも丁寧に自分のマフラーを巻いてくれる。(う、わ)虎次郎の匂いを近くに感じて、少しヤバいかも。でもその気遣いは正解で。流れる風が冷たい。国道を走って暫く。昔からずっとある郷愁溢れる小さな店に辿り着く。そこが虎次郎の目的地らしくって、一緒に降りた。「ここのチキン、作って三日で完売するほどの人気なんだぜ」「へぇ」「十二月の頭からな」「それはすごい」地元からの人気が抜群に高いかもしれない。(知る人ぞ知る、ってヤツなのかなぁ)それか地元のみが知る美味しい料理店。中に入ると、随分と年季が入ってる。ニンニクと一緒にローストされる鶏肉の香りが充満していた。店の奥を見ると、同じく年季の入った専用の機械で、一匹丸ごと同時に六羽、グルグルと回されている。あの垂れた黒い汚れみたいなのは、油汚れによる頑固なこびりつきだろう。それほど、年がら年中回されているというわけだ。「おばちゃん、半分でちょうだい」「あら! アンタみたいな男だったら一羽でもいけるのに!」なんて会話を交わしながら、ローストチキンの丸焼きの半分を購入。「食べきれないだろ?」とウィンクを送られては、頷くしかない。(よく、知っている)頑張っても鶏の腿肉までだ。それから、デパ地下でシュトレンとミートローフとミンスパイ。それと料理に使う食材などをちょいちょい買い足す。
「本当は、全部を作ってあげたかったんだが」
 買ったものの切り分けと保存。シュトレンのつまみ食いに虎次郎にも切った一切れを渡して口に運んで。料理を作る虎次郎の手際と背中を見ていたら、あっという間に出来上がった。(すごい)流石料理人、とでは言い切れないほどの手際である。舌を巻く。シチューにポタージュスープ。こんなの、慣れた人でも一度に出来っこない。
「ごめんな? これしかすぐに出来なくて」
「えっ。これで『すぐ』って、え?」
「本当は、もう少し仕込んだ方が美味しくなったんだが。これで、許してくれる?」
「許すもなにも、あんな短時間で?」
「ちょっとは時間かかった方なんだぜ?」
「料理人の基準でいわないで」
 一般人からしたら普通じゃない、凄い。と続けていったら、虎次郎が困ったように笑う。「ハハッ、そうだな」そこから、スッと安心したような顔になった。向かいの席に座る。虎次郎の手からシャンパンを注がれて、思わずグラスを受け取った。ワイングラスの中で、フツフツと泡が弾ける。私が「甘いのがいい」といったから、甘いのだ。虎次郎も自分のワイングラスにシャンパンを注いだ。
「ここのチキンは学生の頃に食べたことがあるんだけどさ、デパ地下のは中々食べる機会がなくて」
「へぇ。単価高そうだもんね」
「そうそう。だったら商店街に出てるのを食べた方が早いし美味い! って感じでな」
「それはわかる」
 わ、美味い。流石虎次郎。シェフ基準での少し手短に作った料理でも、充分に美味しい。(もっと食べてみたいかも)胃袋で釣られるのは、どうかと思うけど。
「口にする機会がなかったから、正直助かった。自分で選べるとなると、尚更だ」
「へぇ。行ったことも、なかったの?」
「ボード片手に入れないだろ?」
「それもそうだ」
 御尤もである。(『自分で選べると』となると)恐らく、今まで相手した女の子が用意したこともあったんだろうな。パクッとデパ地下で買ったものを口にする。う、うーん。虎次郎のを食べたあとだと、少々見劣りする気が。
「んっ、こういう味付けが流行ってるのか」
「どうだろう。私は虎次郎の作った方が好きかも」
「えっ」
 あ、ミートローフってこんな感じなんだ。固まる虎次郎を余所に、食べ進めた。


<< top >>
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -