あるイブ後のケーキ(ちぇ)

 クリスマスになにがほしい? と聞かれて「ケーキ」と答えたら、薫が「ほう?」と殊勝な顔をする。「欲がないな」といわれても、ケーキを食べる日だという認識がないからだ。恋人たちの過ごす日でないのでは、といえば「はっ?」と返す。それからあれとあれとのいわぬ間に、薫にクリスマスを連れ回された。時計台広場のクリスマスツリーに、イルミネーション。カーラのバイクの後ろに乗せられて、走ること三〇分弱。糸満市のイルミネーションも見る。大型のイルミネーションもあり、すごい。流石場所が農園だけある。大道芸があるらしく、薫が「見るか?」と尋ねてくるけど、そういう気分じゃない。首を横に振る。それで気付いたのか、薫が私の手首を掴んで踵を返した。カーラに乗って、那覇に戻って見つけた美味しそうなケーキ屋さんでケーキを買う。それから薫の家で休んだ。走ったカーラのバイクは丁寧に、メンテナンスを兼用した車庫に入れてある。
 真正面に座って珈琲を飲む薫が、ポツリという。良い豆を焙煎して煎れた珈琲屋のドリップである分、香りがいい。
「お前、もしかして人混みとか苦手だったか?」
「まぁ」
 この発言を聞いて、薫が「しまった」といわんばかりの苦い顔をする。傍目から見ても、わかりやすいほどの渋い顔だ。思わず片手で頭を抑えている。『大丈夫です。マスター』とカーラの言う通り、私は気にしていない。こうして美味しいケーキを一緒に食べれる分、いいのだ。「ありがとう、カーラ」とカーラにお礼をいってから、薫が向き直る。ゴホン、と咳払いをした。視線を迷わせて、ケーキから珈琲へ手を伸ばす。
「その、迷惑だったか? あちこち連れ回して」
「全然。カーラに乗ってるのも楽しいし、行ったことのないところにも行けたから」
「ん? 行ったことがない、だと?」
「県外の人間の行ける範囲は、狭いんだよ?」
「あぁ、本州から来たんだったか。なら、店が開いていればよかったな」
「なにかあるの?」
「ワインが売っていた」
「へぇ。薫の好きなヤツが?」
「それほどでもない。郷土の人間全員が好きであるという可能性はないだろ」
「それもそうだね。でも、色んな景色を眺められて楽しかったよ」
「そうか。それならよかった」
「こうして、ちゃんとケーキを食べれるし」
「そもそも」
 薫、一向に手を付けないな。そのチョコレートケーキ、食べてもいいかな? そう思ってると、薫が珈琲を一口飲み終える。視線だけで、こちらを見上げた。
「どうしてクリスマスの日にケーキを強請る。もっと、高い物があるだろう」
「物欲がないから」
「それで話を終わらせるな」
「もっといえば、物欲がない」
「同じだ」
 うーん、中々引かない。クリスマス限定のケーキは、本当に美味しい。イチゴのソースも天辺のラズベリーも、とても良い。見た目通りの甘酸っぱさだ。スポンジの市販のものと違う。当たり前である。
「じゃぁ」
「あぁ」
「大切な人とケーキを食べて過ごす日、ってのはどう?」
 ほら、でも教会でミサを受けるとかは無しで。あ、薫ってクリスチャンだったっけ? 見た目から的にはないような気がするけど。チラッと薫を見る。すると、珈琲に口を近付けた状態で固まっていた。大きく目を見開いている。蜂蜜色の瞳も縮んで、まるで黒い褐色の水面に映るものを凝視しているようだ。
「薫?」
 聞いてみるけど、反応はない。チラッとカーラを見ると、空気を読んで反応してくれる。『現在、マスターはお休み中です』いや、カーラ。ボケるところが違うよ。薫が入れたの? それとも学習機能で人間の会話から参考にしたものなの? そう考えていると、珈琲を置く音がした。カチャン、と陶器と陶器が重なる。顔の赤い薫が、目を泳がせていた。
「そ、そうか」
「うん」
 なにが動揺するのか。視線を対象に合わさないまま、薫はフォークを取る。泳がす視線の中で、ちゃんと対象を捉えているのか? フォークの切っ先でケーキを切った。その切った切っ先を口に運ぶ。もぐもぐと食べ始めた。
「美味しい?」
「ま、まぁまぁだ」
「お味は?」
「チョコレートケーキ」
「もっと詳しく」
「今はそんな余裕、あるかッ」
 最後は鬱陶しそうに吐き捨ててきた。そうか、桜屋敷も余裕がないときはあると。ケーキをもう一口食べる。もうそろそろで食べ終えてしまいそうだ。譲らない薫に負けて、もう一個買っておいて正解だった。薫の分は、プリンだけである。
 ガジガジと、耳まで真っ赤にした顔で薫がフォークの先を齧る。「みっともないよ」と教えたら、顔の赤いまま「黙れ」といわれた。カーラはなにもいってこない。
 とりあえず薫のペースに合わせて、一旦食べるのを止める。珈琲に手を伸ばし、自分の分を飲む。(うん、やっぱり口直しに合うな)甘酸っぱいラズベリーとイチゴのケーキと一緒に食べたら、よかったかもしれない。薫はまだ食べ進めてはくれなかった。


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