イブのストレスを載せて(+シャドウ)

 とんでもないことになった。虎次郎はイブの日にいちゃつくカップルたちの出汁にされて激怒、薫はイブの特番前のサイン会でいちゃつくカップルたちの出汁にされて激怒。結局薫が帰る前に買ったサンドバッグで「ウィー! ウィッシュア!! メリックリスマス!」と叫びながらばかすか殴ることで解消してた。それをシャドウと一緒に見る。シャドウはモアイの像みたいな顔で引いてるし、私も私で止めるのは無粋だと思う。あぁいうのは、満足するまで放置するのが一番だ。「俺だったら絶対彼女に杜撰な態度は取らないのに!!」「うんうん」「俺を使うな! 自分の言葉で伝えろ!! お前の口はなんのためにある!? 頭の中はスカスカか!?」「うんうん」頭を抱える虎次郎と憤怒する薫の叫びに、一々相槌を入れる。「大変だなぁ、お前ら」とシャドウが口を出せば「だったら! お前はどうだっていうんだよ!?」「どうせそっちも大忙しだった癖に!!」と虎次郎と薫が攻撃の矛先を変える。いうまでもないが、薫の買ってきたサンドバッグはもうボロボロだ。新品の見る影もない。(まぁ、二人ともすごい力で殴ってたからな)人間に例えると、死人か重傷者が出るレベルである。医療費がヤバい。この噛み付きに、シャドウは答える。「そりゃぁ大忙しだったわ!」「まぁ、特に可も不可もなくって感じだ」どうやら、特にないらしい。仕事が大忙しだったことに関しては。嫌になってキリのいいところで切り上げた私と大違いだ。いや、全部済ませたから後は一旦寝かすだけって状態なんだけど。そうしたら、虎次郎と薫が尋ねる。
 ──「へぇ。じゃぁ、店長とはどうなったんだよ?」
 ──「ほう。その店長とやらとなにかあるのか?」
 ニヤリと虎次郎が笑ったところを見るに、シャドウの恋の進捗や惚気を聞きたかったのかもしれない。あわよくば揶揄ってやろう、との魂胆も見えてる。一方薫といえば、純粋な好奇心だ。その『店長』とやらが誰も知らない状態で、なにか変化があったのかと見ている。私も二人の様子からして、なにかあったんだろうと思った。その当の本人であるシャドウは、期待したものと全く真逆のことを口にした。キッと眉を吊り上げて、中指二本を突き立ててシャウトする。
「うっせぇ!! 振られたんだよ! 馬鹿野郎!」
 ──そして現在に至る。
 シャドウはずっと泣いてるし、延々とカウンターに突っ伏している。「どうせ俺には高嶺の花だよ、高いところにある花だよ!」「でも彼氏っぽい人がいた時点で、勝ち目がないじゃねぇか!!」「店長とハグしてたし!」「店長には好きな人がもういたんだよ!」等々と、涙で声がガラガラだ。鼻水もすごそうだし、顔を拭いた方がいいのでは? 虎次郎も虎次郎で胸中を察したのか、静かに「うん」「うん」と頷いてるだけだ。薫はといえば、平静を装うと努めながら静かにワインを飲んでいる。けど、うん。明らかに脂汗を一つ垂らしてるし、飲むペースが不均一だ。動揺していることは明らかである。
 とりあえず、薫に話しかける。
「藪蛇、だったんじゃない?」
「知るか。俺は知らなかったんだ」
「うぅ、お前らはいいよなぁ。望みがあって」
「いや、それはどういう意味で。でも、仕事を辞める気はないんだろ?」
「当たり前だ。いくら店長が好きだ、う、うぅ」
「泣くなって。『相手を好き』なことと『仕事』は別だって考えてるんだろ? なら、良いことだ。立派な大人じゃねぇか」
「うぅうう! ジョー!! やっぱ、お前! 良いヤツだなぁ!!」
「うわっ! こっちに来るんじゃねぇ! 抱き着くな!!」
「カウンター越しなのに?」
「客側が立って身を乗り出せば、触ることはできるだろう」
「なるほど」
 慰めた言葉に感激したシャドウが、感動と感謝のハグをしようとする。宮古島の温泉旅館の夕食で思い出したのか、虎次郎がサッと後ろへ下がった。コーヒーメーカーとカウンター席の距離は空いている。「うぅ、やっぱり俺はダメなヤツなんだ」とシャドウは意気消沈して、席に戻った。ワイングラス片手に俯いている。しめじめと茸が生えそうなほど落ち込んでるシャドウに、どう声をかけたらいいかがわからない。シャドウのタックルがないと見た虎次郎が、落ち着いてカウンター側にきた。ちょっとだけ薫の方に寄って、シャドウを見てる。第二撃も避けるような構えだ。少しだけ、身体も屈める。
「触れてほしくないところに、触れちまったな」
「俺にいうな。俺が原因じゃない」
「お前だって話に乗ってただろ!!」
「あのときはこうなるとは思ってなかったんだ!」
「まぁ、誰だって聞いてなかったんだから仕方ないんじゃない? ほら、シャドウが失礼だなんて」
「てぇんちょぉおお!!」
「それはNGワードだって! 今のシャドウにはNGワードだ!」
「見てわからんのか!? 阿呆!」
「ご、ごめんって」
 まさかこの距離でも届くとは。小声で話しているのに。それとも該当ワードだけ、敏感に聞き取るとか。脳とは不思議なものである。少し、考える。
「そういえば、なんで疲れてる日に呼んだの? 虎次郎も薫も、ヘトヘトなんじゃ?」
「今日一日の、労わり会」
「あんなクソみたいな出来事があった後で寝られるかッ! 気分転換が必要だろう。わからんのか?」
「いや、わかるけど。相変わらず腹の立つ言い方だなぁ」
「ほう? 俺のどこが悪いと?」
「言い方。もう少し柔らかい言葉にして?」
「クソみたいな出来事があった後だと、お前にでも会わないと気が済まん」
「ん、んんっ?」
「俺の前で口説くんじゃねぇよ。薫。喧嘩売ってんのか?」
「いいだろう。逆にやり返してやる!」
「俺のナンパテクを舐めるなよ!?」
「ナンパかぁ」
「あっ!? いや、そうじゃなくて!! えっと、お前しか口説きたくないというかなんというか、あー、その、だな、うん」
「口はヘタレの癖に下半身は素直とくる。最低なゴリラだな」
「嫌な口出ししてんじゃねぇよ! 卑怯眼鏡!!」
「卑怯なのはお前の方だろうがッ!! 横入りゴリラ!」
「なんだと!?」
「とりあえず、手を握りながらだと骨が折れそうなんだけど」
「あっ! ご、ごめんね!?」
「フンッ。これだから筋肉ゴリラは。素直に檻の中に入っておくんだな」
「だったらテメェは一生パソコンの中に引き籠もってろッ! ロボキチ!!」
「ほう? ゴリラがSFものを見るとは思わなかったぞ? 人類の文明を目にして人間様気取りか。類人」
「いい加減にしろよ?」
「そっちこそ、いい加減にしろッ!」
「だから。あの、手」
 折れるんだってば。そう行動で示しても、虎次郎は私の両手を放してくれない。自分の両手で包んだままだ。薫も薫で、怒りがヒートアップしている。ワイングラスを片手に持ったシャドウがこっちを見て、「はぁ」と溜息を吐きながら顔を反らした。
「いいよなぁ。お前らは、本当に」
「いや、どこが? 私、もうすぐで両手の骨がバラバラに粉砕しそうなんですけど? おまんま食い上げの状態になるんだけど? 仕事できなくなるんだけど? おい、ちょ、み」
「俺が××と一緒にいるんだ! お前は引っ込んでろ!!」
「お前なんかに渡せるか! それこそ共倒れになるだろう!? ××は俺といるのが一番だッ!」
「なんだと!?」
「やるか!?」
「とりあえず虎次郎が両手を放せば粉砕骨折から解放されるから、少しだけ離してもらうことはできないかな? ねぇ」
「離さねぇよ!」
「お前はこっちだ!!」
「いや、手の話」
 駄目だ。話が通じねぇ。そろそろ虎次郎の握力で、ボキボキと手が割れそう。ミシミシいう骨がパァンッと粉になりそうである。(いや、どうやって。本当)キレた薫が虎次郎の手首を叩くが、解放されたのは片手だけ。「やんのか!?」「迷惑ゴリラがッ!」それをいったら話の通じない薫も、いや。やめておこう。二人は喧嘩に頭に血が昇って、人の話を聞けない状態にある。片手だけ解放された今、虎次郎の手を引き剥がすのもありだ。それはそれで、この喧嘩の最中を引っ張っての説明が必要となる。必ず虎次郎がショックを受けた顔をするからだ。では、どうすれば? そもそも喧嘩を行う時点で、対戦相手の声は耳を通っている。
(つまり)
 なにかしら衝撃のあるものがいいと。先の会話の流れを顧みるに、これが一番衝撃が強いだろう。何故かわからないけど、動揺を引き出せるにはちょうどいい。二人の口論の流れを見て、ここぞとタイミングで呟いてみた。
「キス、してほしいなぁ」
「ッ!? ぁ、はっ、ぅ、ぁ!?」
 二人して同時に固まった。虎次郎は口をパクパクしながらなにも喋らないし、薫も口を開けた状態で固まっている。双方、面白いほどに顔が真っ赤だ。まるで茹で蛸である。うん、静かになった。相乗効果で、私も照れてしまったわけだけど。これは仕方がない犠牲だ。骨を断って肉を断つ。黙らせるには、これしかなかった。あと、不毛な先の見えない口論の火種を消すためにも。
「いや。そのタイミングでそれいう?」
 シャドウのツッコミは最もだったけど、もうこれ以外にどうすれば楽に早く手っ取り早く終わるかが、思い付かなかった。シンシンと雪の降る音が聞こえる。これはあくまで私の心象風景なだけで、外は晴れだ。夜空が澄み渡っている。秋の肌寒さがあるだけだ。
(来年、どうなるかなぁ)
 それはまだわからない。気が早いけど、年越しの心配をした。


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