ラッシュウィーク駆け込み前電話

Sia la luce≠フ予約は、ラストオーダーの時間ギリギリまで埋め尽くされた。AI書道家桜屋敷薫も、当日のネット配信の特別ゲストから書道パフォーマンスの準備と実演、接待それと空いた時間帯に依頼者とのやり取りと、至るところまでスケジュールが埋め尽くされている。××もまた、新たに案件が一件、また一件と入り込んで締切の過剰債務に追われていた。どの日も全て、聖キリストの誕生前夜、日本人が大いに一番祝う日だ。開いた通話画面で、南城は泣き言を漏らす。桜屋敷もテレビ電話を使っており、××だけは声のみの参戦である。とてもじゃないが、今自分を映し出せるほどの余裕はなかった。
「と、いうわけでクリスマスパーティーは無しだ。ちっくしょぉ、女の子を誘いたかったのに!!」
「ナンパゴリラが一匹撲滅されただけ、まだマシだったな。こっちなんて、朝から夜まで働きっ放しだッ!」
「いいよね。いや、良くないか。こっちなんて一週間前だというのに、まだ一件も終わってないんだよ? ヤバくない? 泣くしかない。ハハッハハ」
「なぁ、大変だったらいっていいんだぞ? なにか手伝えることがあったら」
「いや、いいよ。ありがとう。虎次郎」
「フンッ。ゴリラがいても邪魔になるだけだからな。気持ちはわかる」
「おい」
「そうじゃなくてさぁ」
 はぁ、と静かに電話越しで溜息を吐く。どんなに泣き言をいっても、目の前の現実は変わらない。担当に連絡をして締切を伸ばすかギリギリまで粘るか──。この判断は、南城や桜屋敷にしても程度は変わらなかった。──生活のために店にきた予約を一部断ることもできないし、仕事のためにこれら仕事を蹴るわけにもいかない──。結局、大人としての割り切りが大きかった。××も、全てのタスクをこなす。桜屋敷も、全ての依頼をこなす。南城も、予約に入ったオーダーの全てをこなす。やることは変わらない。
 ××は、パソコンの前に置いた置物を指で弾く。
「なんでクリスマス当日って、こんなに忙しいんだろう」
「知るか。どうせ暇人が多いんだろう。それと、厳密にいえば『イブ』だ」
「日本人にとっちゃ、どちらも変わんねぇだろ。前日に天皇誕生日の休日があるんだぜ? そっちの方がデカい」
「キリスト教徒じゃないからね。あっ、いいのが思い付いた」
「良かったな。くそっ。なににするか」
「そっちはスランプかよ。こっちは当日の仕込みで忙しいぜ。今日の分の仕込みもせにゃならんし」
「あっ、仕事だったんだ」
「御苦労なことだ。ボトルキープを頼む」
「たまにはお前が持ってこいよ!」
「今日もパス。今はとてもじゃないけど出れない」
「なぁ、××。気分転換も必要だと思うな、俺は」
「黙れ。ゴリラ」
「どうしてお前が答えるんだよ! 卑怯眼鏡はすっこんでろ!!」
「気に食わないからに決まっているだろう! 筋肉ダルマ!!」
「なんだと!?」
「飲むなら二人にして。あっ、そういえばSのお知らせはないよね? クリスマス特別イベントとか」
「あ、あぁ。ないぜ? なんでか知らないが、ない」
「あの愛抱夢のことだから、やりそうなものだと思うが。なにせ、あの頃の愛抱夢は真っ先に爆竹を投げ込んでいた。政治家の事務所の敷地にだぞ? あんなことをやれるのは、愛抱夢しかいない」
「なんか、色々と愛抱夢の苦労と背景を察した」
「にしても、あの後なぜか怒られなかったよな? 政治家だぜ? 絶対身元を特定して訴訟とか起こしそうだろう?」
「律儀に脅迫も込めたりして。結構、怒らすと怖いというか面倒だよ」
「フンッ。俺たちの滑りに向こうが付いていけなかっただけか、ただの頓馬というだけだろう」
「そうかねぇ」
「当時の政治家に聞かないとわからないことだね。あっ、詰んだ」
「そうか? 俺は今思い付いたところだぞ。フフンッ」
「そーかよ。とりあえずイブに集まるのは無しにして、翌日に回すか? 二十五だと、まだ余裕がある」
「筋肉ゴリラに賛同するのは癪だが、賛成だ。流石に、カーラのメンテナンスをして寝たい」
「最近滑れてないからなぁ。愛抱夢サンタがビーフでプレゼントしてくれないかな」
 またしても××から溜息が出る。筆が乗り始めた桜屋敷と反対に、××の手が止まる。スケーターの血が疼く××に、南城は軽く笑った。思ったことを、そのまま××に告げる。
「だったら、愛抱夢に頼んでみたらどうだ? 多分、聞いてくれるんじゃないのか?」
「えー。そうかなぁ、きっとド派手なことになりそうだよ?」
「ん? 愛抱夢がどうした。先に滑るのは俺だぞ!?」
「お前はすっ込んでろ! そもそも、愛抱夢に負けてたじゃねぇか! 次は俺が滑る」
「あー、勝負する順」
「新人《ルーキー》に負けた負け犬ゴリラがほざくな。俺が愛抱夢にリベンジマッチをするのが、当然の権利だろう!」
「阿呆かッ! 当然の権利、じゃねぇよ! 卑怯眼鏡!! まぁたフルスイング・キッスを喰らったら、どうするつもりなんだよ?」
「当然! 真正面から叩き割るに決まっているだろうが阿呆か」
「あぁ!?」
「うーん、当然当然、とうせんぼう? と」
「頭突きよりマッスルが一番だろ! 常識的に考えて、筋肉が一番強い」
「ならご自慢の無駄に鍛えた筋肉で愛抱夢のボードを叩き割るとでもいうのか? 原始人!」
「頭突きで割ろうとした眼鏡にいわれたくねぇなぁ!? この貧弱モヤシロボキチ!」
「なんだと!? 類人が人間様の言葉を喋るなッ!」
「お前こそ人間の言葉で喋れよなぁ! ロボキチ!!」
「あっ! これだとでき、いや。どうだろう。できないか」
「すかたん!」
「ボケナス!」
「おたんこなす!」
「ぼんくら!!」
「蔵、いや倉庫だと調べる手間はないかなぁ。うーん、どうしよう」
 ××は捻出に呻き、桜屋敷は筆を止めて南城と口論を始める。書き始めたものの、どうも違うように感じたのだ。南城も南城で、一旦仕込む手を止めて桜屋敷と喧嘩を続ける。
 延々と通話代が計上される。××が寝落ちするまで、ずっと続いた。


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