S君のファンを休みます。(匿名の場での投稿)

 ちょっと呟かせてね。特定ぼかすためにS君と仮名するけど、高校の頃からずっと片思いをしていた。ちょっと特定するかもしれないけど、今では有名な書道家になっている。私とS君の接点はなく、ただ遠くからS君を見つめていただけだ。高校に入ってからちょっとヤンキー入り始めて、耳とか口にバンバンピアスを入れて先生からよく指導を受けられていた。そんなS君を、当時の私は「周りと掛け離れていてカッコイイ!」と思っていたのだ。群れない一匹狼的な。でも実際には他に友達がいて、Nという男子とよく喧嘩をしていた。噂によると、小学校の頃からずっとらしい。そういうところもいいな、と思ったのだ。あるときから落ち込んで、高校を卒業すると同時に音沙汰もなくなった。そこから数年して、卒業後のS君の様子を知ったのは、ネットの記事。『あの有名な××書道家に密着インタビュー!』で、雑誌に掲載されてた一部を載せてたヤツ。そこで、S君がヤンキーをやめて書道家になっていることを知った。「わぁ、好きな人がこんなことをしている」「テレビの人になったんだ」って。消えたピアスの痕を見ると、S君がすごい猫かぶりをしていることを知った。なんていうか、一方的に好きを拗らせ続けると、知らない部分を無理矢理自分の知ってることでこじつけようとする。かくいう私も、S君が持ってるAIを「書くために開発したんだ。すごいな」とかS君の取った賞を「流石S君。S君ならやれると信じてたよ」と一方的に思っていた。それがそうだって根拠付ける説明もないのに。S君と直接話す機会もなかったから、私の拗らせは段々加速して「S君を理解できるのは私しかいない!」「S君を遠くから見守らなくちゃ」と思って検索をかけ続けた結果、S君の裏ファン的なものに入った。S君は裏の活動的なものをしているのらしい。そこからS君の裏の活動を見に行ったら、高校の頃にグレていたS君がそこにいた。「ヤンチャなS君、そこにいたんだ」「嬉しい」「もっと近くで応援したい」の気持ちがますます増えて、アカウントも作った。そこでS君が好きな者同士で今日のS君はどうだったかと話し合ったり、今日のS君も素敵だったなと共有して楽しかった。S君は皆の共有物である。誰からも独り占めされないし、Nが隣にいても揺るぎなかった。だって、NはS君と同性で絶対付き合うなんてことをしないからだ。でも、あれを見て違うということを突き付けられてしまったのである。結論から先に話すと、S君だって女と話すことがあるということだ。

 あれは本当にたまたまで、あるカフェに入ってお茶をしていたときのことだ。SNSにアップする写真を撮っていると、表の顔でS君が来店してきたのだ。「あっ、ヤバい」と私はそのとき思って、咄嗟に顔を隠した。小さく体を縮めたけど、S君が気付く様子はない。というより、隣にいた女性を気にしていたようだ。どこの席に座るか、との話をしていた。それに女性が窓際と簡潔に答えていた。これにS君はなにもいわない。チラッとS君の隣にいた女を見ると「S君って面食いなのかな」と思った。S君も美形だし、隣に立つ女もそれなりが良いってのはわかる。けれどS君の服装と違って、その女性の服装はかなりラフなものだった。身なりが貧乏臭いとかじゃなくて、雑誌のモデルみたいな服装ではないということだった。普段着だろうけど、あれでS君の隣に立つのはどうなんだろう? バレないように様子を見続けるけど、S君は一向に私に気付かなかった。その女性と喋り続ける。
「この店は、これがうまいと聞いた」
「へぇ。K(※S君の下の名前だ)も調べてるんだ」
「当然だろう。下調べをするなど、常識中も常識だ」
「はいはい」
 まるでNに対する態度を取るS君にビックリしたけど、それを冷たくあしらう女性にもビックリした。しかも、おい××なんて拗ねたように呼ぶのだ。そんな声も、Nに対しては一切出したこともない。S君の裏の活動や顔においても、一切出てこなかった声だ。それをあの女性は冷たくあしらって、なに食べようかを決めている。
「ちゃんと俺の話を聞け」
「聞いてるよ。それで? 最近の調子はどう?」
「そこから話が飛ぶな! 俺は今、この店について話をしているんだぞ」
「知ってる」
「なら、この店について話をするのが鉄板だろうが」
「それはKの中だけでは、だけどね」
「ムッ」
 そうムスッとした顔も、Nの前でも滅多にない。どうして、その女の前でそんな顔をするのかがわからない。Nの前よりもよっぽど多い。ムッとするS君に、女は立て続けにいった。
「そういうのは、料理が来てからでもよくない?」
「それは、そうだが」
「ヘイ、カーラ。今日の天気は?」
「おい。勝手にカーラを使うな」
 まるでいつものやり取りだといわんばかりに会話が続く。なぜいつものやり取りかと思ったのについては、Nとの喧嘩を参考にしたからだ。S君はNとの喧嘩でも微動だにしないときはしなかった。それを、今あの女の前でもしている。ちょっと待って? もしかして、S君はあの女と付き合ってるの? 私は混乱した。けれどよくよく様子を見ると、どうやらそうではないらしい。私は追加でカフェオレを注文した。
「そういえば、Kの作品見たよ。今回のも良かったね」
「あ、あぁ」
 スポンサー的な人だろうか? それにしても、S君の様子が違う。テレビや雑誌における穏和な感じじゃなくて、動揺。S君の動揺が出ていた。嘘でしょ? と思って少し顔を向けると、S君の白い肌に赤みが出ていた。そんなわけない、と頭の中で出る。でも目を泳がすS君は、私にそうだと絶対を告げていた。

 S君は片思いをしているのだ、とそのときに知った。

 そこから私の思い込みは全て思い込みで、そのどれもがに事実は一変足りともないとも知った。S君とまともに会話したことがないから、当然である。挨拶もしたこともない。S君とすれ違うようなものなら、隠れる。S君の視界に一切入ったこともないから、当然認知もされない。私はただの、一般人だ。S君の特別でもなんでもない。あの女のように、S君と対等に話そうとする努力もしなかった。いや、あの女が努力をしているかどうかは知らないけど。

 こうしたことを知ってから、S君を見るのが辛くなった。胸の辺りがギュウっと締め付けられて、「あの女しかS君のあんな顔を知らないんだ」「S君の特別はあの女だけなんだ」ということを突き付けられる。それがどうしても、苦しかったのだ。

 だから、しばらくはこのアカウントを休止しようと思う。もしS君を応援できるようになったら、このアカウントを復活させようと思う。相互になってくれたフォロワー、その他のフォロワー、今まで付き合ってくれてありがとう。私は忘れないよ。


 * * * 

 と、ここまで書いて該当アカウントの持ち主は気付く。「あ、人名を暈すのを忘れていた」と。このまま投稿をしてもいいが、昨今の情勢。下手に名前を出すと名誉棄損で訴えられる恐れもある。SNSを上手に使うには、下手な炎上を避けた方が楽だ。ポチポチと人名を適当なイニシャルに直す。「××」はA≠ノ「カーラ」はC≠セとバレるので一つズラしたD≠ノ。アカウントの持ち主はSとN──桜屋敷と南城以外に特別な意識を持たないので、雑な扱いになっていた。高校のときから一方的に知る二人以外に、興味ないのである。桜屋敷を信仰するように特別な意識を抱いていた、というのは事実であるが。いうなれば、アイドルを信奉するようなものだ。桜屋敷を信奉する面において、金銭的な労力は殆どない。あるとすれば、衣装や化粧代、交通費やSNSや動画を視聴するなどの通信費である。芸能界のような入会費や年会費というものは存在しなかった。
 そしてここまで行くと、アイドルの結婚報告を受けてファン引退を宣言するような一方的な当てつけである。これを該当アカウントの持ち主は気付かない。本人の目に入る可能性も考えず、自己憐憫の情で書いたものを見直す。これで、フォロワーがどれだけ自分が傷付いて辞めるに至ったかを察してくれるだろう。それで戻ったら、喜んで温かく迎えてくれるはずだ。
 そう身近な相互のみを考えて、広大な人口の目に触れられる公開アカウントで思いの丈を放出した。リンク付きの呟きに、賛同のマークが一つ付く。一つ二つと、これは相互だ。拡散するマークに灯りが付いたとき、瞬く間に情報が他人のホームへと流れ続けた。一つ、また一つと書き手の思いも寄らないところまで放流する。インターネットの拡散は、書き手の思いを余所に魚拓も付けて拡散を続けていった。げに恐ろしや。これぞインターネットの怪談話である。


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