すかさず喧嘩/隙を見せず喧嘩

 動けるときに、近くのスポットで滑ってみる。仕事を進めつつ、打ち合わせなどはチャットかリモートで。そうして過ごしていると、メッセージが一件入る。虎次郎からだ。『たまには食べに来いよ』とだけ簡潔に入っている。(そういえば、Sにもめっきり顔を出していないな)そこまで体調は回復していない。『もう少し良くなったら』と返し、虎次郎が『倒れないうちに来るんだ』と断定系で返す。この様子だと、奢りは確定らしい。「でも、悪いし」との言葉を呑み込み、××は考える。(料理のこと、まだ伝えてないしなぁ)直接感想を伝えていない。食べたあとの感想も礼も伝えてないのだ。その点を考えて、××は返す。
『近いうちに』
 近日中といったら近日中なのだ。快調に向かう目安が不明確なまま、具体的な日程を決めることはできない。「なら、近いうちに来てくれ」虎次郎は念を押す。「わかったよ」と××は送ってから文面がぶっきらぼうなことに気付き、お茶を濁すためにスタンプを送った。画像のみで表示できるのは、真に便利なものである。時間だけが過ぎ、具合が悪いながらも仕事は進む。(お腹空いた。たまには会いに行くか)そう思って気合いを入れたあと、××は出掛ける準備をした。──滑っていると、なにも考えなくて済む──。向かい風は現実だし、硬いウィールがコンクリートを削る音も本物だ。下からの振動も寝惚けた錯覚ではなく、滑る現実に合わせて起こっている。静かに噛み締めて、休店のSia la luce≠ノ着く。使ったボードを脇に抱えてドアノブを捻ると、開いた。「お邪魔しまーす」といって中に入れば、店内の灯りが付いていた。「おっ、来た来た」「遅いぞ」「薫もいたなんて、聞いてなかったから」「あ?」「薫がいたら、早く来てたって?」「特に変わらないと思うよ」「フンッ」「自覚してるならいうなッ! 狸眼鏡」「なんだと?」ギロリと薫が虎次郎のぼやきを睨んでから喧嘩が始まる。このスカタン!」「ボケナス!」「おたんこなす!!」「アホンダラ!」と小学校低学年みたいな罵り合いが続く。その間に××はメニューを開いて、久々のラインナップを眺めた。
「あぁ、そうそう」
 思い出したように薫がニヤリと笑う。××に顔を向けると、虎次郎を指差しながらいった。
「コイツ、昔女に振られて顔に紅葉マークを作ったことがあるぞ」
「昔のことを出すなッ!! そもそも『振られた』んじゃなくて、宥めている最中に、だッ!!」
「どっちも同じだろうが!」
「同じじゃねぇよ!!」
「同じだッ!」
「同じじゃねぇ!」
「それをどうしていったの?」
「お前だけ知らないのは不公平だろう」
「だからって人の黒歴史を掘り返すなッ!!」
「く、黒歴史なんだ。って、なんでそうなるの?」
「はぁ?」
 突然の反撃に使われた××の問いに、薫はふんぞり返る。腕を組んだ状態のまま、××を見下ろした。直立したときの身長差と喉を反らしている分、顎の下が見える。
「この馬鹿ゴリラの反論に使えるだろう」
「それはそうだけど」
「って、同意するなッ!!」
「だからって、なんで他人の異性関係を」
「腹が立ったからだ」
「立ったから、って。それはプライベートの部分」
「このゴリラにプライベートもクソもないだろ」
「あるの」
「えっ。××、もしかして」
「普通にいってるだけだからね!? 薫はともかく、そう人に知られて嬉しいことじゃないでしょ?」
「は? 待ってくれ。今、なんて、はっ? どうしてこのモヤシは例外なんだよ!?」
「あれ? お互い包み隠さず話す仲なんじゃぁ」
「そこまで話さねぇよ!? 幼馴染といっても、話さないこともあるんだぜ?」
「そうなんだ」
「当たり前だろう。どうしてこのゴリラにそこまでいわなきゃならんのだ。あほらしい」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ」
「ほう? だったら自分の身体に刻んでおけ!」
「誰が刻むかッ!! お前だって女に振られた癖に!」
「それは昔のことだ!!」
「そもそも、どうして急に異性関係のことを持ち出したの? さっきまで喧嘩してた癖に」
「それは」
 眉間に皺を寄せ、眉を吊り上げた状態で薫がいう。虎次郎を指した途端、指された本人がギョッとした。用意したビスコッティを慌てて数本掴み、早急に薫の口に突っ込む。乱暴に渡された薫は、ギロリと虎次郎を睨んだ。
「ひゃんふぁ」
「お前が余計なことをいおうとしたからだろ!!」
「んっ、だからって食い物をこのように渡すヤツがいるか!? ド阿呆!」
「お前が変なことをいわなければ、やるつもりもなかったよ!」
「なんだと!?」
「いった通りだッ!!」
「ビスコッティ、こんなに余ってたんだ」
「いやっ、違くて! 作ってたというか」
 薫から視線を外して、××へ慌てて言い繕うこと暫し。ジッと××を見つめ始めた。その視線と紅潮した頬に、××は軽く引く。「な、なに?」相手がこれへ嫌悪感を抱いていることを知り、虎次郎は一歩退く。「い、いや」迂闊な発言をしかける口を自分の手で塞ぎ、両目を閉じる。相手へこれ以上、その目で見ないと約束した。
「その、なんでもないから気にしないでくれ」
「そう。なら、気にしないでおくけど」
「おい。××、気を付けろ。コイツは女癖が悪いぞ」
「一々しゃしゃり出てくるなッ! この陰険モヤシ!!」
「あ!? なにかいったか!? この女タラシッ!」
「女癖が悪いというより、女の子をナンパする癖があるんじゃぁ」
「どっちにしたって同じだろう」
「同じには、同じに聞こえるけどね?」
「おい!? ××のお望みとあれば、やらないんだぜ?」
「いつもは、息をするようにしてるのに?」
「こういうのは性根から変わらんのだろう」
「変われるわッ!! あー、くそ。この流れじゃ、なにをいっても信じてもらえねぇ。くそっ」
「そうだね」
「身から出た錆だな」
「お前のせいだろ! 馬鹿薫ッ!!」
「俺のせいとはなんだ! 俺のせいとは!? お前の日頃の行いでそうなったことに、なんの間違いがある」
「それはそうだがなぁ! だからって、言い方というタイミングってもんがあるだろ!?」
「クリティカルヒット、と」
「フンッ。この勝負、俺の勝ちだな!!」
「なんでもかんでも勝負に結び付けてんじゃねぇよ! 馬鹿薫ッ!!」
 ドンッ! と虎次郎がカウンターのトップを叩いた。それに釣られて、カウンターのテーブルも揺れる。××は動じず、薫は勝利を確信して喜んでいる。××の誤解と事を引き起こした当人との話がズレることに頭を抱える虎次郎の呻きを、敗北したことによるものだと捉えていた。
 薫は自信満々のままいう。
「どうする? もう一勝負、行くか?」
「××を巻き込まない方でなからな!」
「あっ。受けるんだ」
「このまま引き下がれるかッ!」
「いいだろう。なら、勝負の内容はこれだ!!」
 カッと目を開いて、薫が勝負の方法を告げる。また起こる喧噪を聞きながら、××は「元気だなぁ」と思った。ページを捲っては、また戻す。ボーッと、なに食べるか考えた。


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