雨の日なのにできない

 高気圧が低気圧を押し退けることで高い気温が生まれ、温度差で雨雲が大量に発生する。風も酷く、雷もなった。ぼんやりと深夜に降る雨を見ながら、××は思う。(明日、スケボーできないなぁ)明日やろう! とそういう気分だったのにできない。屋内にやるにしても、充分な広さがあるかどうか。予定を立て直し、××はメッセージを送った。桜屋敷宛である。『薫、明日暇?』十数秒後『暇じゃない』と返る。手打ちかカーラか──いや、カーラだと敬語になるだろう。あの最先端のAIは、誰にだって敬語を使う。薫より年下であっても──と思い直し、××は続きを打つ。
『明日雨じゃん?』
『おい。話を聞いていたか』
『滑れないから暇で』
 そう返せば、一拍の間が置かれる。どうやら考えているようだ。そう考察し、××は仕事の続きに取り掛かる。新しい案件だ。期限は決まってないが、早めに取り掛かった方がいい。向こうも色々とあるのだから、打ち合わせが早めにできるようになるといい。案を練っていると、桜屋敷から返事が返る。
『そうだな』
『だから、虎次郎の店で暇を潰そうと思って』
『ほう』
『どうだろう。店の準備期間を使って。休みだとどうなんだろう?』
『待ってろ。今聞いてくる』
(あっ、意外と仲良い)
 そういうやり取りをできるほどなのか、と感心する。伝達にも喧嘩を介すると考えていたからだ。(多分、数行で纏めて質問をしてくれるかな?)最先端AIであるカーラの手を借りれば、会話の要約は容易い。さらに速く終わる。のんびりと構えて、待つこと十数分。××の朧げな不安が輪郭を得るよりも先に、桜屋敷の返信がきた。鳴った着信にスリープモードを解除し、通知を確認する。タップし鍵を開いたあと、詳細な返事を見た。
『いいそうだ』
 こうして南城の店へ行く約束が決まり、十数分の間があったことを聞くタイミングがなくなる。『わかった。ありがとう』と××は文字で送ってから、感謝を伝えるスタンプを添えた。桜屋敷から、スタンプの返事はない。(まぁ、そういうキャラじゃないもんね)例えするにしても、そういう柄じゃないだろう。使うとしたら、激怒スタンプだ。そうこう考えながら睡眠をし、朝を迎えて日課と仕事の続きを一段落進めてから、出掛ける準備をした。傘を差す。外はすっかり、土砂降りの雨だった。
「ったく。聞くなら俺にも聞けよな」
「ごめんって。虎次郎の場合だと、スムーズに決まりそうだったから」
「そりゃぁ、××のためなら時間を作るぜ? なにがあってもだ。でも、だからといってなぁ」
 ギロリ、と南城が桜屋敷を睨む。訪れたSia la luce≠ナ出迎えたのは、不機嫌そうな南城だった。××を見ても「よぉ」とぶっきらぼうな口調である。流石に女好きのナンパ野郎でも我慢できないことであった。(俺より、薫の方を選びやがって!)そんな拗ねた感情が、胸中を大きく占める。土砂降りの中を車で迎えにきた桜屋敷は、勝ち誇った顔で南城を見ていた。腕を組み、ふんぞり返りながら口を出す。
「日頃の行いというヤツだな」
「なんだと!? ロボキチ!」
「それをいったら、薫の方じゃない? 一番断られそうだから、先に連絡を取ったって話」
「なに!?」
「ほれ見ろ! いった通りだ!!」
「それをいったらそっちもだろう! 脳筋!!」
「俺はいいんだよ! 俺は!! 確かな信頼を築いてるからなぁ。俺だと絶対に断らないって期待がな!」
「あ? 寝言をいうな!! ボケナス!」
「寝言じゃねぇよ! すかたんっ!」
「阿呆ゴリラ!!」
「陰湿眼鏡ッ!!」
「とりあえず、珈琲貰っていい? 薫もなににする? シェフのおすすめ?」
「受けて立とう! 下手なもん出してきたら、散々扱き下ろしてやる!!」
「舐めんじゃねぇぞ!! この横着眼鏡! シェフである以上、文句もいわせねぇもんを出してやるよ!」
(前は激辛パスタを出してきたというのに)
 そう思うものの、さらに火蓋が切られるのは目に見えている。「例えそれが出されたとしても、俺は既に制覇済みだッ!」「この!! ケツから火ぃ噴いちまえ!」「なんだと!?」「やるか!?」「望むところだッ!!」と肉弾戦か別の勝負へと引き継ぐ。目に見えてるからこそ、いわなかった。出された水を飲む。お冷だ。食べに来た以上、放っておくほど南城という男は冷たくできなかった。桜屋敷が同時に頭突きをし合った状態のまま、南城を睨んでいう。
「ナポリタンだ。また前みたいなヤツを出してみろ。お前の前で完食してやる!!」
「だったら本場のアラビアータ出してお前の頬を落としてやるよ! この陰湿眼鏡!!」
「ほう? 期待だけは、しておいてやろう」
「首を洗って待っていやがれ!」
 ヒクヒクと口角を引き攣らせて上げる桜屋敷とは反対に、南城は眉も目尻を釣り上げての対応だ。それほど料理人の風上にも置けなかったらしい。(これは、今口出すのは危ないかな)『本場』と名が付く以上、××も気になる。どうしても食べたい。「フンッ!」と互いに顔を反らして、一旦喧嘩を中断した。腹の虫は収まらない。しかしこれ以上続けても、埒が明かないことは知っている。決着を付けるなら、口論で出たやり方で勝敗を付けた方が早い。相手をギャフンと言わせた方が勝ちなのだ。
 ふと、メニュー片手におどおどしている××に気付く。(しまった)桜屋敷との喧嘩で見落としていた。きっと今ので不安になったに違いない。なるべく南城は優しい声色と表情で、××に話しかけた。
「ごめんね、置いてけぼりにして。なにか話したいことがあったんだよね? そんな悲しい顔にさせちゃって、ごめんね? 俺のこと、許してくれるかな? ガッティーナ」
「うん。今だけ虎次郎の女タラシの顔に救われた」
「なに!?」
「えっ、は? そ、それはどういう──いや、聞くのは無粋か? で、でも。聞くだけなら、いいよね?」
「どうしよう。料理のことで聞きたかっただけなのに」
 まさか、こうなるなんて。変わった場の流れに、三人とも困惑する。内心焦燥した。言葉も出ず焦る彼らとは反対に、外の雨はザァザァと降りしきる。大量の雨粒が空から地面へ叩き付けられる。それとは反対に、互いに腹が読めず、三者ともちっとも動けずにいた。ちっぽけな取っ掛かりにすら、気付かないのである。


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