背後からギュッとする(ちぇ)

(私だって、たまには甘えたい)
 薫ばかりズルい、とは少し思ってしまう。さりとて下手にいっては言い合いになる。(いや、あの掛け合いも楽しいのだけれど)今はそういう気分じゃない。ジッと薫の背中を見る。休みの日だというのに、カーラの相手ばかりだ。(いや、メンテナンスの重要性もわかる。アップデートのも)だからといって、こうも放っておかれてはやる瀬がない。カーラが起動してないのを見て、薫に近付く。カーラの細部に纏わるメンテナンス中は、どうしてもAIの動きを停止せざるを得ない。薫の背後を取って、思いっ切り抱き着いた。
「なんだ。鬱陶しい」
「手で払うことなんて、ないじゃない? 薫ばっかり、ズルいと思う」
「俺が? フンッ、どうしてそうなる。カーラに嫉妬するのなら話はわかるが」
(自覚はあるんだ)
 とはいえ、黙っている分には癪である。どうにか気持ちを伝えたい。なるべく言葉を柔らかくして「自覚はしてるんだね」と伝えた。それに薫は、またしても鼻であしらう。フンッとそっぽを向いた。
「そういうので愛想を尽かした女を見てきたからな」
(あっ)
 いたのか、と思うと同時に胸がズキンと痛くなる。カーラ一筋だからいないと思ったけど、いたんだ。少し気落ちしてしまう。(昔の彼女とか、どういう人だったんだろう)どこが違って、なんで私を選んだのか。ギュッと薫の首にしがみついて、身体を擦りつけてしまう。しまった、頬ずりのようにするだけだったのに。
「付き合ってる人、いたんだ」
 ポツリと落ち込んだような声も出てしまう。ピクッと薫は身体を跳ねたてから固まったままだし、キーボードを打つ手も止まっている。悪手だったんじゃないのか。そう後悔してしまう。ギュッと薫にしがみ付く力を強めてしまった。(カーラのメンテナンス、進んでない)どこで離れよう。機会を伺っていると、薫がポツリと呟いた。「まぁな」肯定はするんだ、とどこかで落ち込んでしまう。
「ふーん」
「な、なんだ。文句があるなら、素直にいえばいいだろう。素直に!」
「そう強調しなくても。いや、いいじゃん」
 たまには、と出かけた言葉を呑み込む。薫の髪に顔を擦りつけてしまったし、これじゃ未練タラタラじゃないか。別に、今すぐ別れ話を切り出すわけじゃないけど。「おい、××」そう不安そうに名前を呼ぶものだから、素直に説明するしかない。はぁ、と溜息が出る。気乗りしない話題に目を開けると、あたふたする薫の目と合った。口は相変わらずへの字だけど、眉は下がっている。瞳は正直とは、本当このことだ。
 薫がなにもいわないから、コテンと凭れかかる。
「付き合ってた理由とか、聞いてもいい?」
「当然だろう。なにを聞きたいんだ」
「付き合ってたの、どういう理由で?」
「向こうから俺を口説きに来ていた。断るのも面倒だったから、好きに受け流していただけだ」
「受け流して、それ?」
「『付き合う』の体裁に収まっただけだ。その間に俺を本気にさせると意気込んではいた」
「ふぅん。薫を落とすんだ」
 視線を下げたら、もの言いたげな薫の口が目に入る。パカッと開いたあと、気難しそうにふにふにと口を閉じた。きっと、いつものように「なんだ」「いいたいことがあるならいってみろ」と強く言い出したかったんだろう。けれど私の落ち込み様を見て、いうのも憚ったと。(薫も、そういう気遣いできるんだ)少し意外。ギュッと身体を密着させても、なにもいわない。視線を逸らしてから、ジッと私を見上げた。
「じゃぁ、こうしてくっ付いたりとかしてきたんだ」
「あぁ、といっても」
「私にしたみたいに、払い除けたり?」
 それで例題を出すと、薫がジッと黙る。暫く私を見続けると、苦い顔で「あぁ」と答えた。肯定している。「しつこく纏わりついた」とも返してきた。
「それで?」
「無視したら自然消滅か、そのあとゲイだとか同性愛だとか性格悪いとかの噂を流された」
「うわっ、それって差別的じゃん。なんというか、その、ご愁傷様」
「フンッ。だから大学以降、そういった輩とは積極的に関わらんようにしている」
「あ、そうなんだ」
(つまり、私だけが特例と)
 いや例外か? 安心して腕を離そうとしたら、薫が手を添えてくる。目が合うと、不服そうだ。そっと離した距離を戻すと、薫の機嫌が戻る。プイッと前を向かない。私と目が合ったままだ。
「行くな。このままでいろ」
「なら、甘えているけど。カーラ、メンテナンス大丈夫?」
「あぁ。今日は休みだからな」
 休みだから、時間はあると。薫のお言葉に甘えて、身体を擦りつける。特に嫌がらない。頭に頬を寄せても、特に文句もいってこない。
「スケボーは?」
 そもそも、その時間も要るだろうに。それを捨てて、この時間に充てるとか? どうなんだろう。薫は顔色一つ変えない。
「時間を見つけてやる。当然だろう」
「あ、そうだね」
「で、お前も来るか? どうする」
 その提案に、ちょっと悩む。魅惑的だけど、今を大切にしたい。それに、カーラがまだだ。ギュッと薫に抱き着く。
「ん、まだもう少しだけ」
「そうか」
 プイっと薫が顔を戻す。正面に顔を戻した薫に抱き着きを続けたら、ガバッと振り返られた。眼鏡が曇って、わからない。ガバッと私を剥がすと、正面から抱き締めてきた。そのまま頭を抱えられて、胸の中に収められる。
(えーっと、その、うん)
 離さんとばかりに抱き締める力が強い。まぁ、薫が満足したらすぐパッと離すんだろう。なんとなくオチは読めた。けど、もう暫くだけいたいと思った。


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