子どもみたいに拗ね続ける(ちぇ)

 大抵、朝の十一時を過ぎた辺りに薫から連絡が入る。たまに昼過ぎに入ることも。そのときは大抵、ちょっとした時間だけ一緒に休憩しないか? とのお誘いである。その『大抵』と『大抵』が外れたときが、生存確認というヤツで。ただの調子を確認するものだ。今回は、どちらも外れなかったパターンである。午後三時過ぎ、薫の書庵で待ち合わせて食事に行く。場所は大抵、やむちん通りのカフェだ。たまに、他のところ。白い泡だけど甘くはなく、お茶請けの甘さにあう苦さだ。先にお菓子を食べてから飲むのが作法らしい。日本の茶道と似た感じだ、と薫に教えてもらった。そのお茶を飲む。飲んだ先から、白い泡が口の上に付いた。
「うーん、どう足掻いても付く」
「慣れていないと、そうなる」
「そうなんだ」
 お茶と一緒に飲むようにすればいい、と聞くが、やはり泡は泡で楽しんでみたい。それを諦めるべきだろうか? と思いつつ、茶菓子をもう一口切る。「薫はこのあと、仕事? だよね」「あぁ」「息抜きにお金を使うね」「それをいったら、お前もだろう」「それもそうだね」ちんすこうを齧る。茶碗に立てた一杯と御茶菓子で千円。意外と高い。パフェを頼んだ方が、まだお釣りがくる。薫も薫で、かき氷のぜんざいを頼んでいた。もう一口飲む。「落花生の粉を振りかけると、泡が沈むね」「まぁな」「最近忙しい?」「まぁまぁだ」「カーラ」『最近は忙しいです』「おい。勝手にカーラを使うな」「ありがとう、カーラ」やはりカーラは素直である。お茶菓子を一口に切って、もう一口食べた。ふと気付く。
「そういえば、薫ってカーラの手伝いがあるんだよね?」
「あ? なににだ」
「月末締めとか、経営とか色々。企業とかお得意さんとのやり取りも」
「当たり前だ。カーラのおかげで、随分楽になっている」
『お褒めに預かり光栄です。マスター』
「いいんだ、カーラ。君のおかげなのは間違いないからね」
(うーん、デレデレだ)
 カーラにだけは優しい。少なくとも声色は、だ。どこからどう見ても、カーラに首ったけである。(人間に対しては──)いや、あれを一緒にするのはいけないだろう。あれは営業スマイル、猫かぶり。こっちは素で本音だ。カーラにだけ、『好き』を全面的にアピールしている。(愛情を注ぐ相手、か)前に見た仮説を思い出した。多分、カーラもそうなんだろう。泡を舐めると、ふと閃く。そうなると、一人でやっている虎次郎は大変なのではないか?
(カーラで済むことを、全部一人でやっているようなものだし)
 私みたいに、他人に任せているわけではない。そう考えると、オーナーシェフの大変さが、少し察する。「どうした」と薫が聞くので、思ったことを吐き出す。
「カーラがいたら、ってことは、いないと大変なんだよね?」
「当然だ。AIを組み立てて、自動的に処理することは可能だが」
「いいなぁ、それ。つまり、機械の手も借りないと大変ってことでしょ?」
「くどい。それがどうした」
「いや、それだと店を経営している虎次郎がすごいなって」
 あっ、ピシリと固まった。けれど途中で止まると誤解しそうなので、最後までちゃんという。
「一人でそういうことをしているし、同時にメニューの開発や研究もしている。それって、凄くない?」
 意見を求めたら、薫がポカンと口を開けた。身体は固まったままだ。指からスプーンが落ちそうになっている。「薫も、そうじゃない?」恐る恐る催促したら、「そんなわけないだろ」との罵倒も出てこない。否定すらしてこない。『暫くお待ちください』とカーラが案内するだけだ。本当、カーラって便利。切れた泡を見て、お茶を点てるヤツで泡を立てる。ぐいっと一口飲んでから、話を変えた。
「それ、一口貰っても?」
「やらん」
「カーラも」
「絶対に渡すものかッ!!」
「正気に戻った?」
 そう立て続けに尋ねると、グッと黙る。どうやらダメらしい。ポツン、と寂しそうに薫が俯く。肩も落として、元気がなさそうだ。
「なんで」
「ん?」
 ザクッと薫の手にあるスプーンが、かき氷を刺す。あっ、結構ダメージが深そうだ。(しまったなぁ)ザクザクとかき氷を刺す薫を見て、肝が冷える。
「俺と話しているときに、そいつの名前を出す。やめろ。不愉快だ」
「ご、ごめん。そこまでショックを受けるとは思わなくて」
「受けてない」
「受けてるでしょ? じゃないと、そんなに落ち込まないじゃん」
「そこまで気にしてない!」
「いや、気にしてるでしょ!? だったら、あそこまで気落ちしないじゃん!? 薫、絶対素直じゃないよね」
「あのゴリラの件で俺が気に掛けるとでも? 冗談も程々にしろ!」
「だったら、いつもみたいに返せるはずなんじゃ?」
「なんだ。その『いつも』のって。いってみろ」
「虎次郎の話が出た時点で『は? どこがだ。普通のことだろう』といって相手にしなかったこと」
 いつも二人が喧嘩して、私がこういう風にいったとき、こう返すじゃん? そうツラツラと返したら、薫が黙る。な、なんだ。私の記憶違いか? いや、そうでもない。何度も身に染みて体験した。恐る恐る、薫に尋ねてみる。肝心のカーラは、なにも答えてくれない。
「えっと、違うの? いつも、そういうやり取りを見ていたばかりに」
「う、るさい」
 プイっとそっぽを向いた薫を相手に、どう機嫌を直してもらうか悩んだ。


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