ナンパ目撃からの挽回(じょ)

 沖縄の冬は過ごしやすいし、天候が荒れることもない。秋の肌寒さを想定したような格好をすれば、充分だ。(本州では、霰が降ったようだけど)このようだと、持ってきた厚手のコートは用なしだろう。急に雪が降るなどの気象異常がない限り。と思いながらパークでの練習を終えた。運動した後だから、ちょっとだけ小腹が空く。あと喉も渇いた。どこかで飲む──いや、汗だくだから店に入るのは、ちょっと。できたらコンビニが望ましい──。と思ってたら、車道越しに虎次郎と目が合う。相手はナンパをしていて、私はスマホを出したところ。(あっ。ヤバい)咄嗟に目を逸らす。これは見なかった方がいいだろう。プライベートな部分は、お互い詮索しない方が吉だ。早足でその場から立ち去る。「あぁ!」「ごめんね、可愛い子ちゃんたち」「また会えたときに、一緒に食べに行こうね」なんて声が後ろから聞こえる。断るときのアフターフォローもバッチリだ。ナンパした子たちから充分離れたのか、慌てふためく声が聞こえた。「ちょ」「待ってくれ!」「××!!」そう焦燥した声を聞くと、不安になってくる。(その姿、さっきナンパした子に聞かれたらどうするつもりなのやら)見られても、ヤバくないか? そう思ってしまう。
 足を止める。少し振り返って、虎次郎の方を見た。反対側の歩道から追いかけていて、周りを見てから渡ってくる。わっ、身軽。歩道の柵を片手で乗り越えて、同じようにこっちの歩道へ移った。それから駆け足でこっちに寄る。(あっ、なるほど)ボードを脇に抱えてたから、両手を使えなかったのだ。眉を下げて、困ったような泣きそうな顔で私に近付いてきた。
「ごめん。まさか、外にいるとは」
「いなかったら、ナンパしてたの?」
「そ、れは、その」
「人のプライバシーに、立ち入るつもりはないのだけれど」
「いや、お前になら立ち入っても大歓迎だぜ?」
「そういわれてもなぁ」
 ナンパした口で、なにをいう。「さっきの子たちはいいの?」「いや、その」「そういうの、良くないと思うな」「誠実な方が好きか?」「なんというか、その。そう不埒にうわついてほしくないかな」感情論で話してしまうけど、虎次郎がそう望むから仕方ない。一般論より、自分の言葉で語れ、っていうか。言葉に迷っていると、虎次郎が締めくくる。「俺にそういうことをしてほしくない、って。受け取ればいいか?」「うーん。虎次郎の好きにしたら?」「じゃ、そうさせてもらうぜ」そうマジな目で口説かれても。動揺するか照れるかの二択しかない。
「そういう顔も可愛いぜ」
「顔だけ?」
「性格も行動も可愛い。ますます入れ込んじゃうな」
「すごい口説き文句」
 なんで素面でそこまでいえるのか。本人も真面目にいってる分、蔑ろにすることはできない。「調子の良いことをいって」「そんなツンデレなところも可愛いぜ」「他の子にもいってるんでしょう?」「まぁな。けれど同じ文句を使うわけないだろう?」「それはそう」「俺は一つ一つの出会いに真剣だってことさ」「なら、私への口説きもそう受け取ってもいい?」「それは困るな。なぁ、説明をするのに残りの時間を貰えることはできるか?」「それは、どういう意味で?」「茶化さないでくれ。今日一日の、残りの時間だよ。なぁ、頼む。××」ここまで嘆願されると、聞く耳を持つしかなくなる。(こういうところが、女の子にもモテるところなのかなぁ)いや、虎次郎はこんな姿を他の子にも見せなかったような。そう考えていると、人だかりに出会った。どうやら、なにかの催し物がされているらしい。「噂に聞く達筆」「きゃーっ! カッコイイ」なんて言葉も聞こえてくる。ひょこっと人だかりの隙間から覗くと、巨大なディスプレイ。ついでに書道の達筆も表示された。(あっ、これは)思わず足を止める。
「ねぇ、これ薫の書道パフォーマンスだよ。見てみない?」
「あのな、薫のことだぜ? 営業中でも普通に売ってくる」
「器用だなぁ。ちょっとだけ。ダメ?」
「それでホイホイと付いて行ったら、アイツのサイン会に並ばされた」
「あっ、既に経験済みと」
「そういうことだ。今は諦めてくれ」
「じゃぁ、今度機会があったら付き合ってくれるってこと?」
「お断りだ!」
「あら、素直。やっぱり嫌じゃん」
「もしかして、俺を試そうとしたのか? 馬鹿だな。もうお前に夢中だってのに」
「じゃぁ、夢中になったら付き合って」
「無茶いうなぁ。それとこれとは、話が別だッ!」
「理性がしっかり働いているようで。見たかったな、薫のパフォーマンス」
「ぐぅ!」
「汗臭いもんね。さっき、汗を掻いたばかりだし。人のいるところには、行かない方がいいか」
「うぅ、あー。もう、くそっ」
 虎次郎が呻く。ギュッと目を瞑って、頭を押さえ始めた。俯いて、暫し。今まで以上に苦い顔をし続けたあと、忌々しそうに吐き出した。
「そっ、こまでいうようなら。みっ、ても、いい、ぜ」
「そこまで無理するようなら諦めるから、いいよ。とりあえず、喉渇いたからコンビニ寄っていい?」
「あ、あぁ! それならお安い御用だ!! このあとどうする?」
「じゃぁ、シャワーと服を貸してもらえる?」
 洗濯機も貸してもらえるか聞いた方がよかったかも。二の句を継げる前に、ボッと虎次郎の頭が沸騰する。私へ目線を合わすために腰を曲げた状態で、虎次郎は顔を真っ赤にして固まっていた。


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