流星群の前に喧嘩

 指定された場所に向かう。鄙びたサービスエリアっぽくって、随分と放置されているようだ。この錆び付き具合を考えると、十年は経っているだろう。料金を払うバーゲートは壊れていて、電気が通っていない。ついでにコンクリートの壁に落書きがし放題だ。どこかのヤンキーがしたのだろうか? というところで、思い出す。(そういえば、ここって薫と虎次郎が、なんか会ってた場所じゃぁ)私はたまたま、滑ったところで会っただけだけれど。奇妙な偶然もあるものである。
 ガクンとテール部分を踏んで、減速した状態でボードを止める。脇に抱えてコンクリート屋根の下に入ろうとしたところで、既に来ている二人に気付かれた。地味に虎次郎のバイクと、薫のバイクもある。なんだ、二人ともバイクで来たのか。(あとで帰りをお願いしようかな)楽だし、と思ったところで声をかけられる。
「よぉ! こっち、こっち」
「随分と遅かったな。なにかあったのか」
「いや、滑りながら来たのだけれど。バイクと一緒にしたら、遅かったね」
「そう拗ねるなよ、ガッティーナ。シニョリーナを待たせるわけにはいかないだろ?」
「時速百キロを出すにしても、坂道がないとキツイからな」
「うん。うん、うーん」
「なんだ。どうした」
「なにか気になることでも? 俺になんでもいってみな」
「じゃぁ、お言葉に甘えていうけど」
 高確率で喧嘩になりそうだけど、答えを聞かないと判断が付きにくい。妙に息の合う二人に尋ねた。
「なんか、とてもコンビネーションのように畳みかけてくるけど、わざとじゃないよね?」
「は?」
「うん? えっ、は? ちょっと待ってくれないか。はぁっ!?」
「あ、あーっ、なんかホッとした!! なんかそれ見て、ホッとしたッ!! よかった。わざとじゃなかったら、毒キノコでも食べたのかと」
「なにがどう転んでコイツと仲良く手を繋いでタンゴを踊らなきゃならないんだ!! ふざけるなッ!」
「こっちだってお断りだ! クソッ!! 笑えなさすぎて、危うく心臓が止まるところだった」
 そう深刻な顔で胸を押さえられると、言い出した身が悪く感じる。それなのに、ゲンナリとした顔の虎次郎を、薫が鼻で笑い飛ばした。
「ほう? 馬鹿みたいに鍛えた図体のデカい割には、心臓が小さいというか」
「あ? どこかのモヤシ野郎と同じにするんじゃねぇよ」
「なんだと?」
「やるか?」
「はぁ、よかった。嘘じゃなかったら、明日雪が降るものかと」
「ふぅん。沖縄に雪、ねぇ」
「スノウじゃあるまいし。降るのはそれじゃないぞ」
「え?」
「流星だ」
 しみじみと呟く虎次郎と反対に、薫が断定する。手すりに寄り掛かってみるけど、まだ大丈夫そうだ。突然、ボキッと折れることはない。錆が服に付きそうだけれど。よく見たら、二人ともボードを持っていない。私だけ? それはそうと、星を見るのにこの三人って。
(なにか、あったっけ)
 滅多にない組み合わせというか、奇妙というか。よくよく、今に至った経緯を考えてみる。
 ──まず薫から誘ってきたことが大元だ。「この日に時間を空けておくように」とのメッセージがきて、直後虎次郎からの「抜け駆けか?」だ。これは恐らく冗談半分、揶揄い目的で出したんだろう。「は!?」との薫の驚きから「はっ!?」と別の驚きに変わる。多分、突然割り込んだ虎次郎の存在に反射的に怒ったのと、自分が送った場所を見てのことだろう。この二つの衝撃は違うようだ。人間の脳というものは、二つを同時に知覚するものの、反応には優先度を付ける。薫が固まってメッセージを打たないものだから、虎次郎もなにも反応しない。この様子だと膠着状態に近いだろう。私から仕掛けてみる。「いいよ。とりあえず、どこで?」十四文字で質問を送ったら、虎次郎が答えてきた。「じゃぁ、ここにするか?」とGoogle MAP を添えてくる。場所を確認すれば、以前鉢合わせた場所だ。さらに薫が「は!?」と驚く。ついでに「ふざけてるのか! お前!!」と怒鳴りつけた。これはスタンプで緩衝材を入れよう。余計なお世話かもしれないけど。と思いながら、適度なスタンプを挿入。あ、グループ電話が入った。出ると、激怒した薫が出てくる。「お前な!!」遅れて虎次郎も通話に参加した。「そんなカッカッするなって。逆に聞くけど、他に場所があるのかよ?」「ぐぅ!! お前がしゃしゃり出なければいい話だ!」そのあと、なんやかんやあって会話が終わったような気がする──。
 回顧したそれらを要点ごとに切り出して、纏めてみる。
(うん、さっぱりわからんな!)
 どうしてこうなったのか、謎のままだった。現実に意識を戻すと、二人して空を見上げている。距離は随分と離れているけど、見る先は同じようだ。(そもそも)あのときも、ここで何かしらの昔話をしていたような気もする。そんな雰囲気を、二人から感じたのだ。たまたま、私が来たから終わったか、ちょうどいい頃合いに終わったから、そういう雰囲気は残香だけを残して消えたのだけれど。
(果たして、立ち会ってもいいのか)
 謎である。薫が『流星』といったけれど、まだ星が降る気配もない。ちょっとここにいてもいいのかわからなくなって、尋ねてみた。
 とりあえず、提案した虎次郎に尋ねるのが早いだろう。
「ねぇ、虎次郎」
「ん? ちょっと待ってくれ。今、そっちに行く」
 薫とのコンビネーションを疑われて遠くに行った虎次郎が、近付いてくる。グンッと薫の機嫌が悪くなった。「近付くな! タラシゴリラ!!」「呼ばれたんだよ! 嫌だったらお前がアッチ行け!」「お前が向こうに行くべきだろう」「レディファーストって言葉を知ってるか? ロボキチ」「知ってるに決まっているだろう。猿人!」どうやら、いや、いつものようだ。近付く度に喧嘩をする様子に、ホッとしてしまう。さっきのは、なんだったんだ。まるで磁石のSとSが離れるようにすれ違うやり取りは。本当、心臓に悪い。虎次郎と話せる距離になって、思い切って尋ねてみる。
「なんで、ここを選んだわけ? それに、薫が『流星が降る』っていってたけど」
 ツッと真上の天井を指す。
「ちょっと邪魔じゃない?」
「それは」
「海に映る流星群を眺めるのも、素敵だと思わないかい?」
「そう素敵な言葉をペラペラと話せるのも、一種の才能だと思うね」
「おい。俺の前でそれ以上近付くな。蹴るぞ」
「ったく、この暴力眼鏡は」
「私を挟んでやめてよね。今、避けれる場所ないから。海にボトンだから」
「だとよ」
「虎次郎にもいったんだけど?」
「ぐぅ!?」
「フンッ、ざまぁみろ。単細胞の相手をするのも、疲れるものだな」
「今日、愚痴に付き合うつもりはないのだけれど?」
「愚痴、だと? 枝葉末節《しようまっせつ》、装模作様《そうもさくよう》。このゴリラのどこに、羨む要素がある!?」
「うーん、どこから突っ込んだらいいものか」
「って、おい! なんだ!! その言い方は!? わざとらしく気取るのはそっちの方だろ!」
「お前のように歯の浮いたことはいわんわッ! ボケナス!! お前と一緒にするな! お前と!!」
「あぁ!? だったらお前も俺の真似をするんじゃねぇよ! ロボキチ!」
「それはこっちの台詞だ! ぼんくら!」
「こっちの台詞だっつってんだろ! すかたん!!」
「間抜けッ!」
「おたんこなす!」
「あほんだら!!」
「ドケチ眼鏡!!」
「腐れ原始人!」
 以下「腐れ眼鏡!」「ボケゴリラ!」「おたんこなす!」「ボケナス」「どてかぼちゃ」等々と、罵倒のオンパレードが続く。最早連想ゲームだけど、同じ単語を使うことは許容範囲なのか? セーフなんだろうな、きっと。と思いながら、ぼんやりと空を眺めた。頭より後ろの手前側が屋根で覆われて、見えない。代わりに海を見る。星空の煌めきが海面に反射しているようだけど、波の動きでわかりにくい。流星群が出始めたら、カーテンの裾野のように流星の軌道で皺を作るのだろうか? 未だに海のさざ波よりも、二人の喧嘩する音が大きい。頭の上で、互いに襟首を掴んで殴り合う動作に入った。私が柵に凭れかかって、身を屈めているのだ。身長差もある分、そのくらいの余裕はある。
(これで、海でリラックスしろっていう方が無理だよなぁ)
 楽になった体調で、そう思う。あっ、まだ直接お礼をいっていない。「このボケ!」「そっちこそ!!」薫が虎次郎の脛を蹴り、虎次郎が薫の肩を押す。顔に攻撃を加えないのは、アレか。言葉を遮ったら図星なので負けという。けれど周辺を切り裂く風の動きには、ちょっと落ち着かない。
「もう! 今、星を見に来たんだよね!? 大人しく待てないの!?」
「だってコイツが!」
「既にボロボロになってるし。本当、虎次郎と薫って飽きずに喧嘩するよね」
「それはコイツが毎回突っかかってくるからだ!」
「それはお前の方だろう!! 俺よりお前の方が絡む回数が多い!」
「んなわけあるかッ!! 腐れ眼鏡!」
「なんだと!? 脳筋ゴリラ!!」
「あー、もー!」
 埒が明かない! ざざーん、と後ろで波の引く音が聞こえた。


<< top >>
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -