その見舞い風景とそのあと

 体調が優れなく横になることしかできなくても、なにかやりたいのはやりたい。桜屋敷と最先端AIカーラの見立てでコンビニより購入された医薬品は、××の具合を和らげた。ゴロンと寝返りを打つ。「ねぇ、薫」「なんだ」キッチンから、フライパンで焼く音が聞こえる。南城だ。イタリアン料理のオーナーシェフな分、香る匂いも香ばしい。食欲を湧かせる。しかしながら、具合の悪い××には、少し分が悪い。食べられない身を口惜しく思いながら、××はいう。「ちょっとYouTube見たいから、それ、取ってもらっていい?」「これか?」「うん、ありがとう」コホン、と咳が出る。桜屋敷からタブレットを受け取り、××は操作した。家のWi-fiはちゃんと繋がっている。「見る?」「なら、見させてもらおうか」偉そうな態度を見せながらも、身を寄せる。ゴロンと××はうつ伏せになり、桜屋敷はタブレットを支える。××と自分が見やすい位置に固定すると、ジッと××の手付きを眺めた。YouTubeのアプリを開き、ホームを眺める。「これ、見る?」「見るか」意見を求められたものだから、頷くだけ頷く。南城は炒めたものを皿に移し、暫く冷ます。××の食器棚を開き、保存容器を拝借した。使った調理器具と一緒に洗う。××の指が動画を選択し、映像を流し出す。広告をスキップした。「やりたいなぁ」「元気になったら、やればいいだろう」「うん。あっ、トラックの調子もあるんだ」「個人差はあるが、目安としてはわかりやすいな」「ふぅん。あっ、このトリックもやってみたい」「体調が良くなってからにしろ」微かに釘を刺す。しかしながら、××は聞こうとしない。逸る気持ちを抑えきれなく、身体を動かす。これを桜屋敷はジッと見守った。最先端AIのカーラが『無理は禁物です』とアドバイスを投げる。これに××は「うん、わかった」とだけ返事を返した。AIの定める基準と××の思うラインは、真に違うものである。だからこそ、こう出るとは桜屋敷には予想が付かなかった。
 自分のボードを出し、トラックの調子を見る。これはまだ可能な範囲だ。少し動いて体力の回復がどれだけ進んだか、を測る目安にもなる。桜屋敷は黙って見守った。南城はデザートを作ろうとする。
 動画のアドバイスに従って、調整を見たボードに乗る。これにピクッと桜屋敷の肩が跳ねた。南城は作った料理の味を見て、首を傾げている。「うーん、ちょっと味が薄すぎたかな」病人の体調なら良い塩梅だろうが、健康な肉体だと物足りない。××の家にある調味料を見て、考える。
 ボードに乗った××が、トリックで準備運動を始めようとする。これに桜屋敷は慌てて身を乗り出した。
「このッ、馬鹿!! そんな体調でやるなッ!」
「なんだよ、急に叫んで。って、馬鹿!! 怪我しちゃったらどうするんだ!?」
 フラフラの××がトリックに挑戦しようとするところを見て、南城も慌てて飛び出した。なにせ、パークやストリートほど広くはない。しかも物がゴチャゴチャと置いてある場だ。板の一つを足で回してみたら最後、テーブルとノーズがぶつかっておじゃんになる。「いや、一回だけ」飛び出した南城を見て、××も中断する。「やるなら広いところでしろ!」「床が傷むッ!!」最もなことをいう桜屋敷と反対に、南城は敷金の心配をしていた。
 方々から反対を食らい、××は諦める。「ちょっと試してみようと思っただけなのに」「怪我は治りかけが一番危ない、ということを知らんのか?」「怪我人じゃなくて、病人だけどな」「お前にいわれるまでもない!!」「いつもの仕返しだよ!」「なんだと!?」「やるか!?」「ごめん、頭にひびく」××が困ったようにいえば「あっ! ごめんな!?」「すまん」と南城が慌てて謝り、桜屋敷は萎んだ声で謝る。表情は変わってないが、声のトーンはあからさまに落ちていた。
 ××に大人しく寝ているよう散々言い聞かせてから、家を出る。「食事は冷蔵庫に入れておいたから、一週間以内に食べ終えてくれよ」「うん、わかった。ありがとう」「回復したら練習に付き合ってやるから、それまで休んでおけ。この馬鹿」「自重しておきます」弱々しく××は布団を口元まで上げた。お目付け役として散々無賃で働かされた桜屋敷の怒りを見てのことだった。心労をかけさせたことに、心苦しく思っている。「気にすることはないぜ。どうせ寝たら忘れる」「おい!!」「そうなんだ」元気のない××は相槌を打つだけに留める。そして直感的に思ったことを、ポツリといった。
「なんかもう、面倒臭いから、今度から合鍵作っておくね。お見舞い、来てくれてありがとう」
 よいしょ、と自分の身体に気合いを入れて立ち上がる。「は?」「合鍵、だと?」と固まる男たちの背中を押して、玄関まで歩かせた。カーラは既に、桜屋敷の手にある。桜屋敷と南城が帰る準備を済ませたことを見ての、行動だった。具合の悪い身体は、動くだけでも通常より百倍の疲労が蓄積する。南城と桜屋敷を外へ追い出すと、壁に凭れかかった。
「施錠するだけでも、疲れるし。ご飯と薬とお見舞い、ありがとうね」
「それだったら、いっってぇえ!?」
「体調が良くなったら連絡をくれ。迎えにいく」
「うん、ありがとう」
(今、虎次郎が叫んだのは、なんで?)
 強く足を踏み潰された動機とは、いったいなんなのか。××の頭ではわからない。その一方、文句をいう南城を余所に、桜屋敷は扉を閉めた。「テメェ! いきなりなにしやがるんだ!?」「じゃぁな」「うん。薫も虎次郎も、その、ありがとうね?」「あっ! ××に怒ったわけじゃないからな!? なにかあったら連絡してくれ!! すぐに駆けつ」南城が最後まで言い終えることなく、バタンと扉が閉じた。
 無慈悲に扉を閉めた桜屋敷に、南城が突っかかる。
「おい!! 卑怯眼鏡! まだ話していた最中だっただろうが!」
「黙れ! アイツは早急に休ませた方がいいんだ!! 腐れ原始人!」
「だからって話の途中で遮ることはないだろ! えぇ!?」
「お前が話すと長引くんだ! 俺の判断は間違っていない」
「林間学校のときに財布をなくした癖に!」
「これとは関係ないだろ! お前こそLAで外れを引いた癖に!」
「お前こそ!」
 延々と続く喧嘩を前にして、××は扉を開けた。隙間から、ジト目で二人を睨む。
「近所迷惑」
「あ」
「す、すまん」
 流石に二人はたじろいだ。パタンと扉が閉まり、ガチャッと鍵が閉まってからの、チェーンをかける音がする。遠ざかる足音を見るに、恐らくベッドへ戻ったのだろう。これ以上ここにいても、××の迷惑になるだけだ。同一方向へ進むことは気に食わないものの、桜屋敷と南城はその場を離れる。
 エレベーターへ向かった。
「女性の一人暮らしは、危ないもんなぁ」
「だからって、ゴリラがいても暑苦しいだけだろ」
「はぁ? 小言眼鏡がいる方が息苦しいだろ」
「お前より俺の方がマシだ」
「機械にしか興味ない癖にかよ。女はな、愛情を一番に欲しがるもんなんだよ」
「下らん。だったらその辺の女に声をかけるのを止めたらどうなんだ。え? このタラシゴリラッ!」
「いわれたらやめるさ! それまでは、可愛い女の子がいたら息抜きにナンパする」
「稀に見る最低だな、お前。だからこそ相手にされないんだろ」
「それをいったら、お前も相手にされていないだろーが。ロボキチ」
「なんだと!?」
「やるか!?」
「返り討ちにしてやる!!」
 ガンッと額を突き合わせての睨み合いとなる。狭い箱の中で身の丈一八〇を超すガタイの良い男が二人、いがみ合ってのご登場だ。気を緩んだ人間を驚かせるのに、充分である。
「ヒッ」と小さな悲鳴が視界の外から漏れる。それに構わず、桜屋敷と南城はズンズンと駐車場へ進んだ。肩を怒らせて、「ぐぎぎ」「ぐぬぬ」と未だに額を突き合わせて睨み合った状態のままである。これがまさか、あの温和な書道家とオーナーシェフだとは。目撃者は我が耳と目を疑い、今見たものを忘れる。ビュン、とバイクがそれぞれの家路に飛んだ。
 これらのことを、××は知らない。エレベーターの中で行われたことを知らず、ぐったりとベッドの中で寝ていた。
 薬の効果で全快するか否かは、与り知らぬところである。


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