体調が悪いある日

 ここ連続して、××の姿を見かけていない。「なぁ。ジョー、チェリー。××さん、最近見かけてないんだけど、大丈夫なの?」「知るか。俺は聞いてない」「連絡は来てないからなぁ」Cherry blossom≠アと桜屋敷は腕組みをした状態で断定し、ジョーこと南城は頬を掻く。二人に連絡は行ってない。「なんか、倒れてなきゃいいんだけど」「一人暮らしだと発見が遅れる、って母さんがいってた」「病気の、だよね?」「そっち方面だったら怖ぇぞ」暦から始まりランガの一言で、××の安否がどうだとかの話へ繋がる。これを呑気に眺められるほど、二人の余裕はなかった。即座に連絡を行えるツールを出す。「カーラ」桜屋敷は愛機を起動させてメッセージの送信を行わせ、南城はスマホで文字を打ち込む。最先端AIであるから、送信は桜屋敷の方が早い。しかし、ここは百を下らないスケーターたちの集合する場所だ。電波が混線し、いつもより通信速度が落ちる。遅れて送信ボタンを押した南城と重なって、××の元へメッセージが送られることとなった。送信完了の記号が出る。「健康的な生活をしてるなら、問題ないって」「あの人、そっちでの無理はしてなさそうだもんな」「そういう話も聞いたことないもんね。でも」「健康診断をしないと、わからないヤツもあるからな」いつもより遅く、××の返事がくる。『生きてる』──桜屋敷の「生きてるか?」と南城の「大丈夫? なにか買ってこようか?」に対する返事だ──。南城の後半部分に対する返信はない。これで大丈夫だといわれて信じる方が、無理な話である。
 Sが終わるや否や、それぞれ愛車に乗り込んで××の家へ向かった。そこで、互いに鉢合わせる。「おい。邪魔だ。さっさと退け!!」「お前こそあっち行けよ! 俺はこっちに用があるんだ!!」「それはこっちの台詞だッ! お前が行って、なにになる!?」「作り置きをしておくんだよ!! ちゃんと食ってるか不安だからな!」「だったら俺は体調管理をしてやる!」「張り合ってんじゃねぇよ!! 元不良眼鏡!」「いうなッ!! お前が行ってアイツが疲れたらどうするんだ! 馬鹿ゴリラッ!!」「なんだと!? 馬鹿っていった方が馬鹿なんだぞ!?」「お前の方こそ馬鹿だろう!」ギャアギャアと騒ぐうちに信号機が赤になり、また青になるまで待つ。二度目の青でようやく、二人は発進した。高校のときに買ったバイクに跨る南城に対し、桜屋敷は自分で改造も施した最先端AIの技術も搭載するバイクだ。桜屋敷の方が、少し速い。チラッと横目で南城を見ると「フッ」と笑った。どうだ、俺の方が速いといわんばかりの顔である。これに南城はキレて「こなくそっ!」と桜屋敷のバイクを蹴った。「いきなりなにをするんだ!!」「お前の顔にムカついたんだよ!」「お前の顔の方がムカつくわ!」「はぁ!?」「やるかッ!?」近所迷惑だ。一時停止するバイクの音で掻き消されているとはいえ、近所迷惑である。近付けば近付くほど、家の中にいる××の耳に届いた。ムクリと起き上がる。シャッとカーテンを開いて外を確認すると、ランプが四つ、内間隔がバラバラだ。街灯の下を走るバイクを見て、××は頭を抱えた。
 軽く目頭を押さえ、ズルズルと洗面所に向かう。(うわっ、顔色が悪い)焼石に水で洗顔をしたあと、ヘアバンドで髪を上げた。頭が痛い。着ているものを軽く整え、服を変えるのも億劫だ。長いブランケットで身体を包み、全体的な服装を隠した。(あっ、部屋の整理)咄嗟に片付けてないものを思い出したが、どうせ部屋には上げないだろう。そのままにしておくことにした。
 インターホンが鳴る。××は重い身体を引き摺って、玄関に向かった。ドアスコープを覗く。その前に扉がノックされた。コンコンと硬い音のあとに「俺だ」桜屋敷の声である。微かに「お前な」と呆れる南城の声も小さく聞こえた。××は扉を開ける。鍵とチェーンを外して扉を押すと、Sのコスチュームを身に付けた二人が、その場にいた。
「えっ。その格好で来たの?」
「悪いか!」
「いやぁ、様子を見たら帰るつもりだったんだけど。ところで、大丈夫か?」
 腕を組んで胸を張る桜屋敷と扉から覗き込むように、南城が顔を出す。「近いッ!」「だったら退けよ!! この陰険眼鏡!」「お前が大人しく引っ込んでいればいいだけの話だろうが!! タラシゴリラ!」「引っ込むのはお前の方だろうが! 卑怯眼鏡!!」「俺が先に着いたんだ! 当然、ここに立つのは俺の権利だろう」「どこがだッ!」いつもと変わらないやり取りだ。××は扉に凭れかかる。はぁ、と溜息を吐いた。
「じゃぁ、顔を見たら帰って。まだ、つらいから」
「なん、だと?」
「つらいだって? ××、病院に行ったか? なにか必要なものや欲しいものはあるか?」
「うーん。その格好で?」
「昼間じゃないから、ダメかな?」
「メンズ用の服は、持ってないからなぁ」
「そもそもこのゴリラに着れる服などないだろ!! それ以前に、離れろ! この原始人!!」
「モヤシ眼鏡はすっこんでろ! っつーか、俺でも着れる服くらいあるわ!!」
「ハンッ! どうだかな。俺は見たぞ。XLサイズのシャツを試着したところでビリッと破いたお前の姿をなッ!!」
「どこで見たんだよ!? ハッ! あのときのか!?」
「二人で仲良くショッピング行ってたんだね。良かったね」
「誰がこのゴリラと仲良くショッピングだ! ふざけるなッ!!」
「こっちこそお断りだッ! どうせ仲良く買い物をするなら、キミとがいいなぁ」
「良かったね」
「反応、冷たいなぁ」
「こっちは体調悪いからね」
「ほら、見たことか。やはり××はお前と話すと疲れる」
「んなわけねぇだろ! 寧ろそっちだろッ!!」
「はぁ!? お前の方だろ!」
「どっちかっていうと、喧嘩に付き合う体力がない方かなぁ」
「えっ」
 ポツリと零した××の現状に、ピタリと二人が固まった。よく見れば、顔色は悪い。咄嗟に洗顔で顔の汚れは落としたものの、血色の悪さは変わっていない。格好からして、立ち上がれないほどだったんだろう。「その、大丈夫だったのか?」桜屋敷が先に襟首を放し、「ごめんな? 無理させて」続けて南城が桜屋敷の襟首を放す。玄関先で二人の男が立ち往生する。しかも背丈一八〇を超す男が、二人もだ。この絵面に、××は頭を抱える。
「とりあえず、まだかかりそう?」
「はぁ? 当然だろう。まだ回復したと見ていないからな」
「せめて看病だけはさせてくれないかな? ダメ?」
 プイッと顔を反らして反対の意を示す桜屋敷に、女を口説く口調で強引に推し進めようとする南城。この二人がこう出る以上、なにをいっても無駄だろう。どう足掻いても、要求が押し通される結果となった。散々とした経験でわかる。
 重い頭を支えて考えたあと、××は妥協できる案を思い付いた。それを口に出す。
「じゃぁ、とりあえず着替えてから来てくれるかな? 看病、いつまでするかはわからないけど」
 少なくとも数分では終わらないだろうし、南城のことだ。恐らく料理も作って、朝までいる可能性もある。上半身裸にジャケットの男と、忍者みたいなモチーフの袴とノースリーブ和装の男。この二人が昼間から出る場面を考えたら、少しも考えたくない。頭を振る。この苦い顔を見てか、桜屋敷と南城は要求を飲んだ。
「体調が良くなるまでに決まってるだろ。馬鹿が」
「わかった。とりあえず、ちゃんと休んでいてくれよ?」
「なんとか、できたらね」
 休めるわけがない。二人を部屋に上げる以上、部屋の掃除は必須だ。時間稼ぎを得たに過ぎない。「きっちり一時間後に戻る」「材料を持ってくるからねー」鋭い目付きの桜屋敷に対し、南城はデレデレだ。完全にナンパする女への口調となっている。二人が帰ったことを見て、××は扉を閉めた。
 鍵を閉める。自分の仕事場である自室を見て、ポツリと呟いた。
「さて、どうしよう」
 一層のこと、資料を纏めてテーブルに積むだけ積んで、床を掃除するだけにしておくか。コートやクローゼットの類は、布で隠しておけばいいだろう。それを見込んで、このようなデザインにしたわけだし、等々と。重い頭を働かせて一時間内で掃除を終える。
 人を迎える準備ができた。軽く手洗いを済ませてベッドに潜り込み、疲れた身体を休めた。心身の変調もあり、酷く怠い。うつらうつら深い眠りに落ちていると、インターホンが鳴る。それは気のせいだと無視して寝続ければ、電話が鳴った。「はい」『俺だ。今、家の前にいる』現実の声を聞き、重い身体を這わせる。どうにか扉を開けると、パサッと目の前にレジ袋を突き付けられた。袋のロゴからして、コンビニのものである。
「えっと、これは?」
「なにか飲んだ方がいいだろう。カーラに尋ねて、精の付くものを選んできた」
「えっと、カーラ?」
『重い生理でつらい女性に効果のある栄養補助食品と食べ物を選びました』
 桜屋敷の腕輪から発する声に、××は額を覆う。(バレてた)ギュッと目を瞑り、どうコメントするべきか迷った。
「えーっと、ありがとう」
「いいから、これでも食って休んでおけ。あのゴリラがなにか作るかもしれんが、腹に入れておくだけでもいいだろう」
「うん、ありがとう。ついでにホットアイマスクも買ってくれると良かったのに」
「あ?」
『それは目の酷使によるものです』
 機械的にカーラが答えた。一先ず桜屋敷を部屋に挙げる。「なにか手伝ってやろうか」「いい。企業秘密になりそうだし、カーラと話し相手になって」「俺じゃダメなのか」「私だってカーラと話したい」桜屋敷は黙る。
 貧血や体の冷えを和らげる食材を持参してメニューを組み立てた南城が、××の家に入る。「いるか? 邪魔するぜ」と上機嫌で入ったのも束の間、正座した状態で黙り続ける桜屋敷の姿にビクッと驚く。この沈黙と正反対に、カーラは饒舌に××と話を続けていた。
「お、おい。薫。これ、どういうことだよ」
「黙れ。ぼんくら」
 気持ち声が小さめである。桜屋敷が気を遣って××の要望を汲み取っているとは、とてもじゃないが思い付かなかった。奇妙さに虫の知らせのような居心地の悪さを感じつつ、南城は××に声をかける。「なぁ、××」その声に、呼ばれた本人は目を開けた。
「あ、虎次郎。おはよう?」
「まだ、朝じゃないけどな。台所、借りるぜ?」
「さっさと失せろ。馬鹿ゴリラ」
「それはこっちの台詞だッ! 卑怯眼鏡!!」
 グッと桜屋敷が睨み返す。この断絶に腹を立てながらも、南城は嫌々ながら意を汲み取る。桜屋敷と同意見なのが気に食わないからだ。「ったく」首の後ろを掻く。
「大人しく休んでくれよ、ピッコリーナ」
「うん」
(なら、どうして家に来たんだろうか)
 ××は布団に潜り込みながら思う。生理で頭の重い××に気を遣い、桜屋敷は甘い台詞を吐いた南城に対し、ギッと睨むだけに留めた。
 ──それぞれの思惑はなにか──? それは未だに互いに知らぬことである。
 ××は寝る。台所で料理を始めた南城と対照的に、桜屋敷はジッと寝顔を見つめるだけに留めた。


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