映画とパスタ(じょ)

「虎次郎にオススメの映画があったから、今度一緒に見ようよ」
「えっ」
 南城の胸が二つの事実にときめく。一つは××がかなり前に交わした約束を覚えていてくれたこと。そして二つ目は、自分に合う映画を今までずっと探してくれていたことだ。「お前、そんなに俺のことを」感極まって思いの丈を吐き出しかけると「たまたまだからね?」と念を押される。
「たまたま、仕事でさ。息抜きに探していたときに見つけたの。虎次郎、こういうのだと見れるでしょう?」
「内容を見ないとわからないなぁ。なになに、CHEF=H」
「『三ツ星フードトラック始めました』。どう? わかりやすいタイトルでしょ?」
「フードトラックを始めるのか?」
「それは見てのお楽しみ。DVDやBlu-rayのレンタルがあれば良かったんだけど」
「沖縄で探すには、キツくないか?」
「検索したけどなかった。ので、配線に繋いでいい?」
「良いぜ。あっ、アマゾンプライムで見れたりしないか?」
「見れるけど。でも、なんで? 配線ある?」
「ねぇけど。通販と一緒に、料理番組とかも見たりするんだよ」
「へぇ。研究熱心」
「これでもイタリア料理のオーナーシェフなんでね」
 フンッと胸を張っている間に、××は配線を繋ぎ終えた。自前である。液晶のテレビに専用のスティックを挿し、コンセントに繋いで南城宅のWi‐Fiを借りる。「パスワードって?」「コイツで、パスは」無線を借り終えたあと、目的の映画を見る。
 タイトルの名にある通り、料理がメインとしたものだ。その傍らに、人間関係や親子関係、離婚した相手との関係性や、元職場の部下が辞めて自分と一緒に仕事をするなど、前向きな内容で構成されている。特に南城が前半の映像で印象に残っているのが、元妻の父親であり息子の祖父である男が「ズルい女だ」と呟いた一言だ。ここで、主人公をその気にさせるために誘ったんだろうと思わせるところがある。
 ポッキーを一本食べる。中々、映画の鑑賞中に食べるには良かった。食事中の音が、音楽と映像を邪魔させない。(キス、しようと思ったんだけどなぁ)するタイミングがない。映画も中々面白く、興味深いものだから、目を離す暇もない。普段見かける映画のように、セックスやキスなどのお色気シーンもなかった。あるとすれば、子どもへ伝える伝言のやり取りで、離婚した夫婦が「愛してる」と相手へ伝えたシーンか。恋愛要素があったとしても、プラトニックなものである。
 ポキッ、とポッキーを一口食べる。ハッピーエンドで幕が下りて、エンドクレジットが流れた。南城は画面から目を離さない。撮影様子のシーンが入り、料理のプロが役者に演技指導をする。チラッと南城を見てから、××は話しかけた。
「どう? 普段見かけるシリアス要素やストレス要素を除いたものだったけど」
「ん?」
「主人公がキレるシーンも炎上するシーンも、他の映画と比べると負担は少なかったでしょ?」
「そうなのか? っつーか、負担って?」
「脚本や監督、演出で異なるんだけど。ほら、ちゃんと本編通して説明されていたでしょ? スカッと共感を呼ぶもの」
「あぁ、確かにあの啖呵はスカッとしたもんな。気持ちは分かるぜ。必死で作った料理にあんな酷評を書かれると、誰だって傷付く」
「うん。それに、息子に対して『自分はできてない』と自覚しながらも真摯に向き合うとことか、あれ?」
「なんだい?」
「これ、前にもいわなかったっけ? なんか、この手のことを話したような気が」
「うーん、そうかな? 少なくとも、俺は初めて聞く気がするよ」
「うぅん、ならいいんだけど」
 記憶を手繰り寄せることに夢中で、××は南城の口調に気付かない。心なしか近付き、××へ覆い被ろうとしていた。南城の身体はデカい。簡単に影が落ちる。目尻も垂らしており、完全に女を口説き落とすモードだ。「あと、誰もが子どものことを一番に考えてくれているってのも優しい」「俺もそう思うよ」「ちょっと近い」「そんな対応、ないだろ!?」グッと腕で胸を押されては、南城も解くしかなかった。
 普段の調子に戻り、南城は座り直す。「ちぇっ」と顔を反らして拗ねる南城に構わず、××もポッキーを一本取り出した。ポキッと食べる。
 チラッと南城を見て、尋ねた。少し距離を詰める。
「どうだった? お気に召した?」
「あぁ、気に入ったよ。料理の参考にもなるしな」
「それは良かった。出てきたの、全部美味しそうだったもんね」
「それな!! 見てて食べたくなっちまったよ」
「良かった! じゃぁ、早速映画の本編にあやかって」
「『料理を作ってくれ』って?」
「そうそう!」
 ワクワクする××に、南城はジト目になる。口元を笑わせるが、どうにも苦笑いの方面にしかならない。しっかり映画を見ていた南城は、こう返す。
「そのあと、結局なにも起こらず『息子を大事にしてくれ』と関係が終わるんじゃなかったか?」
「でも料理が美味しそうなのは変わらないじゃん。あと、なにも起こらなかったのはお互いの意志」
「俺に、それに倣えって?」
「虎次郎は無理にしようとはしないでしょ?」
「それはそうだがなぁ。なんか、好きなように使われてムカつくぜ」
「虎次郎も、そう思うこともいうときもあるんだ」
「人間だからな。映画を出汁にされちゃ、腹が立つ」
 代金と腹癒せだ、といわんばかりに××の顔に手を添える。ちゅっと米神にキスを落とした。映画を出汁にしたことは悪いし腹が立つという自覚もあるのか、××は黙って受け取る。「でも、見終えて虎次郎の料理が食べたいな、と思ったのは本当だよ」「無料《タダ》で食べれるからか?」「あんなに食材のこと詳しくて、料理に詳しいの虎次郎しかいないから」そう映画の中の『カリスマシェフ』と比較されては、返す言葉もなかった。それに、向こうは結局成功している。
「仕方ないな」
 ××の要求に従い、簡単なパスタを作ってやることにした。


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