久々の声色

(最近、滑れてないな)と××はぼんやり思いながら、部屋の中で立つ。どこに立っているのかと聞かれたら、スケートボードの上だ。四つのウィールはしっかり嵌まっており、××の体重を支える。滑れないが、ボードに乗る感覚は忘れたくない。それに不安定な板でバランスを取るのが楽しいのだ。白い画面を余所に、××は休憩を入れる。ふと、連絡が入った。桜屋敷からである。(連絡がマメだなぁ)と思いつつ電話に出る。「はい」と対応に出たら、発信者の声がスピーカーから聞こえた。
『お前か? なんだ、その。最近、元気にしているかと思ってな』
「うん、元気、元気。ちょっと、仕事の進みに詰まっていなければ」
『そうか。なんだ、その。根を詰めすぎるのはよくないと思うぞ?』
「それくらい知ってるよ、うん。それで?」
『あー、なんだ、その』
 会話の続きを探すかのように、桜屋敷は同じ言葉を繰り返す。××は声だけで聴いているものの、なんとなく今の姿を思い描けた。自分の髪を触り、クルクルと指に巻き付けながら困っているのだろう。慣れなさに困惑する顔を、是非とも実際に見たかった、と。××は揺れるボードの上で思った。変動した重心を元に戻す。足に力を入れ直した。
『ゴホン。近いうちに、時間を取れるか?』
「どうだろう。仕事次第としか、あぁ。少し落ち着いたら行けるかも」
『そうか』
『まどろっこしぃなぁ。貸せよ! うじうじ眼鏡ッ!!』
『だぁれがうじうじだッ! 負け犬ゴリラはすっこんでろ!!』
『一回勝ったからって良い気になるなッ! この卑怯眼鏡!!』
『さっきの勝負に卑怯もクソもなかっただろうがッ! 不満たらたら原始人ッ!!』
『お前の方が不満たらったらじゃねぇか!! 陰険眼鏡!』
『なんだと!?』
『やるか!?』
 耳元で繰り広げられた怒声と喧噪に、××は思わず耳を離す。予想通り、南城の店だ。Sia la luce≠ナいつものように食事を採り、電話をしてきたらしい。食器を片付ける音や足音が南城のものしかしないところを見るに、今日は休店だ。少し身体を動かし、床をプッシュする。ゴムのウィールが音を吸収し、騒音を和らげた。壁へ当たる前に床を傷つけないブレーキをかけ、カレンダーを見る。すっかり一週間が経っていた。
「ごめん。日付感覚を忘れていた」
『ったく、お前はいつもそうだ。なにかに夢中になると、すぐ他を忘れる』
『なぁに知った口を叩いてんだ。知ったかぶり眼鏡』
『お前は黙ってろ。じゃじゃ馬ゴリラッ!』
『邪魔なのはお前の方だろうがッ! 陰湿眼鏡!』
『それはこっちの台詞だッ! タラシゴリラ!!』
『真似すんじゃねぇよ!』
『先に真似をしてきたのはそっちの方だろ!』
(うん、懐かしいな。このやり取り)
 どちらが正解か、なんて口に出したら収拾が付かないだろう。××はテール部分を踏み、ノーズを持ち上げる。脇に抱えると、元の場所に戻した。もう一度ボードに立つ。直立して電話越しに二人の会話を聞いたあと、降りた。黙ってボードを片付ける。(近いうちに、滑りに行こうかな。でも練習をしたいし)絶好の場所を考えるなら、ウィールを付け替えた方がいいだろう。ボードのウィールを回したあと、パソコンに向き直った。
 カタカタと調べものをする。
『お前の方が先に真似したんだろッ!! うん、なにか調べているのか?』
『切り替え早ぇな、おい!』
「うん。付け替えに関してはまだ不安だからね。プロの方に最終的なお願いをしようと思って」
『特殊な心掛けだな。しかし、慣れない内なら良い判断だ。預けた後と前とで確認できる』
「うん、そうだね」
『そんな細かく付け替えなくても、最初から付けっ放しでいいじゃねぇか』
『割り込むなッ! 脳筋ゴリラッ!!』
『だったら変われよ! 重箱隅突きピンクッ!!』
『誰が変わるか! お邪魔虫ゴリラッ!!』
『そりゃこっちの台詞だ!』
『真似するな!!』
『お前こそ、俺の真似をするなよ!』
「いつまで続くのかなぁ、これ」
 ぼやくものの、二人の耳に入ってこない。「薫」と××が名前を呼べば、電話の向こうでピタリと動きが止まった。
「電話代、大丈夫なの? これ」
『ハッ! しまった!!』
『なら、電話代も気にせず気兼ねなく話さないか? 今度、いつなら空いてる?』
『勝手に取るな! ボケナスッ!!』
『いっ、てぇなあぁ!! この暴力眼鏡!』
『横取りゴリラはすっこんでろ!』
『横取りしてきたのはお前の方だろ!?』
『そっちだろ!』
『いーや、そっちだ!!』
『ぐぎぎ』
『ぐぬぬぬ!』
「あっ」
 電話の向こうで聞こえた衝突音に、××は小さく声を漏らした。音は裏切らない。一歩も引かず睨み合いを続けた結果、バランスが崩れて互いにテーブルへ転げた。派手に椅子が転がり落ちる音が聞こえる。「お前のせいだ!」「そっちこそ!!」とまたしても喧嘩が始まった。
 ××は、静かに出掛ける準備をする。自分が行かないと、終わる気配がないと感じ取ったからであった。


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