恋人との時間(じょ)

 どうにも、どんなに忙しくても虎次郎なら答えてくれるような気がする。××はそう思い、ギュッとぬいぐるみを抱き締める。とはいえ店を終えたあとの事務処理や日課を邪魔される──ことよりも、自分を頼ってくれない方へショックを受けるかもしれない。××は少し考え、虎次郎の背後から抱き締めた。鬼の筋肉を宿す背中は広い。××の腕では、手を虎次郎の前で交差することも不可能だ。ぬいぐるみはベッドに置かれ、虎次郎は夜の日課のプロテインをまだ飲んでいない。後ろから抱き着いて甘え始めた××に、虎次郎は頬を綻ばせた。
「ハハッ、なんだよぉ」
 嬉しさの余り語尾が伸びる。先の神経を尖らせて悩む表情から一変して、デレデレだ。このあまりにも分かりやすすぎる嬉しさに、××は照れ臭さを覚えた。(なんでここまで)恥ずかしささえ覚え、ギュッと虎次郎の胸を握り締める。「んっ。そこは、ちょっとなぁ」上擦った声と少し困ったように語尾が下がる声を受け、××は手を離す。慌てて離れようとした手を、虎次郎は受け止めた。そっと自分の胸の上に戻す。
「大丈夫だ。ちょっと、ビックリしただけだからさ」
「そ、そう? なら、いいけど。その、迷惑じゃない?」
「全然。そんなに甘えたいのなら、相手をしてあげましょうか? 俺のお姫様」
「もう。またそんなこといって」
 プクッと××が頬を膨らませるよりも先に、虎次郎が動く。自分の胸を抱き締める××の手を離し、××へ向き直った。虎次郎の正面が変わり、××の脇に手を入れる。軽く××を持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。これでもまだ体格差がある。××を若い木とするならば、虎次郎は巨木だ。虎次郎の膝の上に乗っても、××はまだ虎次郎を見上げなければいけない。精々、虎次郎の鼻へ頭突きができる距離だ。この格差に××は不平を見せる。そんな××の様子が、虎次郎は愛らしくて堪らない。
「そんな不貞腐れるなって。俺のお姫様。そんな顔より、笑ってる顔の方が可愛いぜ?」
「なら、こういう顔を見せる私は嫌ってこと?」
「いいや。構いまくって、食べちゃいたいくらいだ」
「意外と犬歯は尖ってないね」
「俺の大事な人の肌に傷が付いたら、嫌だろう?」
「そうかな」
 怪我の心配は、するけど。そう目を伏せる××に、虎次郎の眦がトロンと下がる。益々幸福感を胸に抱いた。
「そうそう。例え吸血鬼になっても、キミの肌に牙を立てないことを誓うよ」
「狼男になっても?」
「勿論。お前を食いちぎるようなことはしないさ」
「じゃぁ、お腹が空いたらどうするのかしら」
「俺の××は可愛いことをいう。勿論、キミの愛で腹を満たすに決まっている」
「そうなの。ここまでいってなんだけど、よくそこまで出てくるよね」
 その口説き文句、と××がいう前に虎次郎が素に戻る。ムッと不貞腐れたように××を睨んだ。
「お前だけだぜ?」
「ここまで甘い言葉のラリーを交わすのも?」
「勿論。というか、最初の時点でデートに誘っているぜ。ナンパだったら」
「最初って、どの辺りから?」
「お前が俺に抱き着いてきた辺りからだよ。俺の愛しい人」
 そういって、会話の途中でしたキスを××に落とす。虎次郎が一言一言話す度に、落とされたキスだ。「これも?」と聞く××に「お前だけにしかしねぇよ」と虎次郎は話す。線引きは極めて単純だ。甘える××との時間を引き延ばそうとする。無理強いはさせたくない。口説きも強引が信条の男は、包んだ××の手の平にキスを落とした。くすぐったくて、××は身を捩る。「くすぐったい」と笑えば、ヘラッと虎次郎が嬉しそうに笑う。暫し××同士の時間を楽しむ。先の答えといわんばかりに、××の肌へキスを落とした。


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