ぬいぐるみに嫉妬(ちぇ)

 ××の部屋に入る。ふと、ぬいぐるみを抱えて眠っていることに薫はイラッとした。ギシリとベッドが軋む。背後に近付いた気配とベッドの重みとで、××は目を開けた。瞼は些か重いが、それは眠気に依るものじゃない。ぬいぐるみと一緒に寝返りを打つ。未だに××の胸を独占するぬいぐるみに、薫の苛立ちが募った。バッと××の腕からぬいぐるみを引き抜く。「あぁ」××が声を上げるよりも先に、鷲掴みしたぬいぐるみを遠くへ投げ捨てた。腕の一挙一動に、苛立ちが出ている。××の背後に手を衝き、身体を屈めた。××の身体へ、薫の長い髪が掛かる。簾のように落ちる、細く長い髪を××は気にしない。視界を狭めるピンク色のカーテンの中で、ジッと薫を見上げていた。これに気を良くしつつ聞く。
「ぬいぐるみなど、不要だろ」
「だって、薫は忙しいかなって」
 思って、と伝える前に薫の眉間に皺が寄る。(しまった)と××は思いつつも、想定内だ。不機嫌さと顔で伝える薫に、そのまま伝えた。
「寂しかったもん」
「だったら、俺を頼ればいいだろう。時間を作ってやるというのに」
 なにを考えてるんだが、と薫が呟くよりも先に××がいう。ムッと唇を尖らせて、布団を代わりに掴んだ。胸の前で腕を交差する。
「だって、甘えたかったもん」
 消え入るように語尾が小さくなる。「甘えたい」からこそ、薫の時間を取るだろうと思った。カーラのメンテナンスも終わり、カーラを一旦寝かせた薫が固まる。まさか、ここまで素直に甘えるとは夢にも思わなかった。──幸い、緊急を要するものでなければ、設定した時間外にカーラが起きることはない。
 ××が薫の袖を引っ張る。徹頭徹尾和装を着る男は、寝間着も浴衣にしていた。甚兵衛、は一先ず好んで着るほどではない。××に催促され、薫は潜り込む。これは同衾だ。柄にもなくソワソワするが、いつもの仏頂面は崩れない。微かに赤く染まった頬に現れるだけだ。睨むように見てくる視線に構わず、××は薫の懐に潜り込む。ギュッとぬいぐるみの代わりに薫を抱き締めた。背中に回る手と腹の上辺りに押し付けられる柔らかい感触とに、薫がビクッと動く。微かな動揺を露わにし、恐る恐る手を伸ばした。××を抱き締め返す。グッと、心なしか自分も身体を丸めた。××との間にできた隙間を埋めようとする。
 ギュッと強く××の背中を握り締めるが、××も同じように抱き返すだけだ。自分の胸に顔を埋めて寝ようとする。これだけでは不服だ。薫の眉間にギュッと、再度皺が寄る。
「これだけか?」
 声に不満が滲み出る。「もっと甘えさせてくれるのなら」これを気にも留めず、××はいう。
「もっと、ほしいかも」
 ボソリと呟かれたものは、本心だ。建て前はこれで十分だが、本音をいうともっとほしい。口に出された本心に、ピクッと薫の肩が跳ねた。すぐに息を深く吸い込み、ポジションを維持しようとする。素直に本心を曝け出せるほど、どちらも素直じゃなかった。言葉の代わりに行動へ如実に出る。その本心へ応えるかのように、薫の抱き締める手が強まった。心なしか、ギュッと××を自分の身体へ押し潰す。その息苦しさに対して、××はなにもいわない。
「そこまでいうのなら、してやらんでもない」
「じゃぁ、してよ」
 買い言葉に売り言葉の定型を維持したまま、会話を交わす。互いに同意を得た。不器用ながらも、行為に移る。未だに、こうした恋人同士の甘い空気に慣れない。それは薫とて××とて同じだった。ゆっくりと体勢を変える。布団が軽く盛り上がり、ジッと薫が睨むように見下ろす。ふと、自分が眼鏡をしていることを思い出した。
 外した眼鏡を、ベッドのサイドテーブルに置く。気を取り直して続きに戻った。


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