ハロウィン一週間前の話

 虎次郎と薫は毎回顔を合わせる度に喧嘩をするし、私を挟んでも喧嘩をする。これを一旦止めてみようかと思うが、良い案が思い付かない。どう考えたって、無理に止めさせれば二人の調子が狂うだろう。結果として、薫と虎次郎は喧嘩をした方が互いの調子が狂わない。──とは考えたものの、頭に仕舞っておくだけでは煮詰まる。かといって、紙に書き出すのも気が引ける。誰かに話した方が、煮詰まりがなくなるだろうか。(話すったって、誰に? シャドウだと気が引ける)虎次郎から出されたものをポリポリ食べる。『ビスコッティ』だ。今回はチョコレート入りで、ほろ苦い。純度九〇パーセントか七五パーセントくらいのカカオ配分量だ。
 ボーッと考えてたら、虎次郎がスッとカウンター越しに身を寄せてきた。「ところで、××」名前を呼ばれる。なんか、気持ち距離が近い。
「dlocetto o scherzetto《ドルチェット・オ・スケルツェット》=H お菓子がないと、いたずらしちゃうぞ」
「え、は?」
「なぁに、事前に慣れておいた方がいいだろう?」
「えっ、慣れ、は?」
「チッ! 色ボケゴリラが。××、愛抱夢から連絡が入っただろう。『今夜のSは特別だ』と」
「うん。今夜というより、日付指定だったような気が」
「それが十月三十一日、ハロウィンの日だ。といっても、望むのは悪戯やお菓子じゃなくて『トリック』の方らしい」
「へぇ。トリックと」
「フンッ、愛抱夢らしいやり方だ。回避するには菓子類を渡せばいい」
「なるほど。ちょうどイベントにも合ってるね。で、合言葉がtrick or treat≠チてわけ?」
「あぁ。ついでに仮装も必要だと」
「仮装って。その連絡、確か一週間前だよね?」
「だから簡単なものでいい。元々、俺たちがSでしている格好も仮装みたいなものだろう」
「そうなんだ」
「なんだと思ってたんだ?」
「好きでしているのか、気分を入れ替えるためかと」
 そう答えたら二人が脱力した。はぁ、という雰囲気だ。「違う」と薫は頭痛を耐え、虎次郎は苦笑いをする。「そうじゃなくてだなぁ」いってなかったっけ? と付け足しながら説明を始めてくる。
「スケーター文化として、前からあるんだ」
「そうなんだ」
「ビデオスナップの文化が根強い。奇抜な格好で視聴率を上げようとした結果、今に至るわけだ」
「奇抜な、格好ねぇ」
「シャドウほどのコスプレはしないぜ?」
「同じく。あぁいう趣味はない」
「真似するなよ。卑怯眼鏡」
「そっちこそ真似するな。猿人」
「聞こえねぇなぁ。機械に入れ込みすぎて人間様の言葉を忘れたのかよ? ロボキチ」
「お前と同じにするな。類人」
「モヤシ眼鏡がなにかいってるなぁ?」
「猿人が人間様と同じ土俵に立つなッ!」
 あっ、薫の肘鉄が虎次郎の肩に入った。ドカッと一気に立ち上がっての肩への深い一撃だ。一点集中なだけあって、痛いんだろう。「いってぇ!」と虎次郎は叫んで、攻撃の入った箇所を押さえた。「いてぇな!! 暴力眼鏡!」「ゴリラには人間様の言葉が通じんからな!」「んだと!?」「やるか!?」またしても喧嘩の二の舞である。(まさかこうなるとは)私もびっくりである。今回の新記録を取るのも忘れた。
 ポチポチとスマホを触る。(ん?)S御用達の専用SNSの公式アカウントの情報を見るが、話に出てきたことは書かれていない。「ねぇ、ちょっと」薫の腕を掴み、虎次郎の肩を押した。喧嘩を無理に中断させるには、これしかない。
 二人が距離を取ったことを見て、スマホを見せる。
「ねぇ。公式アカウントの方はなにも書いてないんだけど? ただ『十月三十一日には皆で仮装してきてね!』と明るい口調でしか」
「あぁ。公式の発表はまだだぜ」
「えっ?」
「愛抱夢のやりそうなことだ。それくらいわかる」
「じゃぁ、逆算して話してたってこと?」
「そういうこと。さぁて、来週の日曜日が楽しみだな」
「下らん。しかし、愛抱夢が現れるというのなら話は別だ」
「また最近、見かけてないもんね」
「俺のムキムキマッスルで、女の子たちのハートもバッチリキャッチだぜ」
「下らんッ! 当日はゴリラの横にいるな。阿呆が移る」
「つまらなくさせてんじゃねぇよ! この卑怯眼鏡ッ!! コイツといる方が、よっぽどアレだぜ? 陰険さが移る」
「お前のゴリラ菌が移るよりはよっぽどマシだ。原始人」
「お前のドケチ菌が移るのが、よっぽどだぜ」
「なんだと?」
「やるか?」
「小学生みたいな喧嘩をしないでよ。良い大人が」
 流石にそれには呆れる、と口に出したら二人は黙った。見せたスマホを戻して、再度読み込む。やはり、まだ公式からの通達はない。
「当日、愛抱夢の口から詳細が話されるという感じかな」
「ぐぅ!」
「ぐ、フンッ!」
 あっ、同時に顔を反らした。不完全なまま喧嘩両成敗になったようである。仕掛けた身、少し助けるか。
「Sの参加者は、全員準備をしておけとの心構え?」
「アイツは派手好きだからな。楽しむために周囲を巻き込む」
「愛抱夢は優秀なスケーターたちのトリックが見たいんだろう。その点も忘れるな。ボケゴリラ」
「お前ほど愛抱夢に執着していないから、わかんねぇよ! 陰険眼鏡!!」
「だったら愛抱夢との勝負のときに後ろへ回れ! 脳筋ゴリラッ!」
「俺だって愛抱夢の野郎にいいたいことがあったんだよ!! 土手カボチャ!」
「お前の方が土手カボチャだろうが! ボケナスッ!!」
「ボケナスっていった方がボケナスなんだよ! スカタンッ!」
「ぼんくら!」
「重箱隅突きピンクッ!」
「カボチャとナスに種類をかけていること、突っ込んだ方がいい?」
「要らんッ!」
 綺麗に声がハモった。(今度、愛抱夢に打ち明けてみようかな)二人のこの会話、辟易しているようだし。とはいえ、嫌な話に付き合わせるのも悪い。ストレス値の増加だ。とりあえずAmazonを見て、当日やるコスプレについて思いを馳せた。うん、なんかエッチなコスプレっぽいページに出たぞ! 埒が明かない。
「うーん。二人は当日どういうコーデをする?」
「カーラに見立ててもらった最高のコスチュームだ!!」
「狼男のキャラに被せてくるんじゃねぇぞ! 薫!!」
「誰がお前のようなゴリラに合わせて被るかッ! ボケゴリラ!!」
「うーん、とりあえずカーラ仕立てと狼男ね。わかった」
 さて、私はどうしようか。他の参加者がしそうなコスプレについて考える。(そもそも、最初から仮装しているような人もいるし)やるとしたら、暦とランガくらいの服装をしている人物だろう。「着ぐるみかな」いや、イエティの線もありそう。暦は、大穴を狙ってスーパーマン? 黄色いコスチュームは、スーパーマンみたいなの以外なさそうだし。悩んでいたら、二人の矛先が変わった。
「き、着ぐるみとは、どういう話か、聞いていいかな?」
「まさか、こっちの方かッ!? それとも、こっちかッ!?」
「うーん、抽象的すぎてわからないかな。とりあえず、薫は想像したものを話そうか」
 なんかフルフェイスの話が出そうである。急に話を振られながら思った。


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