出演 - 裏方作業(ED後軸)

「おい。その、なんだ。いや、なんでもない」
 薫が照れ臭そうに顔を背けるが、手の動きしか見えない。ふわっとなびいた髪がカーテンとなって、微かに赤くなった耳が見えた。動いた手は、薫の口を隠しているようである。
「そんな意地悪なことをいわないでくれよ、ガッティーナ。世界で一番、キミのことが好きなんだぜ?」
 そう虎次郎は口説いてくるが、彼が身体を屈めない限り顔は見れないし、向こうも私の旋毛しか見えないだろう。もしかして、ナンパしている女の子も、ほぼそうなのでは? 虎次郎が顔を俯かせて喋るけど、正直胸の筋肉しか見えない。その胸筋の分厚さで見えない、ということもしょっちゅうだ。
 とどのつまり、私の背丈から二人の顔は見えないのである。薫や虎次郎のように、顔を突き合わせての喧嘩は不可能。必ず、虎次郎や薫が視線を合わせてくれる必要があった。(じゃぁ、薫と口論をした場合は?)どうしてたか、というと虎次郎ほど首の負担はなかったような気がする。「それは俺がアイツより背が低いということか!?」と張り合う薫の声が聞こえそうな気がするので、これは胸に留めておこう。
「とりあえず、壇上に立つときは喧嘩を控えてよ? なるべくね」
「フンッ、無理な話だ。コイツがいる限りはな」
「おい! しかし、お前が裏方とは。一緒に立てばいいじゃねぇか」
「虎次郎や薫みたいに顔出しに慣れてないの! それに、時給も良いし」
「なに?」
「キャップマンの時給も、結構良いっぽいよ」
「まぁ、この山自体を買ったようなもんだからなぁ。愛抱夢の懐には、結構な金が転がっているということなんだろう」
「なんだと? 愛抱夢のヤツめ、いったいどのくらい稼いでいるんだ?」
「なに? 対抗意識?」
「察してやってくれ。気になる性分なんだろうよ」
「黙れッ! 大体、お前が無頓着すぎるんだ!! ラスベガスで外れのレストランを引きやがって」
「お前の失くした財布を見つけてやったじゃねぇかッ! お前が細かすぎるんだよ! 腐れ眼鏡ッ!!」
「お前が雑すぎるんだ! 低能ゴリラッ!」
「んだと!? 重箱隅突き眼鏡!」
「ボケナスッ!」
「スカタン!」
「低能ゴリラ!」
「まぁた始まってる。とりあえず、壇上では長引かないように気を付けてね?」
「こいつのせいだッ!!」
「はいはい」
 またしても声がハモるし。(本当、仲がいいのでは?)そう思うけど、また喧嘩が始まってしまう。心の内に仕舞っておこう。薫と虎次郎から離れ、待ち合わせの場所へ向かった。スタッフオンリーのエリアへ向かおうとすると、暦たちと鉢合わせた。「あっ」と私を見つけて、暦が呼び止める。
「そっち、キャップマンたちしかいないぜ? なにか用があるのか?」
「うん。今日はキャップマンの仕事をするからね。時給が良いから」
「時給! 高いの!?」
「おい、ランガ。そんなに目ぇ輝かせるなって。お前はこっちなんだから」
「でも、時給が良いって」
「僕たちは出演料を貰えるんじゃないの? 幾らとかは聞いてないけど」
「ガキが金の話をするなッ! そういうのは、大人に任せておけばいいんだよ」
「だったら、シャドウは聞いているわけ?」
「いくら?」
「俺、初めて聞いたんだけど」
「ぐっ!」
「まぁ、頑張れ」
 子ども、中学生と高校生の三人に詰め寄られると大変だろう。そう思いつつ、スタッフオンリーのエリアに入った。
 ──出演者が集まるエリアと違い、どこも同じ格好をした人が多い。背格好も、だ。極端に痩せ細っていたり、太ったりしている人はいない。服で隠れているだけかもしれないけど、筋肉質な人は──いや、虎次郎ほど鍛えている人はいないだろう。うん。そう思いながら、キャップマンが集まる中を歩いた。(でも、やっぱり)同じ格好をしてくればよかったのでは? でも、薫や虎次郎みたいに服を渡されたわけではない。
 指定の扉を開け、呼び出した仲介人と会う。菊池だ。愛抱夢の表の顔を支える秘書ではなく、キャップマンの格好をして、ここにいる。
「予定より遅かったですね」
「迷ってたの! それで? 裏方としての仕事ってどういうことを」
「まずはこれに着替えてください」
「人の話を聞かないの?」
 強引に話を進める菊池に突っ込みつつ、服の入った袋を受け取る。(なんか、意外と軽いような気が)キャップマンの上着、想定より重くないような気がする。「着替えは向こうで」と菊池が表情一つ変えずにいう。アパレルショップなどにある、試着室だ。そこへ行き、渡されたものに着替えた。
(あれ?)
 なんか、思ってたものと違うような気が。モスグリーンの上着は出てこず、虎次郎や薫が着たのと同じタイプだ。フードが付いている。色はミルクホワイト、パンダか? と思うが、パンダは意識してなさそうだ。白は白でも『∞』はわかりやすいように、少し工夫を付けている。(靴は、自由)まぁ、いつも履いてるヤツでいっか。シャツのロゴも、虎次郎や薫たちの着てたのと一緒だ。というか、キャップマンの格好ではない。(どういうこと?)不安に思いつつ、着替え終えた。着ていた服は、服が入ってた袋に入れればいいか。コインロッカーみたいなのがあればいいんだけど。
 そう思いながら試着室から出ると、菊池が靴の箱を出していた。「あっ」と目が合って声を出されてもどうしようもないんだけど。困惑していると、菊池が箱を持った状態で近付く。
「どうぞ。貴方のです」
「注文した覚えは、ないのだけれど」
「Sでの格好や行動を分析して注文しました。お気に召すかと」
「あ、あれぇ?」
「濫用との声はありますが、愛之介様が設立されたもの。諦めてください」
「なんて?」
 ドローンの映像から用いたことに正気を疑うものの、まさかそう出るとは。頭がクラクラしてきた。「あ、そう」とだけ会話を終わらせておく。これ以上突っ込んだら、色んなボロが出てしまいそうだ。クレイジーロックに関しての、アンダーグラウンド的な側面が。
 試着室の床に座り、靴を履き替える。あ、これスケボー用の靴だな。靴底の種類が違う。でも、なんかごつくてカラフルな感じがすごい。色が個性的な組み合わせだ。(まぁ、白黒を基調としたのなら逆に良いけど)トリックで足元に目元が行く分、ちょうどいいともいえる。滅多に履かないし買わないものだし、有難く頂戴するとしよう。(あっ、しまった)それはそうと、このままだと踝が出る。仕方ない、差し色に新調していくか。今のじゃ足りない。
「うーん。少し、靴下を買いに行く時間はあるかな? このままだと、なにか足りなくて」
「はぁ。でしたら、貸し出しましょうか? ちょうど、予備の靴下がありますし」
「それだと足りないの! しまったなぁ。諦めて素足で出すか丈を下ろすか」
「裾直しをする時間はありませんよ」
「ガッデム。あー、差し色ほしいのに。仕方ない、素足で我慢するか」
「そうするしかないでしょう」
「なにか、色々と諦めてない?」
「どうでしょう」
 腹の底を尋ねてみるが、そう簡単に出してはくれない。菊池を見るが、向こうも無表情で此方を見るだけだ。表情筋の一つすら、動かさない。なんていう表情の死んだ男なんだ。(愛抱夢に対しては動くのか?)それは不明である。「とりあえず裏方の仕事って」「さぁ」「えっ」菊池でも知らないって、どういうこと。固まっていたら、愛抱夢が出てきた。いつもの変な仮面は、付けていない。表の顔だ。
「やぁ、約束通り来てくれたんだね。待っていたよ」
「少し遅れたけどね」
「ほら、忠。お前もさっさと着替えろ」
「いえ、しかし愛之介様。私はキャップマンとして裏に回る必要がありまして」
「コイツが着ているんだ。お前も着るべきだろう」
「え」
「しかし、私が着る必要は」
「着ろ。今すぐに。少しの間だけ壇上に立って、そこから裏に回ればいいだろう」
「そこまでいうのなら、わかりました」
(待て)
 もしや、菊池に着させるための出汁に使われたのでは? そう思うものの、簡単に折れた菊池を前にしてはいえない。(やっぱり、主人って強いな)そう思うだけである。
 菊池が自分の分だと思われる服を持って、試着室へ入る。愛抱夢と二人きりになったが、突然のラブコールはない。(聞くなら、今しかない)思い切って愛抱夢に尋ねた。
「給料、ちゃんと出るんだよね?」
「勿論。君にはそのつもりで呼んだんだからね。じゃないと、来ることすらしなかっただろう?」
「ぐぅ」
 LIVE中継を自宅待機していた身を指摘され、ぐぅの音も出なかった。


<< top >>
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -